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ECBは夏の利下げ開始を追認

~5月中旬に発表される賃金データが重要~

田中 理

要旨
  • ECB高官から夏場の利下げ開始を示唆する発言が相次ぐなか、1月のECB理事会では「今夏」の利下げ開始の可能性を肯定したが、その判断が賃金を中心とした今後のデータ次第であることを改めて強調するとともに、「今夏」が具体的にいつを指すかについての明言を避けた。ECBが注目する賃金データは、5月中下旬にユーロ圏の妥結賃金の発表が予定される。そこで賃金・物価の上昇圧力の鈍化を確認し、6月の理事会で利下げを開始するのがメインシナリオとなろう。6月の時点で賃金上昇圧力の鈍化が確認されない場合、利下げ開始時期が後ずれする可能性が出てくる。逆に利下げ時期が前倒しされるためには、3月や4月の理事会までにインフレ圧力の鈍化を明確に示唆するデータが必要となり、その可能性は低いと判断される。

昨年12月のECB理事会で年明け後の賃金関連データを重視することを示唆し、金融市場で広がっていた年明け早々の利下げ観測を打ち消した後、ラガルド総裁は1月のダボス会議で、今後の経済データ次第と断りながら、今夏の利下げ開始の可能性があることを示唆した。こうしたなかで迎えた1月のECB理事会では、利下げ開始に向けた地ならし、今夏が具体的にいつを示すのかのヒントや、利下げ開始時期を巡る市場期待の更なる修正意図があるのか、などに注目が集まった。

予想されていた通り、今回の理事会での政策変更は行われず、ラガルド総裁は理事会後の記者会見で、今後のデータ次第であることを改めて強調し、「今夏」が具体的にいつを指すかの明言を避けた。総裁によれば、今回の理事会で利下げを議論するのは時期尚早である点で、理事会の幅広いコンセンサスが得られたと述べた。声明文によれば、「現時点での評価によれば、政策金利の水準は十分に長い期間維持された場合、この目標に向かって大きく貢献すると理事会は考える。将来の我々の決定は、政策金利が必要な限り、十分に抑制的な水準に設定されることを保証する」との政策金利に関するフォワード・ガイダンスは修正されなかった。また、インフレ圧力に関連して、「国内のインフレ圧力は引き続き高い」との文言が声明文から削除されたが、記者会見の中でラガルド総裁は「賃金上昇と労働生産性の低下は国内のインフレ圧力を高く維持している」と述べ、インフレへの警戒姿勢を緩めた訳ではない。ラガルド総裁は、ダボス会議での夏の利下げがあり得るとの自身の発言を肯定したが、同時にインフレ率が持続的に目標に戻ると確信する前に、ディスインフレのプロセスがさらに進むことを望んでいると発言。賃金を中心に今後公表されるデータを待って、最終的な利下げ時期を判断する模様。

では、ラガルド総裁が重視する賃金データはどのタイミングで確認できるのか。ユーロ圏の賃金データとしては、欧州統計局が四半期毎に発表する労働コストが最も包括的だが、発表タイミングが当該四半期終了から2ヶ月半と遅く、1~3月期のデータは6月中旬に発表される。ECBが四半期毎に集計するユーロ圏全体の妥結賃金は当該四半期終了から1ヶ月半程度で発表され、1~3月期のデータは5月中下旬頃に明らかとなる。スペイン、オランダ、オーストリアなどは月毎に賃金統計が発表され、それほど包括的ではないが求人情報に基づく賃金データも月次で公表される。この他に、ECBは大企業を対象に賃上げ動向の聞き取り調査を行っている。

こうしてみると、5月中下旬に1~3月期の妥結賃金を確認し、6月の理事会で利下げを開始するのがメインシナリオとなろう。6月は四半期に1回のスタッフ見通しの発表月でもあり、より詳細な物価・賃金見通しに基づいて政策判断が可能となる。無論、6月の時点で賃金上昇圧力の鈍化が確認されない場合、利下げ開始時期が後ずれする可能性が出てくる。逆に利下げ時期が前倒しされるためには、3月や4月の理事会までに入手可能なデータで賃金・物価の上昇圧力鈍化を明確に示唆する内容が必要となり、その可能性は低いと判断される。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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