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岸田首相の経済対策5本柱

~3つの「なぜ?」~

熊野 英生

要旨

岸田首相が経済対策の方針を表明した。5つの柱をみて、(1)防衛費・少子化対策に税収増を回すという発想はないのか、(2)国民の不満は食料費高騰ではないか、(3)需要超過で財政刺激なのか、という3つの疑問を抱いてしまう。

目次

税収増は使ってしまうのか?

岸田首相は、9月25日に経済対策を10月にとりまとめることを表明した。その柱は、①物価対策、②賃上げ継続、③国内投資促進、④デジタル化など社会変革、⑤国土強靱化、5つである。極めて違和感があるのは、なぜ、今、補正予算を打って経済対策なのかという疑問を感じることだ。新聞メディアは、衆議院の解散が近いからと思惑を述べる。エコノミストの立場からは、それは必要性が疑わしいという議論になるだろう。

岸田首相は、「成長の成果還元」と述べている。その理屈では、2022年度税収が71.1兆円になり、当初65.2兆円から+6兆円近い上振れになったので、使ってしまおうという話になる。税収が上振れた部分を補正予算で使うとすれば、先々の防衛費・少子化対策の財源は別途確保する必要が出てくる。税収増分を基金にして、将来の財源にはできないのか。これで、少子化対策のための増税論は吹っ飛ぶだろうと感じた。財政規律の低下を感じる。

物価高対策の穴

すでに岸田首相は、電気ガス代とガソリン等への価格支援を9月末から延長することを決めている。これはこれで検討課題を抱えているが、別の問題もある。国民が物価高で苦痛を感じているのは、何と言っても食料品価格の上昇である。そちらを脇に置いて、物価対策というのは、バランスが取れない。食糧自給率が4割弱なので、日本は食料輸入への依存度が高い。円安で輸入インフレが起こっていることを考えると、金融政策の見直しを含めて議論する方がよい。植田総裁は、就任後、副作用対策に目配りをするような姿勢をみせている。家計の食料費の増加は明らかな副作用だ。金融市場の歪みのような副作用ではなく、経済全体の副作用にもっと目を配ってほしい。

植田総裁は、9月25日の定例記者会見で、年内利上げの思惑をきっぱりと否定して見せた。案の定、ドル円レートは1ドル150円近くの円安に向かうことになった。片方で政府は物価対策を標榜し、片方で日銀が金融緩和の延長を表明する。「安定的に2%の物価上昇」という共同声明の方針を植田総裁が課されていることが矛盾の原因である。

岸田首相と植田総裁は、デフレ脱却に関して話し合う場を設けることが物価対策にもつながっていく。

もう需要超過なのだ

近年の財政運営は、補正予算の中に本予算で精査すべき事業案件が流れ込んでしまっている。5本の柱で挙げられた⑤国土強靱化は本予算で検討する案件だ。④デジタル化など社会変革も中身次第では同じ評価になる。

仮に、国土強靱化=公共事業であるならば、需要超過の日本経済で総需要対策を行うことになるので、物価上昇を促すという理屈になる。経済学者ならば、物価対策なのに公共事業をすればインフレ加速になると反対するだろう。2023年4~6月の需給ギャップ(二次速報)は0.1%の需要超過になった。需要超過で公共事業を増やすと人手不足がより厳しくなることもどう考えるべきなのだろうか。

「年収の壁」の壁

筆者がみるところ、経済対策の真の柱は、「106万円の壁」対策だろう。これは人手不足対策にもなる。10月から対策は実施されるという。

現状、社会保険料の負担が扶養者自身に生じる年収の境目として、130万円と106万円がある。従業員100人以下の会社であれば、パート・アルバイトで年収130万円を超えると、扶養家族から外れて自身で社会保険料を納めることになる。見直しでは、これを仮に年収130万円を超えても、連続2年まで扶養に止まれることにする方針だ。従業員100人超の会社であれば、106万円を超えるといずれにしても扶養から外れる。今回は、106万円を超えて負担増が生じたときは、その会社に政府が助成をして、負担増を保険料減免などで軽減する方針である。その従業員にも1人最大50万円の助成金を支給する。

この壁対策は、かなり暫定的な色彩が強い。従業員100人以下の企業への対応は、事実上、130万円の枠を2年間だけ外すことに等しい。確かに、これだけ物価が上がっているので、何十年前からの額面130万円の価値はインフレ下で減価している。政府もデフレ時代の感覚でいると、様々な金額上限が低くなっていることに気づかずに過ごすことになる。扶養の年収基準が実質的に低くなっていることに対しては、政府内の議論はあまり踏み込まなかったように感じる。扶養控除の枠は、実質的に減らしていくのが当たり前で、家族はなるべく働くべきだという価値観があるのだろうか。それとも、扶養の枠を見直すと、社会保険料の収支計算が狂うということへの配慮なのか。その辺の論点も、一度、吟味してはどうかと思う。政府には、インフレ時代になる前から様々な金額基準を決めている。「会社の出張宿泊費」と同じように、その中にはすでに実質的に低すぎるものも多いはずだ。社会保障、税制についても、名目値の金額基準を一度総点検してみてはどうだろうか。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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