「インドのため」の舞台装置と化した2023年のG20サミット

~G20の議論の軸足は新興国・途上国へのシフトが進む一方、形骸化していくリスクも高まっている~

西濵 徹

要旨
  • 今月9~10日の日程でG20サミットが開催された。世界では、米中摩擦やウクライナ戦争を機に主要先進国と中ロとの分断が顕在化している。世界経済における主要先進国の存在感が低下し、議長国のインドをはじめグローバルサウスの存在感が高まるなか、主要先進国と中ロはこれらの国々を自陣に引き寄せる動きを活発化させる。他方、インドでは来年の総選挙へモディ首相が外交成果を目指す動きをみせてきた。
  • 直前のBRICSサミットと対照的に、中ロはG20サミットへの首脳派遣を見送るなど軽視する姿勢を示した。他方、AUの正式加盟承認に漕ぎ付けるなどインドがグローバルサウスの盟主を目指す姿勢を改めてみせた。事前に危ぶまれた首脳宣言の採択は早々に決着されたものの、合意そのものが優先されたことで内容はいずれも「踏み込み不足」感が強く、G20自体が曲がり角に差し掛かっていると捉えることが出来る。
  • モディ首相は総選挙に向けて外交成果とともに、国内外で宗教や人権問題、自国優先姿勢などを理由に批判が高まるなかでも優位に選挙戦を展開することが予想される。来年以降のG20はブラジル、南アとグローバルサウスの国々が議長国を務める上、AUが正式加盟したことで議論の軸足は新興国・途上国へのシフトは避けられない。他方、G20はこれまで以上に形骸化していく可能性が高まっていると判断出来る。

今月9~10日の日程でG20(主要20ヶ国・地域)の首脳会合(サミット)が開催された。ここ数年の世界を巡っては、米中摩擦の動きに加え、コロナ禍を機にいわゆる『チャイナリスク』が意識されるなか、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて欧米などがロシアへの経済制裁を強化する一方、中国はこれに同調せずロシアを実質支援して欧米などと中ロの対立が広がるとともに、世界的にデリスキング(リスク低減)を目的とするサプライチェーン見直しも追い風に分断に繋がる動きがみられる。なお、近年の世界経済を取り巻く地殻変動も追い風に、G7(主要7ヶ国・地域)にEU(欧州連合)を加えた主要先進国のGDPの割合が5割を下回るなど経済面での存在感低下が顕著になっている。他方、世界金融危機後にその存在感を高めることが期待されたG20については、主要先進国のみならず、中国をはじめとする新興国が加わることにより幅広い意見集約を図ることが期待されたものの、現実には『呉越同舟』感が強くまとまりが得られない状況が続く。こうしたなか、今年はインドが議長国となるなかで1月にはオンラインによるグローバルサウス(南半球を中心とする新興国・途上国)の声サミットを主催するなど、主要国と新興国・途上国の橋渡しを担うことによりその『盟主』の座を狙う姿勢をみせた。ウクライナ戦争やそれをきっかけにした世界的な食糧供給懸念、気候変動対応など全世界的な問題への対応が喫緊の課題となるなか、新興国や途上国を巻き込んだ動きが必要であり、インドの動きはこうした状況を意識したものと捉えられる。新興国の盟主の座を巡っては中国が一帯一路構想などを通じて影響力拡大を目指す動きがみられる一方、中国とインドは国境問題のほか様々な対立構図が鮮明になっており、インドがグローバルサウスという新たなカテゴリーを設けることにより自らの存在感の誇示を目指したとも考えられる。とはいえ、上述のように足下の世界ではロシアによるウクライナ侵攻を機に欧米などと中ロの対立が鮮明になるなか、インドは双方に与しない『中間派』の立場を取っている。インド自身は伝統的に等距離外交(全方位外交)を国是としており、米国が主導する対中けん制の枠組である日米欧印4ヶ国のQuad、IPEF(インド太平洋経済枠組み)のほか、米印と中東諸国との枠組であるI2U2、に加わる一方、中ロ両国が加わるBRICS、中ロや中央アジア諸国などが加わるSCO(上海協力機構)にも参加している。さらに、グローバルサウスと呼ばれる新興国・途上国の多くも同様に中間派の立場を取っており、主要先進国と中ロがこれらの国々を自陣に引き寄せるべく『綱引き』している状況にある。他方、インドでは来年総選挙が予定されており、モディ首相はG20サミットの成功という外交成果を追い風に総選挙を経た政権3期目入りを目指す意向を示しており、インドがG20サミットを前に鼻息を荒くしてきた一因になってきたと捉えられる。

