インドネシアの2023年成長率は+5.05%、数字は堅調も内容は「イマイチ」か

~大統領選に加え、総選挙を経た次期政権の枠組の行方に注意を払う必要性は高まっている~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは大統領選まで残すところ10日余りとなるなかで激戦が展開されている。プラボウォ陣営が優勢な展開が続く一方、ジョコ大統領が同陣営の支持を明確にするなかで「閣内不一致」の懸念が顕在化している。金融市場が懸念するムリ・スルヤニ財務相は職務を継続しているが、大統領選の行方を巡って通貨ルピア相場は不安定な動きが続く。中銀は先月の定例会合で先行きの利下げ余地に言及したが、ルピア相場の行方に配慮せざるを得ない状況が続いており、当面は難しい政策対応を迫られる展開が続く。
  • インフレ鈍化を受けて中銀は利上げ局面を休止させたほか、サプライチェーン見直しなど景気の追い風になる動きの一方、外需の不透明感は商品市況の重石となるなど好悪双方の材料が混在する。昨年10-12月の実質GDP成長率は前年比+5.04%に加速し、前期比年率ベースでもプラス成長が続くなど堅調な動きが続く。ただし、家計消費は頭打ちし、企業部門の設備投資は弱含むなど内需は力強さを欠く様子がうかがえるなど、景気の実態は数字に比べて力強さを欠く。昨年通年の経済成長率も+5.05%と一見堅調だが、政府目標を下回るとともに、足下の景気実態の弱さを勘案すれば過度に期待を抱くことは禁物である。
  • 政府は今年度予算の前提として今年の成長率目標を5.2%とするがそのハードルは高いのが実情であろう。ジョコ大統領の肝煎りである新首都では大統領宮殿の建設が進むが、関連投資の8割を海外や民間資金で賄う方針の計画を巡っては大統領選の行方が不透明ななかで二の足を踏む向きもくすぶる。財政負担が増すことで財政悪化も懸念されるなか、大統領選や総選挙の行方に注意を払う必要があると言える。

インドネシアでは、今月14日に大統領選挙(第1回投票)の実施が予定されており、残すところ10日余りとなるなかで各陣営による激戦が展開されている。大統領選には3人が立候補するなか、世論調査では一貫してジョコ現政権で国防相を務めるプラボウォ氏(大統領候補)とジョコ大統領の長男で同国南部スラカルタ市長を務めるギブラン氏(副大統領候補)のタッグがトップを走る展開が続いている。他方、第1回投票において半数を上回る票を獲得する候補者が現れなければ、6月末に実施される上位2者による決選投票に持ち込まれるなど、決選投票に向けて一段と激戦の様相を強める可能性が高い。よって、プラボウォ陣営としては1回目投票での当選を確実にすべく、国民からの人気が高いジョコ大統領を取り込むべく副大統領候補にギブラン氏を擁立するとともに、公約にいわゆる『ジョコ路線』の継続を謳うなどの動きをみせる(注 )。さらに、選挙戦の最終盤に向けてはジョコ大統領自身もプラボウォ陣営に対する支持を明確にする一方、こうした行為を巡って公職選挙法に反するとの見方が示されるとともに、今月1日にはジョコ政権を支える最大与党の闘争民主党(PDI-P)が推すガンジャル陣営の副大統領候補であるマフッド調整相(政治・法務・治安担当)が辞任するなど『閣内不一致』が懸念される動きもみられる。なお、上述の通りマフッド氏は副大統領候補であるなど大統領選挙の当事者であり、その辞任は致し方ないとみられる一方、金融市場においては辞任の動きが他の閣僚に伝播するかが警戒されている。とりわけ金融市場からの信認が厚いスリ・ムルヤニ財務相の動向に注目が集まっているが、当のスリ・ムルヤニ氏自身は先月に職務を継続するとの声明を発表するとともに、その後も大統領府の高官が同氏は通常通りの職務を継続している旨の説明を行うなど『火消し』に躍起になっている様子がうかがえる。ただし、こうした状況を反映してこのところの通貨ルピア相場は上値が抑えられる動きが確認されるなど、金融市場がこの動向を気にしていることは間違いない。他方、昨年以降のインフレ動向を巡っては、商品高や米ドル高の動きが一巡していることを反映して頭打ちの動きを強めており、インフレ率は中銀目標の範囲内で推移している上、コアインフレ率については中銀目標の範囲内を下回るなど落ち着いた動きをみせている。中銀は先月の定例会合でも3会合連続で政策金利を据え置くとともに、同行のペリー総裁は当面の政策運営について慎重な姿勢を維持するも、米FRB(連邦準備制度理事会)が年後半に利下げに動くことを前提にその動きに併せる形で利下げ余地が生まれる可能性に言及した(注 )。その後も先行きの政策運営を巡って、景気浮揚の観点から年内にも利下げに動く余地が生じるとしつつ、ルピア相場を見極めた上で判断する考えを示すなど、インフレの動向とともにルピア相場の動向を注視する姿勢をみせており、大統領選の行方やその後の政局の動きを見極めざるを得ないのが実情と捉えられる。

