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- 利下げは近いが、市場観測ほどではない
- 要旨
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- 11月の消費者物価の下振れ以降、金融市場ではECBが来年早々にも利下げを開始するとの観測が高まっている。12月のECB理事会では、政策金利に関するフォワードガイダンスは変更されなかったが、物価見通しが下方修正され、物価安定達成への自信を深める内容に修正された。ラガルド総裁は年明け後の賃金交渉や賃金関連データを重視することを示唆。筆者も11月の消費者物価が一過性の要因によって押し下げられ、エネルギー価格の反動減による下押しが来月以降に半減すると考えている。来年3月の利下げ開始と2024年中に150bpの利下げを織り込む市場の観測はやや行き過ぎで、4~6月期中の利下げ開始と年末までに75bpの利下げを予想する。
- 12月の理事会ではPEPPの再投資停止が前倒しされた。従来は少なくとも2024年末まで再投資を継続するとしていたが、来年後半に段階的な縮小を開始し、年末までに終了する。利下げ開始後もPEPPの再投資を継続すれば、ECBはアクセルとブレーキの両方を同時に踏むことになる。PEPPの再投資停止が前倒しされたのは、利下げ開始に向けた布石と考えることもできる。再投資停止後のイタリアの国債需給の悪化と金利上昇に注意が必要となる。
11月のユーロ圏の消費者物価の下振れとECB内でタカ派のシュナーベル理事が追加利上げを選択肢から除外したことを受け、市場参加者の間では最近、ECBが来年の早い段階で利下げに転じるとの見方が広がっていた。金融市場は現在、来年3月の利下げ開始と年末までに150bpの利下げを織り込んでいる。こうしたなかで行われた12月のECB理事会では、10月に続く政策金利の据え置きが確実視されるなか、早期の利下げ開始を示唆する総裁発言や声明文の変更があるか、先走り気味の市場の期待修正が行われるかに注目が集まった。理事会の結果は、予想通りに政策金利が据え置かれ、下記の通り、利下げ開始時期に関する言及や声明文の内容は変更されなかったが、インフレ率の評価に関する表現を物価安定の達成に自信を深める内容に変更した。
(変更なし)現時点での評価によれば、政策金利の水準は十分に長い期間維持された場合、この目標に向かって大きく貢献すると理事会は考える。将来の我々の決定は、政策金利が必要な限り、十分に抑制的な水準に設定されることを保証する(Based on its current assessment, the Governing Council considers that the key ECB interest rates are at levels that, maintained for a sufficiently long duration, will make a substantial contribution to this goal. The Governing Council’s future decisions will ensure that its policy rates will be set at sufficiently restrictive levels for as long as necessary)
(修正前)インフレは依然として高すぎる状態が長く続くことが予想される(Inflation is still expected to stay too high for too long)
(修正後)インフレ率は来年を通じて徐々に鈍化することが予想され、2025年に2%の目標に到達する(Inflation is expected to decline gradually over the course of next year, before approaching our 2% target in 2025)
同時に発表されたECBスタッフによる景気・物価見通しでは、前回9月時点の見通しと比べて、2023・2024年の実質GDP成長率を下方修正(2023年:+0.7%→+0.6%、2024年:+1.0%→+0.8%)、2023・2024年の消費者物価(2023年:+5.6%→+5.4%、2024年:+3.2%→+2.7%)、変動の大きいエネルギーと食料を除いた米国型コア消費者物価(2023年:+5.1%→+5.0%、2024年:+2.9%→+2.7%)を下方修正し、新たに公表した2026年の消費者物価を+1.9%と中期的な物価安定である2%を僅かに下回ると予想する(図表1)。四半期毎の消費者物価の見通しでは、2%の達成時期は2025年7~9月期と前回見通しから不変だが、そこに至る物価パスについては2024年を通じて下方修正した(図表2)。
ラガルド総裁は理事会後の記者会見で、今回の理事会では利下げについての議論をしなかったことを明かし、「賃金上昇率はまだ鈍化しておらず、インフレに対する防御を下げてはならない」、「2024年前半は政策に関連した経済データをとりわけ多く入手できる」と発言、金融市場で広がる早期の利下げ観測を牽制した。早期利下げ観測を高めた11月の消費者物価は、一過性の要因によって押し下げられた可能性があるうえ、エネルギー価格の反動減による下押しは来月以降半減する。筆者は来年3月の利下げ開始と2024年中に150bpの利下げを織り込む金融市場は前のめり過ぎると考えており、年明け以降の賃金交渉や賃金関連のデータを確認した後、4~6月期中の利下げ開始とそれ以降の各四半期で25bpの利下げを継続する(2024年中に75bpの利下げ)と予想する。
理事会はまた、コロナ危機対応で開始したパンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)の再投資(満期を迎えたECBの保有資産と同額を別の資産に再投資する)を段階的に縮小することを決定した。ラガルド総裁は最近、PEPPのフォワード・ガイダンスを近い将来に見直す可能性があると言及していた。従来は「少なくとも2024年末まで再投資を継続する」としていたが、新たなガイダンスでは「2024年前半は再投資を全額継続するが、2024年後半に月平均75億ユーロずつの段階的な縮小(テーパリング)を開始し、2024年末までに完全に終了する」方針に変更した。利下げ開始後もPEPPの再投資を継続すれば、ECBはアクセルとブレーキの両方を同時に踏むことになる。PEPPの再投資停止が前倒しされたのは、利下げ開始に向けた布石と考えることもできる。
再投資停止後のイタリア国債の需給悪化に注意が必要となる。財政ファイナンスが禁じられているECBは、ユーロ圏各国の国債を経済規模に準じた割合(資本金クオータ)で購入することが義務づけられている。PEPPについてはある程度の柔軟性が認められているため、通常決められた以上の割合でイタリア国債を購入してきた。そのため、資産買い入れの開始時点で5%程度だったECB(イタリア中銀)によるイタリア国債の保有割合は現在25%以上に達している。PEPPの再投資が終了し、ECBがイタリア国債の買い支えが出来なくなると、需給悪化を通じてイタリアの国債利回りに上昇圧力が及びやすくなる。
田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。