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トゥスクの帰還

~ポーランドは反EUから親EUに転換~

田中 理

要旨
  • 反与党で団結したリベラル政党が10月の総選挙で勝利したポーランドでは、同国首相やEU大統領を歴任したトゥスク氏が13日にも首相に返り咲く。同国の親EU・民主主義重視路線への方針転換に期待が集まるが、前政権寄りの大統領が法案の拒否権を持つほか、3会派・複数政党による寄り合い所帯である連立政権内の意見集約も困難とみられ、トゥスク氏が思い描く通りの政策運営ができるかどうかは予断を許さない。欧州復興基金の拠出開始に必要な前政権が進めた司法介入の再改正、議会解散につながる恐れがある来年度予算案の議会審議の行方に注目が集まる。

ポーランド議会は11日、右派ナショナリズム政党「法と正義(PiS)」のモラヴィエツキ首相の内閣信任決議を賛成190・反対266票で否決、直後に行われた中道右派政党「市民プラットフォーム(PO)」のトゥスク元首相の新首相就任決議を賛成248・反対201票で承認した。10月の総選挙で過半数を失った第1党のPiSによる組閣が失敗に終わり、モラヴィエツキ首相が失職。反与党のリベラル勢力3党の支持を集めたトゥスク氏が13日にも首相に就任することが確実となった。

2007年の総選挙でPOを率いて勝利したトゥスク氏は、欧州理事会の第二代常任議長(いわゆるEU大統領)に就任するため、任期途中の2014年に退任するまでの7年間、首相として同国を率いた。POは欧州議会の最大派閥で中道右派会派「欧州人民党(EPP)」に所属する親EU政党。トゥスク氏の首相退任後の2015年の総選挙で敗れ、PiSに政権を明け渡した。PiSはブレグジット前の英国保守党が所属した欧州議会の右派会派「欧州保守改革党(ECR)」に所属するEU懐疑主義政党で、党首を務めるカチンスキ―元首相が権力を掌握する。シドゥウォ・モラヴィエツキ両首相の下で、司法やメディアに対する国家介入を重ね、EUとの関係が悪化した。親EU派のトゥスク氏の9年振りの首相返り咲きでEUとの関係改善が期待できる。

ポーランドの親EU・民主主義重視路線への方針転換に期待が集まるが、トゥスク氏が思い描く通りの政策運営ができるかどうかは予断を許さない。同国では議会で可決された法案の公布には大統領による署名が必要となる。大統領は法案の拒否権を持ち、憲法裁判所に違憲審査を要求するか、下院に差し戻すことができる。前者の場合、憲法裁判所が違憲と判断すれば廃案に、合憲と判断すれば大統領が再度拒否権を行使することはできない。後者の場合、下院が再度法案を可決した場合、大統領は7日以内に署名しなければならない。2015年に就任したドゥダ大統領はPiS出身の元下院議員・欧州議会議員で、これまでも政権寄りの発言を繰り返している。大統領の任期は5年、再選は1回限りで、ドゥダ氏の任期は2025年8月までとなる。

選挙戦では反PiSで団結した次期政権を構成する野党勢だが、POが中心の中道右派会派、リベラル政党「ポーランド2050」や農民政党「ポーランド人民党」が中心のリベラル会派、中道左派政党「新左派」が中心の左派会派など、3会派・複数政党による寄り合い所帯だ。連立政権内の意見調整は難航が予想される。トゥスク氏は12日に次期政権の政策方針を表明した後、議会の信任投票に臨む。

トゥスク次期首相は早速14・15日にブリュッセルで開かれるEU首脳会議に参加する予定で、ポーランドが過去数年のEU懐疑主義から親EU主義に転換することをアピールするとみられる。トゥスク氏は政権の優先課題として、EUの基本価値違反を理由に前政権下で停止されていた765億ユーロの構造投資基金(EUの補助金)の拠出再開と、コロナ危機後の経済復興に必要な財政資金を提供する350億ユーロの欧州復興基金の資金拠出の開始を目指すことを表明している。だが、復興基金の資金拠出開始には、法の支配に関連する数十個の改革実行が条件となる。前政権下で進められた司法介入の再改正に対しては、前政権寄りのドゥダ大統領が拒否権を発動する可能性もある。

2024年の予算審議も政権の行く末を左右しかねない。予算法案を議会提出から4ヶ月以内に可決できない場合、大統領は議会を解散できる。前政権が予算案を議会に提出したのが9月末で、来年1月末が予算の可決期限となる。クリスマス休暇を挟んだ残りの審議日程は限られ、前政権の作成した予算案を大幅に修正することは困難とみられる。同時に来年4月に地方選挙、6月に欧州議会選挙を控え、連立政権に参加する各党からは、個人所得の非課税枠の倍増、住宅の新規購入や改修への補助金、3歳未満の子育て中の母親の職場復帰の補助金、公共部門の20%の賃上げなど、選挙公約の実現を求める声が高まりやすい。親EU路線に転向する次期政権だが、拡張的な財政運営を巡っては欧州委員会から是正勧告を求められる可能性がある。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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