インフレ課税と闘う! インフレ課税と闘う!

町村の平均年収ランキングに学ぶ

~人口減少でも豊かに生きる~

熊野 英生

要旨

総務省の統計から、町と村の1人当たり所得ランキングを作った。そこには、人口が少なくても、平均所得が上がるようにするヒントが隠れている。地域の魅力を再発見し、移住者が増えた地域が目立つ。北海道の町村には、農林漁業によって域外から購買力を呼び込み、高所得を得ている地域もある。アフターコロナはITビジネスがリモートワークで地方でも成り立つ道が広がっている。こうした事実を少子化対策に活かしたい。

平均所得ランキング

以前、TVドラマのタイトルに「富豪村」という文字を見た。人口が少ない村なのに、高所得者ばかりが住んでいるという逆説だ。エコノミストとして、心をくすぐるワーディングだ。住民税データから区市町村の納税者数と課税所得を使って、1人当たり所得ランキングを作り、そこから区と市を除いた。それで町と村だけの平均所得ランキングを作った(図表)。

筆者は、このランキングの上位を調べれば、人口が少なくても、その住民が高所得を稼いでいる謎を解明することができると考えた。1位は、山口県の周防大島町だ。周防大島町の順位は、区市を含めたとしても総合ランキング2位になる。筆者は、昔、周防大島町には何度か行ったことがある。それだけに驚きは大きい。

周防大島町のHPでは、2021年の人口14,798人のうち65歳以上の割合が54.6%(全国平均28.7%)とある。強烈に高齢化が進んでいる。主要な産業は、みかん栽培という印象が強い。もっとも、昔からその地域を知っていると、逆に新しい変化に鈍感になる。近年は域外からの移住が増えて変化が起きている。周防大島町では、移住促進に熱心な人が居て、旗を振ったことが大きい。周防大島の魅力を再発見する広報活動、イベントを行って、それが域外に広く伝わったことが成果を上げたと聞く。宣伝文句には「瀬戸内のハワイ」とあり、町は観光交流人口100万人を目指そうとしている。温暖な気候と瀬戸内の絶景、積極的な起業家支援という特徴もある。岩国空港から車で40分というのも地の利だ。そうした背景もあり、高所得の移住者が集まり、1人当たり所得ランキングの上位に躍り出た。

移住の背景には、ITビジネスの効果もある。IT事業者の中は、ここ数年のリモートワークの流れの中で、地方に移住しても稼ぐ人も多くなった。山口県への企業進出でもIT系企業は多い。政府の事業再構築補助金が新しい分野としてのITビジネスの展開を後押ししている側面もある。

少し驚くのは、上位ランキング30位までのリストに、ほかにも東京都の小笠原村(9位)、青ヶ島村(18位)の島がある。小笠原諸島や伊豆七島の景色は、「瀬戸内のハワイ」とはひと味違った魅力がある。ここも移住者がいる。

図表
図表

北海道に集中

上位ランキングを眺めて気が付くのは、北海道の町村が多いことだ。上位30のうち13町村が北海道に属する。

2位の猿払村は、ホタテ漁がさかんな地域とされる。漁業で潤った世帯が「ほたて御殿」を立てているという指摘もあるくらいに、漁業が平均所得を押し上げている。ただ、ここにきて福島の処理水の問題で、中国が日本産海産物の輸入の停止を行っている。このため、ホタテ輸出が悪影響を受けていることは時間差を置いて出てくる点が心配である。

3位の安平町も北海道である。酪農がさかんだとされ、競走馬の飼育も活発である。個人事業主の事業所得が突出して高いことも知られている。

北海道は、全体として少子化と人口減少が厳しい地域であるが、産業に目を向けると、農林漁業が相対的にさかんな地域である。製造業、観光業、農林水産業は、域外から購買力を移転させているパワフルな性格を持っているので、これらを機軸にして、さらに人口減少の町村が大きく稼ぐことは可能だろう。

立地効果

4位の忍野村は、強力な競争力を持つ機械メーカーの存在が、平均所得を押し上げている。所得分布の特徴には、ごく僅かな高所得世帯が増えるだけで、平均値(算術平均)が大きく動くことが知られている。このことは必ずしも消極的に捉える必要はない。地方自治体の場合は財源が増えると、それがインフラ整備などで住民全体に還元される。福祉なども拡充できる。高所得層を増やすことは、全体の利益につながりやすい。地方自治体はそのことを知っているから、企業誘致には熱心である。競争力のある企業が立地を決めると、巨大な波及効果が生じる。

