米国経済マンスリー:2023 年9 月

~10 月以降の三つの向かい風~

前田 和馬

要旨
  • 8月雇用統計における非農業部門雇用者数は3か月連続で節目となる+20万人を下回るなど、雇用増加ペースの鈍化が確認される。この間8月CPIのコアベース指数は前年比+4.3%(+4.7%)と5か月連続で騰勢を鈍化するなど、依然高水準ながらインフレ率の減速が持続している
  • 先行きに関して、直近の堅調な経済指標を勘案すると、7-9月期GDPは前期から大幅に加速する見通しだ。10月以降の景気動向を巡っては、実質労働所得の伸びが引き続き個人消費の牽引役になると見込まれるものの、①過剰貯蓄の枯渇や学生ローン返済再開による家計購買力の減少、②ストライキによる自動車生産の下押し、③政府閉鎖、といったリスクに警戒が必要だろう。
  • 9月FOMCにおいてFRBは利上げを見送ったものの、同時に公表されたドットチャートでは年内の+25bpの追加利上げの見通しが維持されたほか、2024年の利下げ見通しが50bpへと縮小するなど、金融政策の引締めをより長期にわたって持続するタカ派的なスタンスが示しされた。

図表1
図表1

経済指標

  • 8月雇用統計

8月雇用統計における非農業部門雇用者数は前月差+18.7万人(7月:+15.7万人)と、2か月連続で増加幅を拡大したものの、3か月連続で節目となる+20万人を下回った。この間3か月移動平均では+15.0万人(+18.1万人)と3か月連続で拡大幅を縮小するなど、均してみれば雇用拡大ペースの鈍化が持続している。また、6・7月実績はそれぞれ下方修正されており、2023年においては1次速報値からの下方修正が常態化している(1~7月における1次速報値からの改定幅:月平均-5.0万人)。8月の雇用者数を業種別にみると、医療・社会福祉が+9.73万人(7月:+9.96万人)、娯楽・宿泊が+4.0万人(+3.2万人)と対面型サービス業を中心に増加した。一方運輸・倉庫は-3.42万人(-1.00万人と大手運送会社の経営破綻を背景に減少したほか、情報産業は-0.15万人(-0.15万人)とハリウッドにおけるストライキが全体を押し下げた。

この間労働参加率は62.8%(7月:62.6%)と6か月振りに上昇した結果、失業率が3.8%(3.5%)と3か月振りに上昇した。失業率は2022年2月以来となる水準に達したものの、依然低位に留まっている状況に変化はない。この間平均時給は前年比+4.3%(+4.4%)と高水準で推移した一方、週平均労働時間は-0.3%(-0.9%)と7か月連続で前年水準を下回るなど、緩やかな減少傾向が持続している。この結果労働所得(=民間雇用者数×平均労働時間×平均時給)は+6.1%(+5.6%)と平均時給の伸びを背景に減速しながらも増加基調で推移している。他方CPI上昇率を控除した実質賃金は1時間当たりで+0.5%(+1.1%)、週当たりで+0.3%(+0.2%)と緩やかに上昇するなど、労働所得環境は堅調に推移している(詳細は「米国 8月雇用統計は労働市場逼迫の段階的緩和を示す」)。

  • 8月全米供給管理協会(ISM)景況感指数

8月ISM製造業PMIは47.6(7月:46.4)と2か月連続で上昇したものの、10か月連続で好不況の節目となる50を下回った。内訳をみると、生産が50(48.3)、雇用が48.5(44.4)と共に前月から上昇した一方、生産活動に先行する新規受注は46.8(47.3)と前月から低下した。一方7月ISMサービス業PMIは54.5(52.7)と市場予想(52.5)に反して上昇した。ポストコロナで消費が財からサービスにシフトするなか、製造業とサービス業における業種間格差が持続している。サービス業の内訳をみると、事業活動が57.3(7月:57.1)、雇用が54.7(50.7)、在庫が57.7(50.4)と幅広い項目で上昇した(詳細は「米国製造業の調整幅の縮小継続(8月ISM製造業指数)」及び「米国 8月ISM非製造業指数は予想に反して上振れ」)。

  • 8月消費者物価指数(CPI)

