“投資詐欺広告”
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金融政策と日本経済の今後

~日銀のYCC修正から金融緩和の「出口」を分析~

永濱 利廣

要旨
  • 日銀の「政策修正」 の評価は、今後の日銀の対応に大きく左右される。あくまで金融緩和の持続性を高めるための対応として、物価目標の実現を見通せる状況になるまでしっかりと国債買い入れオペ等でイールドカーブの抑制を続けるのであれば評価できる。しかし、この修正が出口を意識したものであり、将来拙速なマイナス金利解除に向かうのであれば、せっかく動き始めた好循環を阻害する恐れがある。
  • 経済・社会への影響としては、既に長期金利が上がっているため、住宅市場や設備投資に悪影響が及ぶ可能性がある。今後は海外の利上げ打ち止め利下げ観測で金利には低下圧力がかかると思うが、当面は積極的な国債買い入れオペでイールドカーブを中立金利水準より下げて、金融緩和的な環境を持続する必要がある。
  • インフレ率の半分以上は食料品の値上げで説明でき、内閣府・日銀いずれの需給ギャップもマイナスであることからすれば、現状の物価高はコストブッシュの側面が強い。日銀は2%の物価目標を念頭に置き、名目賃金上昇率は3%、つまり実質賃金が1%上昇する姿が理想であると説明してきた中、植田体制になって日銀はフォワードガイダンスに賃金を盛り込んだ。このため、現時点で2%台である名目賃金が3%かつ現時点で15カ月連続マイナスの実質賃金が安定して1%を上回る状況を見通せないと本当の意味での日銀の金融政策出口は見通せない。
  • そもそも「異次元金融緩和」は、消費税を2回5%も上げる中で、雇用を500万人増やしたという意味では大きな成果があった。課題はいかに副作用に配慮する形で物価目標の持続的安定的な実現を見通せるまで粘り強く金融緩和を続けられるか。中銀の債務超過を課題とする向きもあるが、そもそも時価会計は民間企業が解散や破綻したときに、いくら返済余地があるかを図る会計。中銀は通貨発行能力があるため時価会計で債務超過になっても業務や機能には問題ないし、実際に豪州準備銀行やFRBは時価会計ベースですでに債務超過になっているが、いずれも通貨や中央銀行の信任は失われていない。
  • 金融緩和策の「出口」に向けた道筋としては、物価目標の持続的・安定的な実現を見通せる理想的な姿である名目賃金3%、実質賃金1%の状況になれば、YCC枠組み解除、マイナス金利解除の順番で金融緩和政策に向けた道筋が描ける。ただその状況を確認するには、少なくとも来年の春闘で持続的な賃上げが確認されるまでは難しい。
目次

日銀の「政策修正」の評価

先月末の金融政策決定会合において、日銀がイールドカーブコントロール(以下YCC)の柔軟化を打ち出した。具体的には、これまで10年国債利回りのレンジを±0.5%としていたところを、+0.5%を上回ることを容認して上限を+1%に変更した。これによって、債券市場では日銀がどこまで金利上昇を容認するのかを探る展開となり、10年債利回りの売り圧力が強まったことから、YCC柔軟化後は+0.6%を上回る水準で推移している。

YCCと10年債利回り
YCCと10年債利回り

なお、YCCの柔軟化に対する日銀のスタンスとしては、金融緩和政策からの出口を意識したものではなく、むしろ金融緩和政策の持続性を高めるためのものであるとしている。実際、YCCの修正と同時に公表された日銀の物価見通しによれば、今年度は上方修正されたものの、24年度は+1.9%に下方修正されており、25年度に至っては+1.6%とインフレ目標である2%よりかなり低い水準に据え置かれている。

おそらく日銀の意図としては、金融政策の出口観測が織り込まれることで金利が急騰することを抑制する一方で、緩和に前向きな姿勢を強めすぎることで行き過ぎた円安を是正したいとの思惑があったのではと推察される。とはいえ、長期金利の上昇は既に住宅ローンの固定金利の上昇ということで影響が出ているため、今後はこれまで以上に長期金利の変動に注意が必要となってくるだろう。

こうした中、筆者の今回の判断の評価としては、今後の日銀の対応によって大きく左右されると考えている。というのも、日銀の打ち出し通り、あくまで金融緩和の持続性を高めるための対応として、国債買いオペの機動的な対応により、物価目標の実現を見通せる状況になるまで中立金利を下回る水準にイールドカーブをしっかり抑制し続けられるのであれば評価できよう。