図1 ルピア相場(対ドル)の推移
図1 ルピア相場(対ドル)の推移

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

なお、上述のように昨年のインフレは頭打ちの動きを強めるなど、実質購買力が押し上げられたことに加え、インフレ鈍化を受けて中銀は利上げ局面を休止させており、同国の経済成長をけん引してきた家計消費をはじめとする内需を取り巻く環境は改善している。さらに、このところの米中摩擦の激化のほか、コロナ禍も重なりデリスキング(リスク低減)を意識したサプライチェーンの見直しの動きが広がるなか、同国はASEAN(東南アジア諸国連合)内で最も人口を擁するとともに、平均年齢の若さも重なり中長期的な人口増加が期待されることも重なり、対内直接投資が活発化する動きもみられる。また、ジョコ政権が『資源ナショナリズム』の動きを強めるなか(注 )、ここ数年は商品市況が高止まりする展開が続いたことに加え、同国は世界最大のニッケル生産国であるなど世界的な脱炭素の流れによるEV(電気自動車)用バッテリー需要の拡大が期待されるなかで関連投資が拡大する動きがみられた。他方、上述のように大統領選が激化する様相をみせるなかで選挙後に発足する次期政権に向けて『様子見』の姿勢が広がる動きがみられるほか、世界経済の減速懸念が高まるなかで商品市況も頭打ちの動きを強めており、外需に量、価格の両面で下押し圧力が掛かる懸念も高まっている。このように足下の景気を巡っては好悪双方の材料が混在する状況に直面するなか、昨年10-12月の実質GDP成長率は前年同期比+5.04%と前期(同+4.94%)から加速して2四半期ぶりに5%を上回る伸びとなっているものの、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率は+4.40%と前期(同+4.40%)と同じ伸びで拡大していると試算されるなど、足下の景気は底入れの動きが続いていると捉えられる。中国景気を巡る不透明感が強まる動きがみられるものの、財輸出は堅調に推移するなど底入れの動きをけん引する一方、底入れの動きを強めてきたサービス輸出に一服感が出るなど外需に不透明感がくすぶる動きがみられる。また、大統領選や総選挙の動きが本格化していることを反映して、政府部門による関連消費が活発化していることを受けて政府消費も堅調な推移をみせる。他方、インフレは頭打ちの動きを強めているものの、食料インフレの懸念がくすぶるほか、中銀による引き締め維持を受けた債務負担の増大も重なり家計消費は頭打ちの動きを強めているほか、企業部門による設備投資も勢いを失う動きをみせている。さらに、大統領選が激戦の様相を強めていることを受けて、ジョコ大統領の『肝煎り』である首都機能移転(ヌサンタラ)の継続性に不透明感がくすぶるなかで関連投資は想定を大きく下回る推移が続くなど、建設投資の足かせとなる動きもみられる。こうした状況を反映して輸入の拡大ペースは輸出を下回り、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度はプラス幅が拡大しているとほか、在庫投資も同様に成長率寄与度のプラス幅が拡大していると試算される。よって、足下の景気を巡る実態はみためほどの堅調さは乏しいと捉えられる。分野別の生産動向を巡っても、外需の堅調さを反映して鉱業や農林漁業の生産は堅調な推移をみせているほか、IT関連など一部のサービス業の生産も底堅い動きをみせる。一方、製造業の生産の勢いに陰りがみられるとともに、家計消費が頭打ちの動きを強めていることを反映して卸売・小売関連の生産は鈍化しているほか、外国人観光客数の底入れの動きが一服していることを反映して観光関連や物流関連の生産は下振れするなど、跛行色の動きが鮮明になっている。なお、昨年通年の経済成長率は+5.05%と前年(同+5.31%)から鈍化するとともに、政府目標(5.3%)も下回る格好となったものの、2年連続で5%を上回る推移が続くなど堅調さを維持していると捉えられる。