8月消費者物価指数(CPI)は前月比+0.6%(7月:+0.2%)と前月から騰勢を加速した。食品は+0.2%(+0.2%)と豚肉や卵が上昇した一方、エネルギーは+5.6%(+0.1%)と原油価格上昇を背景にガソリン価格が大幅に増加したことが全体を押上げた。他方食品・エネルギーを除くコアベース指数は+0.3%(+0.2%)と小幅ながら前月から上昇幅を拡大した。住居費は+0.3%(+0.4%)とコアCPIをけん引する構図が持続したことに加えて、住居を除くコアCPIが+0.3%(-0.1%)と3か月振りに前月水準を上回った。この間前年比でみると、CPI総合は前年比+3.7%(+3.2%)と前月から騰勢を加速した一方、食品・エネルギーを除くコアCPIは+4.3%(+4.7%)と5か月連続で騰勢を鈍化するなど、依然高水準ながらインフレ率の減速が持続している(詳細は「米国コアインフレの鈍い低下が追加利上げを促す(8月CPI)」)。

  • 8月小売売上高

8月小売売上高は前月比+0.6%(7月:+0.2%)と市場予想(+0.2%)を上回り、5か月連続で増加した。ガソリンが+5.2%(7月:+0.1%)と原油価格高騰を背景に大幅に拡大し全体を押し上げた。一方飲食サービスは+0.3%(+0.8%)と6か月連続、衣料品は+0.9%(+0.9%)と5か月連続でそれぞれ前月水準を上回るなど、拡大基調が持続している。他方家具は-1.0%(-1.9%)と2か月連続で減少した。この結果、変動の激しい項目を除いたコア小売売上高(自動車・ガソリン・建設材・飲食サービスを除くベース)は+0.1%(+0.7%)と5か月連続で増加するなど、労働所得の上昇を背景に個人消費は堅調に推移している(詳細は「米国 8月小売売上高はガソリン価格上昇で上振れ」)。

  • 8月鉱工業生産

8月鉱工業生産は前月比+0.4%(7月:+0.7%)と2か月連続で上昇した。鉱工業生産は高水準ながら、昨年以降概ね横ばい圏で推移している。内訳を見ると、鉱業が+1.4%(-0.2%)と大幅に上昇し全体を押し上げたほか、公益が+0.9%(+4.4%)と冷房需要の高まりを背景に2か月連続で前月水準を上回った。一方製造業は+0.1(+0.4%)と小幅な上昇に留まった。機械が+2.0%(+1.1%)と2か月連続、コンピュータ・電子機器が+0.9%(+1.2%)と3か月連続でそれぞれ上昇した一方、自動車・同部品は-5.0%(+5.1%)と前月の反動もあり大幅な減少を示した。この間設備稼働率を見ると、鉱業が94.3%(92.9%)と上昇傾向で推移する一方、製造業は77.9%(77.9%)と横ばい圏で推移している(詳細は「米国 嵐を前に生産は拡大 (8月鉱工業生産)」)。 

  • 8月住宅着工件数

8月住宅着工件数は年率128.3万戸(7月:144.7万戸)と市場予想(144.0万戸)を大幅に下回った(前月比-11.3%;7月:同+2.0%)。住宅着工は、中古住宅の在庫減少が新築需要の相対的な高まりへと繋がっているとみられるものの、住宅ローン金利上昇による需要抑制を背景に総じて低調に推移している。内訳をみると、戸建住宅が前月比-4.3%(7月:+5.7%)と2か月振りに減少したほか、集合住宅は-26.3%(-4.9%)と大幅に減少し全体を押下げた。また地域別に見ると、西部が-28.9 %(+16.2%)とハリケーン上陸による工事開始の遅れを背景に大幅に減少した。他方着工件数の先行指標である住宅許可件数は年率154.3万戸(144.3万戸)と集合住宅の大幅な増加を背景に2カ月連続で前月水準を上回った(詳細は「米国8月住宅着工件数は下振れも回復基調を維持」)。

