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ブレグジット後の英国は移民流入を防げるか?

~ルワンダ移送計画を再審議~

田中 理

要旨
  • 移民や難民の流入抑制を目指す英国政府は、最高裁判所が違憲と判断した難民をルワンダに移送する計画を実行する新たな法案を議会に提出した。だが、与党・保守党内の強硬派は、欧州人権条約の破棄にまで踏み込むことを要求。与党議員の造反で法案が否決される恐れがある。その場合、スナク首相の指導力や政策遂行能力が問われ、党首不信任などに発展しかねない。移民・難民政策を巡る混乱は、与党内の分断を深め、来年の総選挙の結果を左右することになりそうだ。

スナク首相が率いる英国の保守党政権は7日、難民認定を希望する入国者を安全な第三国である東アフリカのルワンダに移送する計画の実現に必要な緊急法案を議会に提出した。法案提出に先駆けて、クレバリー内相は5日にルワンダを訪問し、同国と難民移送に関する条約を締結した。英国の最高裁判所は先月、ルワンダの人権状況が難民にとって安全でないことを理由に、移送計画を違憲と判断した。新たな法案では、最高裁の司法介入を回避するため、英国の人権規定の効力が及ばない形に改めた。また、昨年6月に欧州人権裁判所がルワンダ移送計画の差し止めを命じたが、今回の法案では欧州人権裁判所の命令に従うかどうかの判断を閣僚に一任する規定が盛り込まれた。

英国ではEUを離脱し、独自の移民政策を開始した後も、移民や難民の大規模な流入が続いてきた。今年は昨年比でやや減少しているが、小型ボートなどで英国を目指す不法移民は2022年に5万人を突破し、数年前と比べて倍以上に増加した。移民・難民の流入抑制はスナク首相が掲げる政権公約の1つで、より厳格な対応を求める声が国民の間で高まっていた。保守党内の強硬離脱派は、ルワンダ移送計画を実行するためには、欧州人権条約を破棄し、欧州人権裁判所の司法判断に拘束されないことを求めている。だが、受け入れ国のルワンダ政府が英国による欧州人権条約の破棄に否定的だったことや、EUとの関係改善を目指すスナク首相は、同条約の破棄にまで踏み込まなかった。

今回の修正法案の下でも欧州司法裁判所から改めて差し止め命令が出る可能性があり、難民移送計画の実行性は不透明なままだ。ジェンリック移民担当相が改正法案の内容が不十分として閣僚を辞任したほか、11月に更迭された強硬派のブラヴァマン元内相も、総選挙での保守党の逆転勝利には移民を乗せたボートが英国に来ることを防ぐ必要があるが、今回の改正法案が機能しないと断じるなど、強硬離脱派の間で不満の声が高まっている。既に一部の議員はスナク首相の保守党党首としての不信任投票の実施を求める書簡を提出したとされる。不信任投票は保守党に所属する下院議員のうち53名の要請で実施され、不信任票が過半数を上回れば党首を辞任する。

修正法案は来週にも議会審議が開始されるが、保守党内で欧州人権条約の破棄に踏み込むことを求める強硬離脱派と移民の流入抑制に反対する穏健派の双方が野党とともに法案不支持に回り、成立を危ぶむ声もある。野党の前議員が法案不支持に回った場合、29名の保守党議員の造反で法案は否決される。クリスマス休暇前の審議日程は少なく、最終的な議会採決は来年に持ち越される公算が大きい。スナク首相は「今回の修正案が唯一の正しい解決策である」と述べ、「団結しなければ保守党の死を招く」として、法案採決への賛成を呼び掛けている。同時に首相は、法案採決を自身への信任投票と位置付けることや、法案が否決された場合に議会の解散総選挙を前倒しで行うことを否定している。だが、法案が否決された場合、スナク降ろしの動きが加速しかねない。移民・難民政策を巡る混乱は、保守党内の分断を深め、来年にも予定される総選挙の結果を左右することになりそうだ。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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