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至近距離にあるマイナス金利解除

~1月会合の主な意見~

熊野 英生

要旨

2%目標の達成が現実味を帯びてきたが、1月会合では現状維持だった。公開された1月会合の「主な意見」では、ハト派の意見がごく少なく、タカ派が多かった。解除の事前予告は、9名のコンセンサスを取った上で行う必要があるので、技術的に難しく、毎回ごとの会合で判断せざるを得ないようだ。緩和解除の生起確率は、3月と4月では3対7だとみられる。

目次

主な意見はタカ派寄り

1月会合が終了して、主な意見が公表された。その中で金融政策に関する意見から、主なものをピックアップすると、いよいよマイナス金利解除に向けて急接近していることがわかる。

◎マイナス金利解除を含めた政策修正の要件は満たされつつある。

◎物価安定目標の達成が現実味を帯びてもきているため、出口の議論を本格化させていくことが必要である。

○(解除は)具体的な経済指標を確認することで見極めていく段階に入った。

○(地震の影響を)1~2か月程度フォローし、マクロ経済への影響が確認できれば、金融正常化が可能な状況に至ったと判断できる可能性が高い。

と多くの意見が緩和解除に前向きであった。

総裁会見では、マイナス金利解除を前提にして、「大きな不連続が発生するような政策運営は避けられる」という発言が新しかった。解除のインパクトは、金融・経済の波乱につながらないという意味である。この発言に関係することが、主な意見でも登場している。出口に着手してからの順序を議論する中では、「(解除したとしても)緩和的な金融環境は維持される」とされた。YCC、マイナス金利、オーバーシュート・コミットメント、ETF・J-REIT買い入れなどの各種政策ツールの中で、「副作用の大きいものから修正していく」方針のようだ。現状、YCCよりも、マイナス金利の方が副作用が大きいと考えられるので、目標達成を宣言してからまずマイナス金利解除を修正するつもりのようだ。

タカ派とハト派

主な意見をみる限り、力強いハト派の意見が見当たらない。これは、政策委員会内で解除に向けたコンセンサスが形成されてきた証拠とも受け取れるだろう。3月解除の可能性は十分にあって、筆者は3月と4月のタイミングでは3対7の生起確率で緩和解除があるとみている。

ハト派とみられる意見には、「(目標達成が)十分な確度をもって見通せる状況ではない」というものもある。この委員でさえも十分か、十分でないか、という程度問題で評価している。ハト派であっても、目標達成が見通せるかどうかの議論の問題意識は共有されていることがわかる。これまでの議論では、賃上げに関して、中小企業の賃上げが大・中堅企業ほどには進まないことを警戒する見方があり、そのことを「中小企業の不確実性」と呼ぶことがあった。筆者のみるところ、中小企業への言及が、ハト派の最大の根拠になりそうだ。

一方、タカ派はどうだろうか。「(適切なタイミングで解除に踏み切る)判断が遅れた場合、2%目標の実現を損なうリスクや急激な金融引き締めが必要となるリスクがある」と、解除の遅れに警鐘を鳴らしている。別の委員からは「現在は千載一遇の状況にある」という発言もあった。主な意見で紹介される内容からは、政策委員会の議論の中心がかなり目標達成を早晩判断するだろうという論調に傾いていると感じられる。

政策判断の政治学

次に、筆者の分析フレームワークを使って、緩和解除を考えてみたい。政策判断は、9名の政策委員の多数決で決められる。総裁・副総裁3名は基本的に一枚岩であるが、残り6名の意向を完全に無視して決めることはできない。つまり、3名の執行部は、6名に対してコンセンサスを得なくてはいけない。問題になりそうなのは、今までの発言から、中村委員が慎重派であることと、安達委員・野口委員がリフレ派出身であることだ。2人のリフレ出身者は、講演録などを読むと、それほど偏った意見を持ってはいないが、解除では反対票を投じてくる可能性はある。

ほかの6名のうち、田村委員はよりタカ派、高田委員・中川委員は執行部に同調する傾向がある。だから、執行部3名+この3名が緩和解除に前向きなメンバーと目される。

仮に、植田総裁は、目標達成を決めたとしても、賛成6名・反対3名になると、賛否が分かれたことで悪印象を与える。政府も、意見が割れている方が議決延期請求権を提出しやすくなる。こうした事態を避けるために、植田総裁はなるべく9名でのコンセンサスを形成して判断を進めようとしている。記者会見の発言などは、最大公約数のものだけを選んで伝えることになっている。

こうした合議制の中で難しいのは、緩和解除を次回に予告する判断をまとめることだ。筆者は、3月解除に向けて、1月会合で解除予告があってもおかしくないと考えたが、そうはならなかった。理由は、委員の中に先行きの不確実性を意識する者がいて、次回解除を予告することの合意を取りにくいからだろう。技術的に6名全員の合意を得てから予告することは、技術的に難しさを伴う。不確実性があると言われては返す言葉もない。だから、それが今回はできなかった。

一方で、そうなると、毎回会合で経済指標などを確認して、その会合ごとに判断せざるを得なくなる。「データに基づいた判断」である。しかし、「データに基づいた判断」は一見耳障りがよいが、明らかになった最近のデータに過度に依存すると、政策判断が唐突になり、事前予告をしたときよりも結果的に混乱が生じやすくなる。主な意見でも「出口以降の金利パスについてあらかじめ見極めることは難しく、その時々の経済・物価・金利情勢に応じて考えていかざるを得ない」という発言があった。この委員の考えに沿って動くとなると、植田総裁が先行きの政策修正の順序を事前に予告しておくことは必ずしも望ましくないことになる。こうした理由が、緩和解除が至近距離にあるのに、1月会合で先々の予告ができなかった理由なのだろう。植田総裁にとっては、3月会合(18・19日)の手前の春闘集中回答日(3月13日)の結果をみて、緩和解除のコンセンサスを執行部以外の6名に対して1人でも多くの賛成を得ていくことが次の手順になるのだろう。

熊野 英生


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