経済見通し

先行き7-9月期GDPは、堅調な個人消費や設備投資を背景にプラス成長が予想される。GDP推計における財消費の基礎統計として用いられるコア小売売上高(自動車・ガソリン・建設材・飲食サービスを除くベース)に関して、9月が前月から横ばいと仮定した場合、7-9月期は前期比+1.2%(4-6月期:+0.6%)と前期から加速して着地する。一方設備投資の先行指標であるコア資本財(国防・航空機除く資本財)受注は、直近7月が前月比+0.1%(6月:-0.4%)と足下では横ばい圏ながらも高水準で推移している。他方住宅投資は中古物件の在庫不足が新築需要を下支えするものの、利上げに伴う金利上昇を勘案すると、先行きも低調に推移する可能性が高い。なお9/19時点におけるアトランタ連銀の7-9月期GDPナウキャストは前期比年率+4.9%(4-6月期実績:+2.1%)と、同四半期のGDP成長率が前期から大幅に加速する見通しだ。

10-12月期以降の米国経済を巡っては、実質賃金の緩やかな上昇による堅調な労働所得環境が、引き続き個人消費のけん引役となると見込まれる。ただし、①過剰貯蓄の枯渇や学生ローン返済再開による家計購買力の減少、②ストライキによる自動車生産の下押し、③政府閉鎖、以上3点のリスクに警戒が必要だろう。

個人消費を巡る①に関して、過剰貯蓄は2021年4-6月期に名目GDP比の8.9%(2.0兆ドル)まで達した一方、直近2023年4-6月期では0.1%(185億ドル)までその規模が縮小している(詳細は「米国経済マンスリー:2023年8月」)。他方10月以降に学生ローンの返済を再開する借り手は 2,520 万人、これによる家計の負担額は約 1,188 億ドルと試算され、2023 年 10~12 月期 GDP の個人消費が返済負担額の分だけ減少する場合、同期間の実質GDP 成長率は前期比年率で-1.8%pt、個人消費は-2.6%pt それぞれ押下げられる(詳細は「米学生ローン返済再開による個人消費への影響」)。

また②に関しては、9/15に全米自動車組合(UAW)がビックスリーの一部工場でストライキに突入しており、労使交渉の進展次第ではストライキの対象拡大及び長期化の懸念がある。仮に10-12月期に全面的なストライキへと発展する場合、同期間のGDP成長率は前期比年率で最大-1.9%pt押下げられると試算される(詳細は「全米自動車労組ストライキによる各国経済への影響」)。

最後に、9月末の2023会計年度の終了が迫るなか、2024年度予算を巡る議会審議が停滞するなど、③10月から政府閉鎖に陥る可能性が払しょくされていない。6月に成立した財政責任法は2024年度予算における国防費以外の支出を現在の水準に据え置くと定める一方、一部の共和党強硬派は歳出を2022年度の水準まで削減することを求めており、この要求を満たすためには1200億ドルの歳出削減が必要となる。また、連邦政府予算を10月末まで延長するつなぎ予算を巡っても、9/19にマッカーシー下院議長が同案の採決を延期するなど、両党の対立が続くなか成立の目途が依然不透明な状況だ。仮に政府機関の閉鎖に陥る場合、一部行政サービスや連邦政府職員の給与支払いの停止が10-12月期GDPを下押しすることが見込まれる。ちなみに、米議会予算局(CBO)は2018年12月下旬からの35日間に及ぶ政府閉鎖(2018/12/22-2019/1/25)が、2018年10-12月期の実質GDP水準を-0.1%、2019年1-3月期は-0.2%それぞれ押下げたと試算している1

金融政策

  • ジャクソンホール会議(8/24-26開催)

8月25日、パウエル議長はジャクソンホール会議(24-26日開催)において講演を行い、「インフレ率は依然高すぎる」「金融政策の効果には不確実性がある」「データに基づき政策決定を行う」など従来と同様の見解を繰り返した。またパウエル議長は、会合前に一部で話題となっていた自然利子率の議論を巡って、現在の実質政策金利は一般的な中立金利の推計値を上回っており、足下の金融政策スタンスは引き締め的と述べた。一方中立金利の水準は明確でないため、金融引き締めの度合いには常に不確実性があることも指摘した。また「インフレ目標は現在もこれからも2%」と述べ、物価目標を引き上げる考えは否定した(詳細は「ジャクソンホール会議でパウエル議長は従来の見解を維持」)。

  • 9月米地区連銀経済報告(ベージュブック、9/6公表)