図3 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図3 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図4 実質GDP成長率(前期比年率)の推移
図4 実質GDP成長率(前期比年率)の推移

政府が今年度予算の前提に掲げる今年の経済成長率目標は5.2%としているが、昨年は目標を下回る伸びに留まったことに加え、上述したように足下の景気実態は数字に比べて力強さを欠く様相をみせている上、先行きは在庫調整などの動きが景気の足かせとなり得る状況を勘案すればそのハードルは高いのが実情であろう。また、当研究所が試算した季節調整値に基づけば今年の経済成長率のゲタは+1.71ptと昨年(+1.69pt)からわずかにプラス幅が拡大しているとみられるものの、大幅な押し上げに繋がる材料に乏しいことを勘案すれば過度な楽観は禁物と捉えられる。なお、世論調査において一貫してトップを走るプラボウォ陣営はジョコ路線の継承を掲げるとともに、副大統領候補であるギブラン氏はジョコ氏同様に資源ナショナリズムの姿勢を維持する考えを示しているものの、大統領選と同時に実施される議会下院(国民議会)総選挙を巡っては政党が乱立する展開が予想されるなど、政権樹立に当たっては多数の政党による連立形成が避けられない。他方、大統領選が決選投票に持ち込まれるとともに、第1回投票においてジョコ路線の否定を掲げるアニス陣営が次点に着ける事態となれば、ジョコ路線の継承を掲げるもジョコ氏との間で『すきま風』が広がるガンジャル陣営が決選投票ではアニス陣営を支援することも予想されるなど、首都機能移転が一転して『白紙』となる可能性も考えられる。ヌサンタラにおいては8月17日の独立記念日に向けて大統領宮殿の建設が急ピッチで進められているが、首都機能移転の関連資金の8割を海外資金や民間資金によるPPP(官民連携)を通じて賄うとした計画を巡っては、大統領選の見通しが立たないなかで『二の足』を踏む向きが根強く、結果如何では不透明感が高まることも懸念される。同国においてもコロナ禍を経て公的債務残高が拡大傾向を強めるなど財政状況が悪化する動きが確認されるなか、仮にヌサンタラ建設に関連した財政負担が増す事態となれば一段と財政状況が悪化することは避けられない。さらに、次期政権が景気下支えを重視して最終増大に傾く動きを強めれば、財政状況が想定以上に悪化する事態も懸念されるなど、次期政権を巡ってはその枠組にも注意を払う必要がある。そうした面でも大統領選の行方と同様に総選挙の行方をみるとともに、政権樹立に向けた政党間の合従連衡の動きからも目が離せない展開が続くであろう。

図5 中央政府の公的債務残高の推移
図5 中央政府の公的債務残高の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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