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イールドカーブ・コントロールを巡る議論

~「早い段階で見直しを検討すべき」という声~

熊野 英生

要旨

6 月会合の主な意見では、イールドカーブ・コントロールを巡る議論がさらに活発化したようだ。時期尚早という慎重論に、「早い段階で」と真っ向から反論する人物が登場した。7 月会合は、次の展望レポートが発表されるので、また何かの動きが起こりそうだ。

目次

対立する議論

6 月 15・16 日の決定会合の主な意見が公開された(6 月 26 日)。目を引くのは、イールドカーブ・コントロールを巡る議論が活発化していることだ。こうした議論自体は、2022 年 12 月に変動幅の上限を+0.5%に引き上げたときからあった。黒田前総裁のときからの懸案事項だったテーマが、植田総裁に移っても継続して焦点になっているということだ。

6 月会合では、見直しに関して、「早い段階で、その扱いの見直しを検討すべきである」という主な意見が掲載されていた。時期尚早という言葉を繰り返す委員たちに対して、見直しを主張する人物は、「早い段階で」と真っ向から反論している。理屈は、①将来の出口局面における急激な金利変動の回避、②市場機能の改善、③市場との対話の円滑化、だという。将来に備えたアクションを早い段階で採らなければ、「コストが大きい」と述べていた。つまり、長期金利の変動幅の上限を早めに引き上げて、市場実勢に応じた長期金利の落ち着きどころを模索していく運営が、長い目でみて金利変動(コスト)を小さくすると言いたいのだろう。

債券市場での自律的機能を回復していくためには、できるだけ指値オペは実施しない方がよい。変動幅の上限は、早晩、0.50%よりも上に引き上げた方がよいという見解になる。おそらく、この意見を述べているのは、銀行出身の田村直樹委員であろう。現時点では、田村委員だけがイールドカーブ・コントロールの見直しに積極的な意見を述べている。

そのほかに、敢えて言えば、6 月の主な意見では、「債券市場の機能度は、一頃に比べれば改善したが、水準として依然低い状態にある」という意見を述べている人物もいる。この意見は決して新しいものではない。日銀の公式見解は、副作用対策を講じることで、できるだけ長く金融緩和を継続する方針である。具体的に言えば、コントロールしている 10 年の年限のところの金利水準が、実勢よりも低くなって、8・9 年の年限の金利水準よりも低くなる状況を機能不全とみている。そうした歪みが起これば、政策委員たちは、10 年金利の変動幅を見直して、現行の 0.50%を引き上げることも厭わないという考え方でまとまっている。だから、その脈絡から、「債券市場の機能度がまだ低い」という発言している人物は、政策修正の必要性を感じていると考えられる。過去に「債券市場の機能度」について発言した人物には、前述の田村委員以外に高田創委員がいる。この発言は、田村委員か、高田委員のいずれかであろう。そう考えると、イールドカーブ・コントロールの見直しに積極的、あるいは寛容な人物は最大 2 名いるというのが筆者の読みである。

リフレ委員からの反論

最近、審議委員の地方講演で話題になったのは、野口旭委員と安達誠司委員が相次いで、6 月 22日、6 月 21 日に行ったことだった。この 2 人は、9 人の委員のうち、まだ残っているリフレ派だ。田村委員が、6 月 15・16 日にイールドカーブ・コントロールの修正に前向きな発言をしたことを強く意識して、2 人にリフレ委員が対抗するかのように、地方講演の場で、慎重論を発信したのではないかという憶測が生じた。2 人の講演、記者会見の発言に刺激的な内容は特にないが、2 人とも 2022 年 12 月の変動幅の上限を引き上げたことで、市場機能は改善しているという立場を示した。この点は、2 人とも市場機能を不全にするように、変動幅の上限が市場実勢に対して低すぎる場合には、その上限引き上げに賛成する考え方には納得しているのだろう。

6 月 15・16 日の主な意見では、この 2 人のいずれからかと思われる意見が、田村委員に対して、慎重論を浴びせている。「(賃上げや設備投資に)水を差すような政策修正は時期尚早」という意見だ。主な意見では、イールドカーブ・コントロールの早期見直しよりも、慎重論の方が数が多い印象を与えるようなまとめ方になっている。

次回 7 月 27・28 日が焦点

イールドカーブ・コントロールを巡る意見対立は、今後も続くに違いない。おそらく、米長期金利が上昇することで、それに触発されて日本の 10 年金利が 0.50%以上に上がっていく可能性は十分にある。6 月の FOMC では、利上げの最終着地点まで+0.50%の追加利上げを行うような含みを示した。マーケットは、まだ現実味をもって、それを織り込んではないが、7 月初発表の雇用統計などが強い数字になれば、米長期金利は追加利上げを織り込んで上昇していくこともあり得る。

日銀は、日本の長期金利が 0.50%以上に上がってこうとするとき、指値オペを多用しなくても済むように、変動幅の上限を 0.75%、あるいは 1.00%に引き上げようという意見に動かされていく可能性がある。日本の長期金利の推移をみると、現時点では金利水準は落ち着いている(図表)。現時点では、2~3 月のように、10 年金利の上昇を抑え込む必要があるようには思えない。しかし、今後、じわじわと長期金利水準が 0.50%を越えるようになれば、沈黙している政策委員の中からでも、市場機能の重視派が増えていく格好になるであろう。

丁度、この 7 月会合では、展望レポートが更新される。4 月のときは、コア CPI の見通しが 2023 年度前年比 1.8%、2024 年度同 2.0%であった。この両年度が上方修正されると、2022~2024 年度にかけて通算 3 年連続で 2%を上回る数字になる。その評価は、すでに安定的に 2%を上回る状態、あるいは目標達成にかなり近づいた状態である。政策修正にも寛容な意見が強まるだろう。田村委員以外にも、意見が見えにくい 3 名(中川順子委員、中村豊明委員、高田創委員)が旗色をもっと鮮明にして、イールドカーブ・コントロールの見直しに言及してくる可能性があるのではないだろうか。

図表1
図表1

熊野 英生


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