9月米地区連銀経済報告(ベージュブック)では、大半の地区で「経済成長が緩慢だった」と指摘したほか、幾つかの地区が「家計は過剰貯蓄を使い切り、支出をより借入に依存している」と強調した。また、多くの地区で「2023年上期の労働コストの伸びが予想以上に高かった」一方、ほぼ全ての地区において「企業は賃金上昇率が短期的に鈍化すると予想している」との見解を示した。物価動向を巡っては、多くの地区で「物価上昇率が総じて鈍化した」一方、幾つかの地区では「直近数か月で損害保険料が急激に上昇した」と言及した。

  • FRB人事(9/13)

米連邦議会上院の9/6の人事承認を受け、9/13付でジェファーソンFRB理事が副議長に就任したほか(任期:~2036年1月)、コロンビア系米国人で経済学者のクーグラー氏が新たに理事に就任した(~2026年1月)。同人事は2023年2月のブレイナード前副議長の退任を受けたものであり(同氏は国家経済会議[NEC]委員長に就任)、同日付で副議長を含む理事7人の空席が解消されたかたちとなる。また、2024年1月に任期満了であったクック理事が再任された(~2038年1月)。

  • 9月FOMC(9/19-20開催)

9月FOMCにおいて、FRBは政策金利を現行の5.25-5.50%に据え置くことを全会一致で決定した。声明文では「経済は堅調に拡大(7月時点:緩やかに拡大)」と景気判断が上方修正された一方、パウエル議長は記者会見において「今後の政策決定は会合ごとに決めていく」との従来認識を繰り返したほか、ストライキや政府閉鎖等がもたらす経済・物価見通しへの不確実性を次の会合まで注視すると言及した。同時に公表されたドットチャートでは、2023年末の政策金利見通し(FOMCメンバーの中央値)が5.50-5.75%(6月時点:5.50-5.75%)と据え置かれた一方、2024年末の見通しは5.00-5.25%(同、4.50-4.75%)と従来から50bp上昇するなど、金融政策の引締めをより長期にわたって持続するタカ派的なスタンスを示した。また経済見通し(ESP)における成長率見通しは2023年:+2.1%(6月時点:+1.0%)、24年:+1.5%(+1.1%)と上昇修正された一方、コアPCEインフレ率は23年:+3.7%(+3.9%)、24年:+2.6(2.6%)と23年が小幅に下方修正された(詳細は「FRBは追加利上げを示唆しタカ派的な据え置きを決定 (23年9月19、20日FOMC) 」)。

その他

  • 共和党指名候補者のテレビ討論会(8/23)

8月23日、2024年大統領選に向けた共和党指名候補者の参加する初めてのテレビ討論会が開催され、38歳の起業家ラマスワミ氏が存在感を示した。討論会直後の世論調査では、「最も良いパフォーマンスを発揮した参加者」として、デサンティス氏が29%、ラマスワミ氏が26%の支持を集めた。なお、トランプ前大統領は圧倒的な支持を背景に同討論会を欠席したほか、今後の討論会参加にも消極的な姿勢を示している。共和党候補による次回討論会は9/27にカリフォルニアで実施される一方、トランプ氏は同日にデトロイトで自動車産業の労働者向けに演説を行う予定であり、第2回目の討論会も欠席する見通しだ2 (詳細は「ラマスワミ氏が共和党指名候補として存在感」)。  

図表2
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図表3
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図表4
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図表5
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図表6
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図表7
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図表8
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図表9
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図表10
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図表12
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図表13
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図表14
図表14

以上

1The Effects of the Partial Shutdown Ending in January 2019 | Congressional Budget Office (cbo.gov)

2トランプ氏、共和第2回討論会も欠席 自動車労働者に演説へ | ロイター (reuters.com)

注:シャドーは景気後退。FOMCメンバーと民間専門家の経済見通しはそれぞれ9月時点(括弧内は6月)と8月時点(同、5月)。失業率見通しは、FOMCメンバーが毎年4Q時点、民間専門家は2023年が4Q時点、2024年以降は年間平均。
出所:米商務省、米労働省、ISM、CB、FRB、ミシガン大学、Refinitivより第一生命経済研究所が作成

前田 和馬


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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