インド・モディ政権、総選挙に自信か、2024-25年度予算はバラ撒き姿勢を抑制

~財政健全化路線堅持も見通しに甘さ、情勢を見極めるには7月の本予算案公表を待つ必要があろう~

西濵 徹

要旨
  • インドでは4~5月に総選挙が予定されるなか、1日に政府は4月からの来年度予算案を公表した。総選挙を前に如何なる内容となるかが注目されたが、歳出規模は今年度予算比+5.8%に留まるなどバラ撒き色が抑えられた。インフラ投資や「票田」である農村を意識した動きの一方、全体的に社会福祉に関連する支出が抑制されるなど、モディ政権は総選挙後の3期目を意識するなかで自信を窺わせる内容となっている。
  • 財政赤字はGDP比で▲5.1%と今年度見通し(▲5.8%)から圧縮を図るとしたが、前提となる歳入や経済成長率見通しは些か楽観に傾いている面は否めない。経済見通しは堅調な内需がけん引役になるとするが、食料インフレや外需を巡る不透明感を勘案すれば、財政健全化目標が後ろ倒しされる懸念もくすぶる。課税ベース拡大などの取り組みも不可欠ななか、7月に公表される本予算案の内容を見定める必要がある。

インドでは今年4~5月にかけて総選挙(連邦議会下院総選挙)の実施が予定されるなど『政治の季節』は佳境を迎えるなか、モディ首相は総選挙を経た政権3期目入りを目指すとともに、与党BJP(インド人民党)も総選挙での勝利を意識する姿勢をみせる。こうしたなか、インド政府は1日に4月から始まる来年度(2024-25年度)予算案を公表しており、モディ政権3期目に向けた『布石』として如何なる予算配分を行うかに注目が集まった。他方、昨年末に実施され、総選挙の『前哨戦』とみられた州議会選挙においては計5州のうち3州で与党BJPが勝利し、1州はBJPの友党が勝利するなど与党連合(国民民主同盟(NDA))の強さが確認されたほか(注1)、直近の世論調査でもNDA全体で半数を上回る議席を獲得するとの見通しが示されている。過去数年は総選挙を意識する形で歳出規模が前年比で10%を上回る伸びで推移する『拡張型予算』が組まれる展開が続いたものの、来年度予算については歳出規模を今年度当初予算比+5.8%の47.7兆ルピーと今年度予算(同+14.1%)から伸びが抑えられるなど、バラ撒き姿勢を後退させている。歳出のうちインフラ関連を中心とする資本支出は今年度予算比+11.0%の1.1兆ルピーとしたほか、連邦政府が地方政府に供与する資本支出に使途を限定した補助金3.9兆ルピー(同+4.2%)を併せれば15.0兆ルピー(同+9.2%)と歳出全体を上回る伸びを確保するなど景気下支えや雇用創出を意識した予算配分を行う。なお、人口の6割以上を占める農村部では景気回復の恩恵が及ばないなど政権への不満がくすぶるなか、生活関連インフラを中心とする農村開発関連予算も今年度予算比+11.6%の2.7兆ルピーと歳出全体を上回る伸びを維持するとともに、農業従事者を対象とする現金支給を実施する方針も盛り込まれるなど、総選挙に向けて『票田』とされる農村部への目配りも欠かさない。他方、農村を対象とする雇用支援プログラム向けの支出などは据え置かれる一方、食料品や肥料に対する補助金関連予算を大幅に削減し財政健全化に配慮する対応をみせるなど、全体としては社会福祉に関連する歳出を抑える姿勢が採られた格好である。ただし、隣国パキスタンとの緊張状態に加え、ここ数年は中国との間でも係争地を巡る衝突に加え、スリランカやパキスタン、モルディブなど周辺国での影響力拡大の動きを受けて対抗姿勢を強める動きがみられるなか、防衛関連予算は今年度予算比+4.7%の6.2兆ルピーと初めて6兆ルピーを上回るなど、防衛装備の調達先の多様化や国産化を後押しする姿勢をみせる。こうした状況ながら、過去数年は様々な面で大幅な歳出拡大が盛り込まれてきたことを勘案すれば、比較的落ち着いた内容と捉えられる。

その一方、歳入については今年度予算比+14.0%の30.0兆ルピーとした上で、その大宗を占める税収については同+11.6%の26.0兆ルピーを見込んでいる。さらに、その前提となる来年度の名目経済成長率については+10.5%と今年度見通し(+8.9%)から伸びが加速するとの見通しを示しており、この前提に立てば歳入見通しについては合理的な見通しを立てていると捉えられる。他方、同国政府が先月末に公表した最新の「経済白書」において、今年度(2023-24年度)の経済成長率は+7.2%と前年(+8.7%)から鈍化するものの、来年度については家計消費をはじめとする内需や民間投資をけん引役に+7.3%と今年度並みの高い伸びが続くとの見通しを示している。足下の実質GDP成長率を巡っては、インド政府が公表する前年同期比ベースではプラス成長が推移するなど一見すれば堅調な景気拡大の動きが続いているとみられるものの、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースでは『足踏み』状態と捉えられるほか(注2)、昨年はモンスーン(雨季)の雨量が歴史的低水準に留まるなかで食料インフレの懸念がくすぶるなど先行きの景気の足かせとなる懸念がくすぶる。さらに、足下では中東情勢の悪化などを理由に外需に加え、同国においてもサプライチェーンの混乱が幅広い経済活動の足かせとなる懸念が高まっているにも拘らず、政府はこれらの混乱を克服可能とするとの見方を示すなど、些か楽観に傾いている面は否めない。こうした状況を勘案すれば、来年度予算案においては財政赤字がGDP比で▲5.1%と今年度見通し(同▲5.9%)からマイナス幅が縮小するとの見通しを示すとともに、再来年度(2025-26年度)には同▲4.5%と一段と赤字幅の圧縮を進める考えを示しているものの、現実には後ろ倒しされる可能性はくすぶる。なお、同国では総選挙を控えるタイミングで公表される予算案は「暫定予算案」とされるなか、今回の案では直接税、間接税問わずに税制変更は盛り込まれていないものの、景気下支えの観点から様々な税の引き下げが実施されるなど歳入減に繋がる動きがみられることを勘案すれば、財政健全化路線が強化されていると判断するのは早計と捉えられる。一部には財政健全化の取り組みが格上げに繋がるとの見方も出ているが、税収がGDP比で1割強に留まるなど課税ベースの狭さが歳入の足かせとなっていることを勘案すれば、安定的な歳入拡大への取り組みを積極化させることが不可欠である。その意味では、総選挙後の7月に改めて公表される本予算案の内容を見定める必要があると捉えられる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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