上がっているようで、上がっていない賃金(11 月毎月勤労統計) 日銀は満足しないはず

藤代 宏一

要旨
  • 日経平均は先行き12ヶ月36,000程度で推移するだろう。
  • USD/JPYは先行き12ヶ月138程度で推移するだろう。
  • 日銀は4月にマイナス金利を解除した後、当分の間、金利を据え置くだろう。
  • FEDは年央までに利下げ開始、FF金利は年末に4.50%(幅上限)以下への低下を見込む。
目次

金融市場

  • 前日の米国株はまちまち。S&P500は▲0.1%、NASDAQは+0.1%で引け。VIXは12.8へと低下。

  • 米金利はカーブ全般で金利低下。予想インフレ率(10年BEI)は2.222%(▲0.7bp)へと低下。実質金利は1.791%(▲1.2bp)へと低下。長短金利差(2年10年)は▲35.3bpへとマイナス幅拡大。

  • 為替(G10通貨)はUSDが全面高。USD/JPYは144半ばへと上昇。コモディティはWTI原油が72.2㌦(+1.5㌦)へと上昇。銅は8369.5㌦(▲78.5㌦)へと低下。金は2033.0㌦(▲0.5㌦)へと低下。

米国 イールドカーブ
米国 イールドカーブ

米国 イールドカーブ(前日差)
米国 イールドカーブ(前日差)

米国 名目金利・予想インフレ率・実質金利(10年)
米国 名目金利・予想インフレ率・実質金利(10年)

米国 長短金利差(2年10年)
米国 長短金利差(2年10年)

米国イールドカーブ、前日差、名目金利・予想インフレ率・実質金利、長短金利差
米国イールドカーブ、前日差、名目金利・予想インフレ率・実質金利、長短金利差

注目点

  • 本日発表の11月毎月勤労統計(公式系列)は日本の賃金上昇圧力がなお限定的であることを示した。日本企業の賃金決定スタンスは変容の兆しがみられるものの、欧米対比では依然として消極的で、欧米中銀が実施したようなインフレ抑制を目的とする連続利上げの必要性が乏しい状況にあると判断される。現金給与総額の弱さは、賃金から物価への好循環の存在に疑問を投げかけるものであった。植田総裁が「第二の力」と表現する、賃金上昇を起点とする物価上昇は、なお力不足であると認識するのが自然だろう。

  • ただし、後述するとおり日銀が重視していると思われる参考系列の共通事業所ベースの数値は強かった。公式系列と参考系列の間に生じている大幅な乖離は厄介な問題であるが、いずれにしても日銀の物価目標を上振れ方向に脅かすほどの強さではない。それらを踏まえると、日銀はマイナス金利解除を「総合判断」で決定した後、当分の間、政策金利を据え置くのではないか。

  • まず公式系列に目を向けると、ヘッドラインである現金給与総額は前年比+0.2%と10月の+1.5%から大幅に鈍化し、5月の+2.9%をピークに明確な減速にある。このうち基本給に相当する概念である所定内給与は+1.2%と2022年度対比で(辛うじて)加速傾向にあるものの頭打ち感が強まっている。また所定外給与(≒残業代)については、製造業等の減少を背景に+0.9%と弱さがみられている。振れの大きい特別給与は▲13.2%と大幅に減少した。結果的として全体の賃金上昇率は、基本給の強さを残業代や賞与・一時金などの弱さが蝕むことで、緩慢な伸びに留まっている。基調的な賃金を把握する上で重視すべき一般労働者(≒正社員)の所定内給与が+1.5%とまずまず伸びている点は安心だが、それでも全体の数値は物足りなさを禁じ得ない。

  • 他方、サンプル変更の影響を受けにくいとされ、日銀も重視しているとみられる共通事業所版では強かった(共通事業所ベースのデータは日銀の資料に登場することが多い)。現金給与総額は前年比+2.0%、所定内給与は+2.1%、所定外給与は+1.8%、特別給与は+1.0%と何れも底堅く推移した。一般労働者の所定内給与は+1.9%であり、どちらの尺度でみても春闘賃上げ率(連合発表のベア相当部分)に整合的な範囲で推移している。共通事業所の数値を見る限り、「第二の力」はまずまずと言える。

現金給与総額
現金給与総額

  • ただ、それでも公式系列の弱さを軽視すべきではないだろう。大企業を中心に5~10%の賃上げ実施などと威勢の良い声が伝わって来ているものの、結局のところ現金給与総額が増えていない現状を踏まえると「固定費である基本給の増加をその他の削減によって相殺する」というデフレーショナリーな企業経営の残存を疑わざるを得ない。円安等によって海外事業の利益が好調であっても、国内事業の低成長を理由に賃上げが見送られている可能性などが浮かび上がる。そうした下で中小企業が持続的な賃上げに踏み切れるかは予断を許さない。

  • 2024年春闘は、既往の物価上昇分を賃上げに反映する動きから2023年度を超す結果が期待されている。そうなれば所定内給与は2%を小幅に上振れて推移しそうだが、それでも賃金インフレと呼ぶに相応しい状況には至らないだろう。以上を踏まえると、日銀はマイナス金利解除を「総合判断」で実施した後、当分の間、政策金利を据え置くだろう。

藤代 宏一


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