しかし、この修正が金融政策の出口を念頭に置いたものであり、近い将来に拙速なマイナス金利解除に向かうのであれば、せっかく動き始めた好循環を阻害する恐れがあることには注意が必要だろう。

経済・社会への影響としては、既に長期金利の水準が上がっているため、一部住宅市場や設備投資に悪影響が及ぶ可能性があろう。このため、今後は海外中銀の利上げ打ち止め→利下げ観測が強まれば、日本の長期金利にも低下圧力がかかることが期待されるが、当面は機動的な国債買い入れオペでイールドカーブを中立金利水準より抑制して、金融緩和的な環境を持続する必要があろう。

政策委員の消費者物価見通し中央値(7月時点)
政策委員の消費者物価見通し中央値(7月時点)

金融緩和の「出口」に必要なこと

金融緩和の出口を占う上で重要となる物価高の現状は、依然としてコストプッシュの様相が強いと推察される。というのも、直近7月分の東京都区部消費者物価指数は前年比+3.0%となったが、うち需要が拡大しているわけではない生鮮除く食料品だけで+2.0%ポイントの押し上げ要因になっているからである。さらに、内閣府・日銀いずれのGDPギャップも直近1-3月期時点でマイナスであることからすれば、現状の物価高は依然としてコストプッシュの側面が強いと言えよう。

東京都区部コアCPIインフレ率の要因分解
東京都区部コアCPIインフレ率の要因分解

GDPギャップ
GDPギャップ

となると、「2%の物価目標」達成をどう判断するかが重要となってくるが、ここではやはり賃金の動向が重要になってこよう。というのも、植田新体制になって日銀はフォワードガイダンスに賃金を盛り込んでいるからである。そして具体的に日銀は2%の物価目標を念頭に置いた場合、名目賃金上昇率+3%、つまり実質賃金が+1%上昇する姿が理想的であると説明している。

このため、現時点で名目賃金は前年比+2%台後半の伸びを示しているものの、実質賃金が15カ月連続でマイナスであることからすれば、いくらインフレ率が2%を超えているとはいえ、日銀が理想とする「2%物価目標」とは程遠いと言えよう。となれば、少なくとも来年の春闘の結果が賃金に反映されるまでは金融緩和の出口には向かえないということになろう。

賃金の推移
賃金の推移

なお、そもそもアベノミクス以降の異次元緩和の効果について懐疑的に見る向きも一部ある。しかし、2014年4月以降に2回、計+5%ポイントの消費税率を引き上げる中でも就業者数が500万人以上増え、不本意非正規が▲100万人以上減ったという意味では、マクロ安定化政策として大きな成果があったと言えよう。このため、今後の課題としてはいかに副作用に配慮する形で物価目標の持続的・安定的な実現を見通せるまで粘り強く金融緩和を続けられるかであろう。

アベノミクス以降の雇用は500万人増
アベノミクス以降の雇用は500万人増

また、一部で日銀が時価会計ベースで債務超過になることを懸念する向きもある。しかし、そもそも時価会計は企業が解散や破綻に陥った場合にどれだけ債権者に返済余力があるかを図る会計である。対して中央銀行は通貨発行能力があるため、仮に時価会計ベースで債務超過に陥っても業務や機能に問題は生じず、実際に最近でも豪州中銀やFRBが時価会計ベースで債務超過に陥ったが、いずれも通貨や中央銀行の価値の信認は失われていない。こうしたことからすれば、むしろ債務超過を過度に警戒して金融政策の機能が抑制されてしまうことの方こそ問題だろう。

以上より、金融政策の出口に向けた最も望ましい姿としては、物価目標の持続的・安定的な実現を見通せる理想的な姿とされる名目賃金+3%、実質賃金+1%が展望できる状況になった段階でYCC解除→マイナス金利解除の順番で金融緩和策の出口に向けた道筋が描けよう。ただ、その状況を確認するには、現時点では少なくとも来年の春闘で持続的な賃上げが確認されるまでは困難ではないだろうか。

※本稿は、日経ビジネス電子版「永濱俊廣の「エコノミー解体新書」への寄稿
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00573/081400001/)を基に作成

永濱 利廣


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

永濱 利廣

ながはま としひろ

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 内外経済市場長期予測、経済統計、マクロ経済分析

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