図 1 世界経済に占める GDP 比率の推移
図 1 世界経済に占める GDP 比率の推移

G20サミットの直前に南アフリカで開催されたBRICSサミットにおいては、ロシアのプーチン大統領は対面での出席を回避するもオンラインで参加したほか、中ロがBRICSをグローバルサウスの国々に『ウィング』を広げる舞台装置に利用しようとした思惑も重なり、最終的に来年1月からアルゼンチン、エジプト、イラン、エチオピア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦の6ヶ国が加盟することで合意するに至った(注1)。インドとしてはこうした勢いをG20サミットに繋げたかったものと見込まれるものの、ロシアのプーチン大統領は対面での出席を回避するとともに、ラブロフ外相を代理出席させるだけでオンライン出席さえ見送ったほか、中国の習近平国家主席も出席を見送るなど、中ロがG20を軽視する姿勢を強めた格好である。他方、これまで招待国際機関という位置付けでG20サミットに参加してきたAU(アフリカ連合)が今回から正式メンバーの形で参加することが決定されるなど、グローバルサウスへの影響力拡大を図るとともに、その発言力が高まることとなった。なお、上述のように主要先進国と中ロとの対立が深まっていることもあり、事前には今回のG20サミットでの首脳宣言の採択を危ぶむ向きもみられたものの、モディ首相はサミット開幕初日の9日に首脳宣言が採択されたことを発表するなど予想外の動きがみられた。ただし、公表された首脳宣言ではウクライナ戦争に関して「国家の領土保全や主権、政治的独立に反する武力による威嚇や行使は控えなければならない」、「核兵器による威嚇や核兵器の使用は容認出来ない」との表現が示される一方、昨年のバリ宣言において盛り込まれた「ほとんどのG20メンバーがウクライナ戦争を強く非難する」とした厳しい内容はなく、主要先進国と中ロとの分裂を避けるべく表現が事実上『丸められた』格好である。一方、世界経済について「食料品やエネルギー価格を巡る潜在的なボラティリティは極めて高い」として、「トルコと国連によるウクライナとロシアからの穀物、食料、肥料の安全な輸送に向けた黒海イニシアティブの努力を歓迎する」としてその復活を求める考えを示した。また、気候変動問題が経済成長や安定の逆風になりつつあるとした上で、「全世界的なエネルギー転換の実現には年間4兆ドル規模の低廉な融資が必要になっている」として、その実現に向けて多国間開発金融機関(MDBs)の強化と改革を進める方針が共有された。そして、気候変動対応に関連して「排出削減措置が講じられていない石炭火力発電の段階的削減」を求める一方で、「各国の状況に沿って公正な移行に向けた支援の必要性を認識しつつ実施する必要がある」など、新興国・途上国の実情に配慮する姿勢も盛り込まれた。さらに、世界的に『債務の罠』の問題に注目が集まるなかで中所得国債務に関連して様々なステークホルダーによる「効果的、包括的、且つ体系的な方法で対処する」ための自発的な議論を歓迎する方針を示す一方、新たな行動計画は策定されなかった。また、暗号資産を巡っては規制強化案を受け入れる一方、中銀デジタル通貨(CBDC)を巡ってはさらなる議論の深化を歓迎するとして前進する方針が示された格好である。ただし、最終的に首脳宣言の採択に漕ぎ付けるも、採択されたこと自体を優先する一方で内容についての『踏み込み不足』感は否めないなど、改めてG20そのものが曲がり角に差し掛かっていることを示しているとも捉えられる。

インドのモディ首相としては、G20サミットの議長として事前に困難が予想された首脳宣言の採択に成功したことを追い風に、次期総選挙に向けて国際的な発言力の高さをてこにした選挙戦を展開することが予想される。また、G20サミットに際しては各国首脳を招待した晩餐会の招待状でムルム大統領が自身を『バラート大統領』と称したほか、サミットにおいてもモディ首相の席の国名に『バラート』と記すなど将来的な国名変更を示唆する動きが確認された。これはモディ政権を支える与党BJP(インド人民党)がヒンドゥー至上主義を党是としており、植民地時代に付けられた国名であるインドに代わり、植民地支配以前に用いられた呼称であるバラートに変更したいとの思惑を反映したものと捉えられる。さらに、来年の総選挙を前に野党がBJPに対抗すべく新連合(インド全国開発包括連合(INDIA))を結成して攻勢を強めており、新連合の名称に対する『意趣返し』的な色合いを強めている可能性もある。ただし、モディ政権の下ではイスラム教徒をはじめとする宗教的少数者に対する迫害に似た動きのほか、政権に批判的な報道に対する圧力も懸念されるなど、宗教や人権配慮といった観点から問題のある動きが顕在化している。そして、首脳宣言では黒海イニシアティブの再開を歓迎するとされたものの、当のインドはコメ不足による物価上昇が懸念されるなかで大宗のコメ輸出を禁止するなど自国を優先する姿勢をみせており、世界最大のコメ輸出国による禁輸を受けてアジア諸国で穀物価格が上昇するなど新たなリスク要因となる懸念が高まっている((注2、注3)。その意味では、インドにとっては今回のG20サミットは国際的会議を成功裏に終えるとともに、自らに批判的な意見が表面化する事態も免れる形で『モディ劇場』を演出することに成功したと捉えられる。なお、G20議長国を巡っては来年がブラジル、再来年が南アフリカといわゆるグローバルサウスの国々が議論をリードするとともに、今回AUが正式メンバーに加わったことも重なり、議論の軸足が一段と新興国・途上国にシフトしていくことは避けられない。全世界的な協調により解決すべき課題は山積しているものの、各国の利害がこれまで以上に複雑に対立する動きも顕在化するなか、今後のG20は一段と『形骸化』していく可能性も高まっていると判断出来る。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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