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ドイツ政治の地殻変動

~AfDが初の首長輩出、存在感を増す極右政党~

田中 理

要旨
  • ドイツでは25日、人口6万人に満たない旧東ドイツのゾンネベルク郡の首長に、排外主義的な主張を繰り返す極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の候補が選出された。連立政権の支持率が低迷するなか、移民増加や家計負担増加への懸念を追い風に、AfDは最新の世論調査で伝統的な保守政党「キリスト教民主同盟(CDU)」に次ぐ二番目の支持を得ている。来年秋にはAfDが高い支持を得る旧東ドイツの3州で州議会選挙が予定され、更なる躍進が予想される。今のところ主要政党は何れもAfDとの連立や協力を否定しているが、AfDが幅広い支持を集めるなか、AfDなしに安定政権を発足することが徐々に難しくなりつつある。世論調査でリードするCDUも、何れかの段階でAfDを連立協議から排除することが出来なくなる恐れがある。

ドイツ政界に異変が起きている。旧東ドイツのチューリンゲン州のゾンネベルク郡で25日に行われた選挙で、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の候補が伝統的な保守政党「キリスト教民主同盟(CDU)」の候補との決選投票を制し、首長に選出された。国政、州、郡レベルを通じて、AfDが首長を輩出するのは初。反移民や反イスラム、ドイツ・ナショナリズム、EU懐疑主義で知られるAfDは、欧州債務危機時の2013年に結党され、2015年の難民危機時に旧東ドイツ地域を中心に支持を拡大し、2017年・2021年の過去2回の連邦議会選挙では94議席、83議席を獲得し、主要政党の仲間入りを果たしている(図表1)。だが、同党を巡っては排外主義的な主張や極右勢力との結び付きがしばしば問題視され、何れの主力政党もAfDとの連立や協力に否定的な立場を崩していない。チューリンゲン州では2020年に、前年の州議会選挙の結果を受け、リベラル政党「自由民主党(FDP)」のケーメリッヒ氏がCDU、FDP、AfDの支持を得て州首相に選出されたが、AfDの支持を得て州首相に就いたことを巡って批判が殺到、僅か1日で辞任に追い込まれた。メルケル首相(当時)も「受け入れられない。民主主義にとって悪い日だ」と発言するなど、この問題に介入した。メルケル氏の後継候補とされたアンネグレート・クランプカレンバウアーCDU党首(当時)は、それ以前の失言や地方選での相次ぐ敗北で追い込まれていたが、AfDとの協力是非を巡る同州党組織の混乱も党首辞任の引き金となった。

昨年の連邦議会選挙を受けて誕生したショルツ首相が率いる社会民主党(SPD)、緑の党、FDPの3党による連立政権の支持は低空飛行を続けている。物価高騰による生活困窮、景気後退(ドイツの実質GDP成長率は昨年10~12月期と今年1~3月期に2四半期連続マイナス成長のテクニカル・リセッションを記録)、来年から石油・天然ガスを使用する暖房設備を禁止する政府方針に伴う家計負担の増加懸念、政権内の主導権争いや足並みの乱れも、有権者の支持離れにつながっている。こうした連立政権への批判票を取り込む形で、最新の世論調査でAfDは現政権を率いるSPDを逆転し、19%で過去最高の支持を獲得、政権奪還の機会を窺うCDUに次ぐ二番目の支持を得ている(図表2)。ウクライナでの紛争長期化に伴う移民の増加、脱炭素社会への移行に伴う家計負担の増加を巡る懸念も、AfDの支持拡大につながっている。今回の首長選出は、人口僅か6万人弱の郡での出来事に過ぎないが、AfDが政治勢力として最早無視できない存在となってきたことを印象づけた。

議会任期満了に伴う次のドイツ連邦議会選挙は2025年とまだ少し先だが、今年の秋にはバイエルン州とヘッセン州、来年秋にはAfDが高い支持を得る旧東ドイツ地域の3州(チューリンゲン州、ザクセン州、ブランデンブルク州)で州議会選挙が予定される(図表3)。AfDはゾンネベルク郡での選挙結果を、国民政党への脱皮に向けた第一歩とし、来年の州議会選挙での更なる躍進に意欲を見せている。同党を率いるワイデル共同党首は21日、2025年の連邦議会選挙でAfDが首相候補を擁立する意向を明らかにしたばかりだ。次は州議会レベルでのAfDの首長(州首相)輩出や政権入りを阻止できるかが焦点となろう。「戦う民主主義」を標榜するドイツでは、自由や民主主義を脅かす政党は解散を命じられる。それと同時に、民主的なプロセスで選ばれ、政党として認められているAfDを排除することはできない。最近の連邦議会選挙では、CDUとSPDの二大政党の利益代表としての機能が低下し、6会派7政党が議会に議席を持つ状況が続いており、議会の過半数を確保可能な安定政権の樹立が困難となりつつある。今のところドイツ国民の多くは、AfDの政権入りを阻止することで賛成しているが、世論調査でリードするCDUも、何れかの段階でAfDを連立協議から排除することが出来なくなる恐れがある。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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