パキスタン総選挙、いずれの勢力も半数に満たず、混迷長期化の懸念も

~核保有国のデフォルトは地政学的な影響力が極めて大きく、その動向に注意を払う必要性は高い~

西濵 徹

要旨
  • パキスタンでは8日に議会下院総選挙が実施された。今回の総選挙では2人の元首相の動きが注目されたが、カーン元首相は国軍との関係悪化も重なり出馬は叶わず、率いるPTIも政党登録から排除されて党員は無所属での出馬を余儀なくされた。他方、ナワズ元首相は有罪判決も公民権停止も無効となるなど捲土重来を期す構えをみせた。直前には爆弾テロが発生したほか、選挙結果の公表が遅れるなどドタバタもみられたが、PTIは実質的に第1党となる一方、ナワズ氏が率いるPML-Nと連立与党を組むPPPも一定の存在感を示した。ただし、いずれの政党連合も過半数を獲得出来ず、少数政党との連立協議に持ち込まれるが、IMF支援の円滑な進捗に繋がるかは見通せない。仮にデフォルトに陥れば核保有国ゆえに地政学的な影響が極めて大きいため、同国や次期政権の行方に注意を払う必要性は高まっていると判断出来る。

パキスタンでは8日に議会下院(国民議会)の総選挙が実施された。今回の総選挙を巡っては、2人の元首相が『捲土重来』を期す動きをみせるなど、選挙前からその動きに注目が集まってきた。ひとりは国民的スポーツであるクリケットの元スター選手であり、2018年の前回総選挙において自身が率いるパキスタン正義運動(PTI)が第1党になるなど大躍進を果たすとともに首相に就任したイムラン・カーン氏である。カーン氏を巡っては、同国において政治的影響力が極めて大きい国軍の支援を受ける形で首相に上り詰めたものの、その後の政策運営を巡って国軍との間に距離感が生じたことを機に議会勢力の切り崩しに遭うとともに、一昨年に内閣不信任案が成立して失職に追い込まれる事態となった。他方、もうひとりは過去に3度も首相を務めるとともに、カーン氏の失職を受けて首相に就任したシャバズ・シャリフ前首相の兄であるナワズ・シャリフ氏である。ナワズ氏を巡っては首相在任中の2017年にいわゆる「パナマ文書」の流出により汚職疑惑が発覚して退陣に追い込まれるとともに、翌18年に禁錮刑や公民権停止処分を受けるも、その後に病気療養を目的に英国に事実上亡命した経緯がある。しかし、両者を巡っては総選挙を前に大きく異なる状況に直面してきた。カーン氏の失職を受けて最大野党となったPTIの所属議員は議員を辞職するとともに、早期の総選挙実施を求めてデモを展開する動きをみせたものの、カーン氏自身は首相在任中の容疑を理由に度々逮捕起訴されて禁錮刑を受けたほか、総選挙直前には2018年の再婚を巡る法律違反を理由に禁錮刑と罰金刑を受けたことで総選挙への出馬が不可能となった。他方、ナワズ氏は昨年10月に4年ぶりの帰国を果たすとともに、直後に有罪判決の効力が停止されたほか、その後もいずれの有罪判決が無効とされるとともに、公民権停止処分も取り消されたことで総選挙に出馬可能となった(注 )。このように両者が真逆の状況に直面してきた背景には、国軍との距離感が大きく影響を与えたとの見方が示されている。さらに、総選挙においてPTIは政党登録から事実上排除されたため、議席の一定数を占める女性議員や非ムスリム議員の割り当て分を受けることが出来ない上、無所属議員として出馬せざるを得ない事態となった。また、総選挙の直前には妨害を目的に爆弾によるテロ行為が起こり多数の死傷者が発生するなど混乱する動きがみられたほか、総選挙の直後には携帯電話サービスの停止を理由に開票作業が遅れるとともに、選挙管理委員会による集計結果の公表が遅延するなど異例の動きも顕在化したため、現地報道においては国軍による政治介入を警戒する向きもみられた。なお、その後に選挙管理委員会が公表した集計結果ではPTIに属するも無所属として出馬せざるを得なかった議員が93議席を獲得してPTIが実質的に第1党となり、依然としてカーン氏に対する国民人気の高さが追い風となる状況が続いたと捉えられる。その一方、ナワズ氏が率いる最大与党のパキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派(PML-N)は75議席と第2党に留まるも『単独政党』として最多の議席数を獲得するとともに、シャバズ前政権の下で与党連立に参加したパキスタン人民党(PPP)は54議席を獲得している。この結果を受けてカーン氏、ナワズ氏ともに『勝利宣言』を行うなど混乱が予想される一方、今回の総選挙においては定数336のうち直接選挙の対象である266議席を巡って争われているが、単純過半数の獲得には割り当て分を併せて169議席が必要となる。しかし、現時点においてはいずれの政党も過半数を獲得出来ておらず、PML-NとPPPは再連立を組むことで合意しているものの、これら以外の少数政党などとの合意が必要となるなど協議の行方に注目が集まる。今後は連立協議を経て構築される次期政権の下で昨年IMF(国際通貨基金)との間で合意に至った総額22.5SDR(約30億ドル)の支援プログラムの円滑な進捗に繋げることが出来るか否かポイントとなる。しかし、1次レビューの合意に時間を要したことを勘案すれば連立政権に加わる政党の数が増えることにより合意形成に手間取ることが懸念されるほか、総選挙を前に武装勢力が台頭するなど治安情勢の悪化に歯止めが掛からない事態に直面するなか、経済の立て直しに向けた動きが着実に進展するかは見通しが立ちにくい。昨年末時点における外貨準備高は最悪期こそ過ぎるも依然として月平均輸入額の1.2ヶ月分に留まるなど厳しい状況にあることは変わらず、デフォルト(債務不履行)に陥るリスクは極めて高い。ここ数年の新興国ではデフォルトに陥る国が散見される状況にあるが、仮に核保有国である同国がデフォルトに陥れば周辺国との地政学的な問題を含めて影響力が極めて大きいことに注意する必要がある。その意味では同国や次期政権の行方について関心を払う必要性は極めて高いと捉えられる。

図1 外貨準備高の推移
図1 外貨準備高の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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