インドネシア大統領選、プラボウォ氏が「三度目の正直」へ勝利宣言

~同国への期待は高いが、民主化後退などの動きが広がるなかで次期政権の枠組には要注意~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは14日に大統領選が実施された。世論調査で一貫してトップを走ったプラボウォ国防相が、現職のジョコ大統領の国民人気の高さを取り込み第1回投票で勝利した模様である。プラボウォ氏はジョコ路線の継承を謳い、産業高度化や経済成長率の引き上げを掲げるなかで政権樹立を目指す意向を示す。ただし、同時に実施された総選挙では多数政党が乱立するなか、政権樹立に向けた政党間交渉の激化は必至とみられる。他方、ここ数年の同国では民主化の後退が懸念される動きがみられ、民主主義への関心が薄いとされるプラボウォ氏が如何なる政権運営を行うかが注目される。新首都建設の継続やバラ撒き政策を公約に掲げるなかで財政状況が一段と悪化する懸念もあり、財務相など経済チームにテクノクラートを据えるなど穏当な政権運営が図れるか、期待の高い同国の行方に注意を払う必要性は高いと見込まれる。

インドネシアでは14日に5年に一度となる大統領選挙が実施された。今回の大統領選を巡っては、2014年の前々回の大統領選で勝利した現職のジョコ大統領が現行憲法の規定(連続2期までとする任期を巡る規定)に伴い出馬することが出来ず、いずれにせよ政権交代が行われる。大統領選には3人の候補が出馬しているが、事前の世論調査においては一貫して現政権で国防相を務めるプラボウォ氏がトップを走るなど、2014年、2019年と過去2回の大統領選でいずれもジョコ氏に敗れた同氏が『3度目の正直』を実現するかに注目が集まった。さらに、プラボウォ氏は3度目の正直への足場固めを図るべく、退任が迫るなかでも現職のジョコ大統領が依然として国民の人気が高いなか、ジョコ氏の長男で同国南部スラカルタ市長を務めるギブラン氏を副大統領候補に据えるとともに、『ジョコ路線』の継承を掲げるなど『抱き付き作戦』に動いた。しかし、ギブラン氏の出馬を巡っては、その判断を下した憲法裁判所長官が倫理違反を理由に免職されるなど(注1)、『庶民派』を謳ってきたジョコ氏の『化けの皮』が剥がれたことも重なり批判が高まる動きがみられた。また、ジョコ氏やギブラン氏は政権を支える最大与党の闘争民主党(PDI-P)所属にも拘らず、同党の公認候補であるガンジャル氏(前中ジャワ州知事)を推さなかったため、同党支持者の間に分裂を招く事態となった。他方、大統領選ではプラボウォ、ガンジャルの両陣営が基本的にジョコ路線の継承を謳う一方、ジョコ路線の見直しを謳うアニス氏(前ジャカルタ特別州知事)との三つ巴の選挙戦による激戦が展開された。上述のように世論調査では一貫してプラボウォ氏の優勢が伝えられる一方、第1回投票で半数を上回る票を獲得する候補が居なければ上位2名による決選投票に持ち込まれるため、プラボウォ陣営としては第1回投票での勝利を確実にすべくSNSを駆使するなど、過去2回の選挙戦で『強い指導者像』を前面に押し出したのとは異なる動きをみせた。これはプラボウォ氏がスハルト元政権下の国軍戦略予備軍司令官で当時に民主活動家の誘拐や東ティモールの独立派の虐殺に関与したとの疑惑が持たれるなど高齢層を中心に同氏への忌避感が根強い一方、有権者に占める若年層の割合が高まっていることも影響して『好々爺』を演出する戦略に打って出たとみられる。ただし、こうした事情も影響して候補者討論会ではアニス氏を中心にプラボウォ氏に厳しい質問を浴びせるなど本性をあぶり出す動きをみせたことで、プラボウォ氏が激高、罵倒するなど馬脚を露す場面もみられた。こうした状況ながら、プラボウォ氏はジョコ現政権による産業高度化路線の継続による雇用創出を目指すとともに、鉱業部門のみならず、農業や漁業部門においても未加工品の輸出制限により加工関連など付加価値の高い産業を誘致することにより、経済成長率を6~7%に引き上げることを目標に掲げた。