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英下院補欠選挙から何を読み取るか?

~物価動向は総選挙の行方を占ううえでも重要~

田中 理

要旨

与党・保守党が全敗するとの見方が支配的だった20日の英下院の補欠選挙で、保守党は改選3議席のうち2議席を失ったが、ロンドン郊外の選挙区を僅差で制した。来年に総選挙を控えるなか、相次ぐスキャンダルや物価高騰による生活苦を受け、保守党の支持率は低迷が続いている。党勢回復に向けた減税や歳出拡大を求める声も党内にはあるが、トラスショックの二の舞を回避することや、物価の高止まりを招く恐れがあるため、すぐに財政刺激策を打つことは難しい。ロンドン郊外の選挙区では、労働党のロンドン市長が進める急進的な温暖化ガスの削減計画への批判票が保守党に流れた。政権奪取を狙う労働党は、来年の総選挙に向けて気候変動対策の公約を軌道修正する可能性がある。今後の物価動向は、来年の選挙結果にも大きな影響を与えそうだ。

ジョンソン元首相とその側近の議員辞職に伴って20日に行われた3選挙区の英下院補欠選挙は、現職の与党・保守党が2議席を失い、1議席を辛うじて確保した。イングランド北部の選挙区で、保守党は最大野党・労働党に歴史的な大敗を喫し、イングランド西部の選挙区ではリベラル政党・自由民主党に議席を明け渡した。事前の世論調査では、保守党は3議席とも失うとの見方が支配的だったが、ロンドン郊外のジョンソン元首相の選挙区を僅か495票の僅差で保持した。

この選挙区では、保守党の候補が労働党のカーン・ロンドン市長が進める急進的な温暖化ガスの削減計画(Ulez)を厳しく批判し、エネルギー価格の高騰に不満を持つ有権者の支持獲得に成功した。ここにきてやや鈍化傾向にあるとは言え、英国のインフレ率は歴史的な高水準にあり、国民は生活費の高騰に悲鳴を上げている。労働党はこれまで、景気低迷や物価高騰の原因は現政権を率いる保守党の失政にあると糾弾することで得点を重ねてきたが、物価高騰が気候変動対策の強化を訴える労働党にとってもアキレス腱となりかねないことが示唆された。

 スナク首相やハント財務相は、インフレ抑制が先決として、減税や歳出拡大に慎重な姿勢を採ってきた。財源の裏付けのない大型減税発表で金融市場の動揺を招いた昨年のトラス・ショックの二の舞も避けなければならない。来年にも実施が予定される総選挙に向けて、保守党は巻き返しを図りたいが、インフレ率の高止まりが続くなか、減税や歳出拡大を通じて有権者の歓心を買うことはできない。英国では通常、秋と春の年2回、財務相が予算編成方針を発表するが、予想されるインフレ率の経路を考えると、選挙が近づく来年春の予算編成で景気刺激策を発表できるかも疑わしい。他方で、政権奪取を狙う労働党にとっても、今回の補欠選挙は、世論調査の大幅なリードで安心できる訳ではないことが示された。とりわけ、Ulezが大きな争点となったロンドン郊外の選挙区での惜敗を受け、来年の総選挙に向けた気候変動関連の公約の軌道修正があるかもしれない。何れにせよ、今後の物価動向は来年の選挙結果にも大きく影響することになるだろう。

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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