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英キャメロン復帰が意味するもの

~スナク首相の危険な賭け~

田中 理

要旨
  • 来年の総選挙に向けて劣勢が続く英スナク保守党政権は内閣改造を実施。党内右派勢力で問題発言を繰り返してきたブラヴァマン内相を解任するとともに、キャメロン元首相を外相に抜擢する異例の人事を発表した。7年振りの閣僚復帰となるキャメロン外相が政権の意向に沿った形の外交政策を展開するのか、独自色を発揮するのかは分からない。首相としての豊富な外交経験に期待する声がある一方、首相時代の親中路線から、対中政策を不安視する声も浮上している。過去の政治家の感が否めない同氏の再登板は、変化を訴えるスナク首相の戦略と相容れないほか、党内の人材難や奇策と受け止められない。保守党が劣勢を覆せるのか、キャメロン氏の再登板はスナク首相にとって危険な賭けとなりかねない。

英国の保守党政権を率いるスナク首相は13日、問題発言を繰り返してきたブラヴァマン内相を解任し、後任にクレヴァリー外相を任命するとともに、外相の後任にキャメロン元首相を任命するなどの内閣改造を行った。また、トラス前首相に近いコフィー環境相が辞任し、後任にEU離脱担当相などを務めたバークレー保険相を任命、保険相の後任にアトキンス下院議員が就任する。政権の財政運営を司るハント財務相や、次代の保守党リーダー候補であるバデノック・ビジネス・通商相は留任した。

党内強硬右派のブラヴァマン氏は、中道穏健路線を採るスナク首相との確執が伝えられてきた。同氏はトラス政権でも内相を務めたが、政府資料を外部に流出した倫理規定違反を問われ、僅か1ヶ月余りで解任、二度目の内相解任となる。ブラヴァマン氏は移民や難民の受け入れに批判的で、内相就任後、欧州からの難民希望者を東アフリカのルワンダへ移送する計画を推進し、欧州司法裁判所から差し止め命令を受けている。最近では、イスラエルとハマスの即時停戦を求める親パレスチナ派のデモ行進に対して、警察に厳しい取り締まりを要求。8日の英タイムズ紙への寄稿では、警察が親パレスチナ派を優遇し(ダブル・スタンダードを適用し)、違法行為の多くを見逃していると指摘、党内外から批判を浴びていた。タイムズ紙によれば、首相官邸はブラヴァマン内相に対して寄稿内容の修正を求めたが、同氏が修正を拒否したとされる。保守党は来年に予定される総選挙での敗色が濃厚で、ブラヴァマン氏は下野後の党首就任に意欲をみせている。ルワンダ移送計画を巡る最高裁判所の判決が近く予定され、同氏は欧州司法裁判所の根拠法である欧州人権条約(ECHR)からの英国の脱退を求めてきた。閣外から政権に揺さぶりを掛けることが予想される。

ブラヴァマン氏の解任とキャメロン元首相の閣僚復帰には、トラス前首相の党首就任を後押ししたグループやジョンソン元首相を支持するグループから不満の声が聞かれ、一部の議員がスナク首相の党首不信任を求める意見書を投票を管理する1922年委員会に提出したとされる。首相経験者の閣僚復帰は約50年振りとされ、英国の近代政治史では異例の出来事だ。キャメロン氏は2010年の総選挙で保守党の13年振りの政権奪還に成功、選挙戦の劣勢を挽回する切り札としてスナク首相が密かに温めていた人事とされる。同氏は英国のEU離脱(ブレグジット)の是非を問う2016年の国民投票で離脱が決まったことを受け、首相を辞任。直後に下院議員も辞職し、政界から引退していたが、外相復帰に当たり、政府の推挙で一代貴族として上院議員に就任した。下院の議会審議に参加することはできないが、上院議員の外相就任はヒース政権やサッチャー政権時代に前例がある。

7年振りの閣僚復帰となるキャメロン外相が政権の意向に沿った形の外交政策を展開するのか、独自色を発揮するのかは分からない。首相としての豊富な外交経験やネットワークに期待する声がある一方、対中政策を不安視する声も浮上している。キャメロン氏は首相時代に盟友のオズボーン財務相とともに親中路線を採用し、中国との経済関係を強化した。同氏は最近も、中国の一帯一路構想と関係のあるスリランカの投資イベントで講演したことや、中国と英国の投資ファンドの要職を務めていたことが報じられている。その他の外交政策を巡る同氏の過去の言動は、①熱心な親イスラエル派だが、過去のガザ侵攻では人道物資の搬入を要求、②ロシアのクリミア進攻を受けて同国への武器禁輸を決定したほか、ロシアのG8からの除外を要求したが、その後のウクライナ侵攻を食い止められなかったことが弱腰と批判されることもある、③ブレグジット投票の実施を決定した張本人で、過去には欧州人権条約からの脱退の可能性を示唆したことがある。

英国の有権者の間では、長年の保守党政権や相次ぐスキャンダルに政権交代を求める声が多い。今回の内閣改造を通じてスナク首相は、党内の最右派勢力を閣内から追い出し、ブレグジットで右傾化した党の中道回帰に方針転換した。こうした路線は、党内融和を乱すとともに、英国改革党などの右派ポピュリスト勢力に一部の支持を奪われる可能性があるものの、最大野党・労働党やリベラル政党・自由民主党に失った中道寄り支持者の奪還を目指すものだ。キャメロン氏の異例の再入閣は、英国でも驚きをもって伝えられ、右派と中道派の党内抗争を覆い隠すうえで一定の効果がありそうだ。ただ、過去の政治家の感が否めない同氏の再登板は、変化を訴えるスナク首相の戦略と相容れないほか、党内の人材難や奇策と受け止められない。グリーンシル問題(英金融業者の事業参入を可能にする法改正を政府関係者に働きかけた疑惑)やパナマ文書(父親から相続した遺産の一部が租税回避地で管理されていた疑惑)など、キャメロン氏が抱えるスキャンダルが改めて注目を集める可能性もある。保守党が劣勢を覆せるのか、キャメロン氏の再登板はスナク首相にとって危険な賭けとなりかねない。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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