筆者は、熊本県に行ったときに同じような話を聞いた。地場の経営者などから、台湾の大手ファウンドリーTSMCの進出について、期待と不安を教えてもらった。個人単位では移住になるが、それを企業単位で考えると、企業誘致が対応する。

発想を変えると、地方にリモートワークの企業を設立し、都市部から仕事を請け負うことは、地方への所得移転になる。最近、地方で大企業から仕事を請け負うアウトソース事業がさかんに勃興している。これは、地方が都市部から仕事を輸入するのと同じ原理になる。

21位の京都の精華町は、関西の学術研究都市としての整備が進められている。これも言わば、企業立地によって地域経済が潤すことに似ている原理だ。つくば市も、茨城県の中では最も平均所得が高い。

保養地の効果

上位には軽井沢町(5位)、葉山町(6位)がある。昔から都市の高所得者の保養地として知られている。市の中には、神奈川県で最も平均所得が高い鎌倉市がある。神奈川県では、鎌倉市に次いで葉山町、逗子市が続く。この3地域は横浜市よりも平均所得が高い。

これらの地域は、保養地であると同時に、観光地にもなってきた。都市から遊びに来て、自然の中で時間を過ごすことに幸せを感じた人々が、別荘を持ったり、移住してきたりする。観光資源を開拓するためには、地元の人がアイデアを考えるよりも、観光で来た非居住者から意見を聞くことが参考になる。ビジネスのことは消費者に聞け、という原理だ。地元の人は、観光で来た人を通じて、地域の魅力を再発見できる。これは筆者の経験でもある。

プロセスとして、まず観光を通じて、交流人口を増やす。そこから定住人口の増加にスイッチしていく。ここには地方自治体の戦略もあるのだろう。

コロナ禍が始まった頃に、仕事をリモートワークに切り替えて、東京都心から1時間圏内のアクセスで、主な居住地を移転する人が増えた。軽井沢町などは、その受け皿になったことで知られる。

地域振興は人口増にもフィードバック

人口が少なくても、移住や企業誘致を通じて、高所得者や競争力のある企業を呼び込むと、その町村の平均所得が大きく上がる。地域振興や観光促進を、域外から人を呼び込む起爆剤にできる。さらに、呼び込んだ定住者のビジネスを育てることも重要だ。

しかし、こうした移住の話をすると、オールジャパンでは人口はプラス・マイナスがゼロだ、という冷ややかな反論が出てくるだろう。果たしてそうだろうか。日本中で最も人口減少が進むのは東京都である。全国の地方から、最も子育てコストが割高の東京都に若者が集まるから、全国の少子化が進む。地方の平均所得が上がれば、東京一極集中を是正し、人口はプラスサムになるのではないか。地方の平均所得の上昇が、少子化にも歯止めをかける。先日、筆者は元明石市長の泉房穂氏方と映像メディアの仕事で一緒になり、子育て支援が充実した明石市への若年層の流入が活発になったという話を聞いた。全国でも、泉氏が任期中に子育て環境を充実させると、他地域から明石市に人々が引っ越してきた。これも、移住モデルの変形だろう。

本稿では、アフターコロナの変化としてのリモートワークの普及が、移住を促進していることを強調してきた。働き方は、ITを使って都市から仕事を請け負い、生活・子育ては地方で行うというスタイルの生き方は、少子化のカウンターパワーになるのではないか。もちろん、同時に地方自治体が農林漁業や観光業を振興することも大切だ。

筆者は、少子化を止めると言って、財政資金をばらまくだけの政策には懐疑的だ。地方に居て稼ぐよりも都市に移住して働く方が自分の所得を上げられるという構造を変えないと、少子化の流れは止まらない。少子化という結果は、その原因が何かを見極めないと、本質的解決につながらない。同じことが、物価対策にも言える。給付金を配って終わりでは、物価上昇の原因を放置しているのと同じだ。経済政策の立案では、因果関係をもっと論理的に考えないと駄目だ。

少子化対策は、もっと本質の構造にメスを入れる必要がある。地域経済の衰退と少子化は、かなり強い因果関係があると考えられる。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