さらに、ジョコ政権の『肝煎り』で地域間格差の是正を目的とする新首都(ヌサンタラ)への移転も継続する考えを示しており、この点でもジョコ路線の継承を謳う姿勢をみせた。大統領選の開票結果については遅くとも来月20日までに公表される予定であるものの、世論調査会社の集計によればプラボウォ氏の得票率は50%を上回る見通しが示されているほか、選挙管理委員会による中間発表においてもプラボウォ氏の得票率は同様に50%を上回る結果が示されており、これを受けてプラボウォ陣営は『勝利宣言』を行った。勝利宣言においてプラボウォ氏は「この勝利はすべてのインドネシア国民の勝利でなければならない」と述べるとともに、大統領就任に向けた組閣に意欲を示しており、向こう5年はジョコ路線が継続される見通しが高い。なお、大統領選と同時に実施された議会下院(国民議会)総選挙を巡っては、多数の政党が乱立するとともに、いずれの政党も単独で多数派を形成する見通しが低いことを勘案すれば、今後は政権樹立に向けた政党間交渉が激化することが予想される。ジョコ政権の2期目入りに際しては、大連立により議会下院の約8割を上回る与党連合を構築することで政権基盤の安定化を図り、トップダウンによる施策や法改正を進めることが可能となる一方、直前には権力のチェック機能を低下させるなど民主化の後退に繋がる動きが前進した経緯がある(注2)。さらに、一昨年には刑法改正により大統領や政府に対する『侮辱』行為に対する取り締まりを強化する内容が盛り込まれるなど、報道の自由やプライバシー、人権侵害などが懸念される動きもみられた(注3)。プラボウォ氏自身は民主主義に対する関心が薄いとされるなか、今後はこうした動きが一段と進むとともに、加速していくことに注意する必要性は高いと見込まれる。他方、大統領選の直前にはジョコ政権が食料インフレ対策を目的に貧困層を対象とする現金給付の拡充を決定するなど、知識人を中心に大統領選を巡る縁故主義的な動きとともに『バラ撒き』政策による事実上の買収行動を活発化させたとの批判が高まる動きもみられた。新首都(ヌサンタラ)を巡っては、元々関連投資の8割を海外資金や民間資金によるPPP(官民連携)を通じて賄う計画が示されたものの、現時点ではその実現性を巡る不透明感が『二の足』を踏ませる事態を招いてきた。プラボウォ氏が移転継続を謳うなかで不透明感は後退しているものの、仮に建設に関連する財政負担が増すことに加え、公約に掲げる低所得者を意識したバラ撒き政策による歳出増大に傾く動きをみせれば、コロナ禍を経て財政状況が悪化しているなかで一段と厳しい状況に追い込まれる可能性もくすぶる。その意味では、プラボウォ次期政権による政権運営を巡っては、財務相をはじめとする『経済チーム』に適切なテクノクラートを据えることにより穏当な舵取りを図る姿勢をみせることが出来るかが重要になる。同国は2.7億人と域内最大の人口を擁するとともに、若年層比率の高さから中長期的な人口増加が見込まれるなど経済成長への期待は高い一方、上述のように民主化の後退に繋がる動きのほか、近年は宗教右派の台頭といった新たな動きがみられる。仮にプラボウォ氏が強権的な手法に訴える動きをみせれば、そうした魅力が一転して疑わしい方向に転じる可能性も懸念されるだけに、次期政権の構築に向けた動きを注視する必要性は極めて高いと捉えられる。

図 1 経済成長率の推移
図 1 経済成長率の推移

図 2 中央政府の公的債務残高の推移
図 2 中央政府の公的債務残高の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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