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経済規模600兆円の時代到来

~2024年末に名目GDPが大台に到達する予想~

熊野 英生

要旨

2023年1-3月の名目GDPは、年率換算で約572兆円になり、あと4.9%増えれば、経済規模600兆円に達する。おそらく、2024年末にはその数字が実現しそうだ。しかし、これは物価上昇による効果が大きく、国民生活はあまり改善しないだろう。労働生産性を高めるような経済活動の質的向上がなくては、経済規模が独り歩きして大きくなるだけだ。

目次

名目値が膨らんでいく

日本経済の成長率は好調とは言い切れないが、名目GDPでみた経済規模はかなり膨らんでいる。直近2023年1-3月期は約572兆円に達している(図表1)。これがあと4.9%増加すれば、600兆円に達する見込みである。日経センターのESPフォーキャスト調査の平均的な名目成長率の予測値を参照すると、2023年度3.09%、2024年度2.22%である(2023年5月調査)。このペースを四半期分割して、2023年1-3月の数字を延長すると、2024年10-12月には600兆円に達する計算になる。日本の経済規模は、2024年末に年間換算値でいよいよ600兆円になるということである。

図表1
図表1

その一方で、実質GDPはどうなりそうか。同じくESPフォーキャスト調査を使うと、2024年10-12月562.6兆円と、直近値(2023年1-3月551.0兆円)から2.1%程度しか増えない予想になる。今から1年半後の経済状態は、経済規模が大きくなっても、物価上昇が進んでいるだけでは、あまり豊かになった実感は得られないだろう。

何が成長するのか?

ところで、経済規模600兆円時代は、現在に比べてどんな項目が成長するのだろうか。この点を考えてみたい。イメージをつかむために、2020年1-3月(コロナ前)を起点にして2023年1-3月の名目GDPはどんな項目によって増加したのかを計算してみた(図表2)。家計最終消費は5.1%増、民間設備投資は6.9%増、公的需要(政府最終消費+公的固定資本形成)は8.5%である。それに対して、輸入は50.6%増、輸出は29.6%増である。これがコロナ禍の3年間の特徴だ。これと同様の展開になれば、2024年末は経済が大きく成長したという感覚よりも、輸入インフレに押されて経済の価額が膨らんだだけになりそうだ。国内物価が上がり、そのことで設備投資、家計消費などの規模が膨んでいくという状況だ。

図表2
図表2

よく考えると、GDPの計算では、輸入は控除項目なので、輸入インフレは名目GDPを押し下げる要因と理解できる。それでも名目GDPが膨らんだということは、国内物価が上がって、この3年間にコスト転嫁が国内で活発化したということになろう。輸入物価上昇に対して、国内物価がスライドしていったため、結果的に名目GDPが増えたのだろう。

2024年末にかけて名目GDPが大きく増加するとしても、同様に価格転嫁が進むような経済の姿になりそうだ。600兆円になる頃に、家計の購買力はあまり向上していない可能性が高い。

もちろん、2024年度の賃上げは前年(2023年度)に近づくような高い伸び率になる可能性はあると思う。それでも、残念ながら、物価上昇率の方が高くなって、実質賃金はマイナスのままであろう。これは、実質労働生産性があまり高まらないという見通しを前提にしている。名目GDPが600兆円になることを実際に喜ぶ人は少ないのではあるまいか。

好循環は解決法なのか?

物価上昇に対して、岸田政権の目指す好循環はプラスに作用するという考え方がある。賃上げが促進されたとき、さらなる物価上昇に対して、私たちの購買力は回復するのだろうか。

例えば、2023年度の物価上昇率が2.5%の見通しの下で、賃上げ率(=現金給与の伸び率)が2.5%になったとしよう。ここまでは、実質賃金は計算上は0%である。ところが、この賃上げが需要を押し上げると、物価上昇率は事前に予想しているよりも上がってしまう。アキレスと亀である。賃上げが中堅・中小企業の価格転嫁を助けて、その結果、物価上昇がさらに進むという説明もできるだろう。実質賃金の伸び率は、好循環シナリオだけでは難しい。

筆者は、「だから賃上げは無意味だ」と言っている訳ではない。仮に、賃上げをしなければ、実質賃金がマイナス幅がより広がってしまう。正解は、労働生産性を引き上げながら、同時にその成果を織り込みながら賃上げをすることだ。労働生産性が上がっているときは、実質賃金を引き上げることが可能になる。つまり、単なる分配ではなく、成長+分配こそが正解なのだ。

財政への影響

名目GDP600兆円は、財政への影響が大きい。政府債務残高は、2023年3月末時点で1,270.5兆円まで膨らんでいる。もしも、経済規模が600兆円になれば、政府債務の対名目GDP比は2.1倍まで下がる。おそらく、600兆円になれば、税収は一般会計で72~77兆円程度まで増加(2023年度予算69.4兆円)していく可能性がある。これは財政再建に大きなインパクトを及ぼすだろう。

岸田政権は、「骨太の方針」でいよいよコロナ禍で膨らんだ歳出構造を平時に戻していく方針を打ち出している。2024年度の予算は、何とか肥大化を回避したい意向なのだろう。すでに、防衛費や少子化予算の膨張が見込まれていて、あまり大胆な歳出削減は望めないかもしれないが、自然増収を財政赤字の縮小に充てれば、財政再建はかなり前進するだろう。経済成長からは遠い歳出ばかりを実行せず、成長重視の歳出に振り向けていけば、それこそ税収増の好循環ができるはずだ。政府は、今後、600兆円の果実を有意義に用いる責任がある。

熊野 英生


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