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5月ECB理事会レビュ

~利上げ幅縮小も、まだすべきことがある~

田中 理

要旨
  • コア物価のピークアウトと銀行の資金需要に減少の兆しが広がるなか、ECBは4日の理事会で利上げ幅を過去数回の50bpから25bpに縮小した。だが、企業の価格転嫁や賃上げの動きが広がっており、今後も当面は利上げが必要であることを示唆。3月に開始した資産買い入れの再投資の部分停止を、7月からは完全に停止することを決定し、量的引き締めを強化する。こうしたECBの政策スタンスを踏まえれば、筆者は6月と7月に各25bpの利上げが行われ、預金ファシリティ金利が3.75%に引き上げられると予想。高めの賃上げ妥結や労働需給の逼迫継続など、インフレ圧力が残存しており、早期の利上げ打ち止めよりも利上げがさらに長期化するリスクが上回る。

ECBは日本の大型連休中に行われた4日の理事会で、25bpの利上げと量的引き締め(QT)の強化を決定した。これにより、昨年7月の利上げ開始から7会合連続で累計375bpの利上げを実施し、利上げ開始時点でマイナス圏にあった下限の政策金利(預金ファシリティ金利)は3.25%まで引き上げられた(図表1)。

図表1
図表1

理事会後の記者会見でラガルド総裁は、「高過ぎるインフレ率が長く続き過ぎている(the inflation outlook is too high and has been so for too long)」と指摘、追加利上げが必要な点で理事会の見方は一致したが、利上げ幅を50bpとするか、25bpとするかで見解が割れたことを明らかにした。最終的には、これまで大幅な利上げを続けてきたことや、資金需要の減少などに利上げ効果が現れ始めており、政策が波及するまでの時間や効果の大きさが不透明なこともあり、利上げ幅を過去数回の50bpから25bpに縮小した。総裁は将来の利上げ決定が、①新たに入手可能となる経済・金融データ、②基調的なインフレ率の動向、③金融政策が波及する強さに依存すると説明。同時に、「インフレ率を遅滞なく2%の中期的な目標に戻すため、政策金利を十分に抑制的な水準に引き上げ、必要な限り、その水準に維持する(the policy rates will be brough to levels sufficiently restrictive to achieve a timely return to inflation to our two per cent medium-term target and will be kept at those levels for as long as necessary)」方針も示唆しており、先行きの利上げ継続姿勢を鮮明にした。

理事会前の2日に発表された4月のユーロ圏の統一基準消費者物価(HICP)の速報値は、昨年4月のエネルギー価格の上昇一服の反動を背景に、前年比+7.0%と前月の同+6.9%から僅かに再加速した(図表2)。変動が大きい食料・エネルギー・アルコール飲料・たばこを除いたコア物価は、前月に同+5.7%とユーロ圏発足以来の過去最高を記録した後、今月は同+5.6%と僅かに上昇率が鈍化。最近の労使交渉で高めの賃上げ妥結が相次いでおり、当面はサービス物価を中心にコア物価の高止まりが続くことが予想されるが、ヘッドラインの上昇率鈍化に加えて、コア物価についても前年同月と比較した上昇率のピークアウト時期が近づいていると見られる。

図表2
図表2

また、2日に発表されたECBの銀行貸出調査で、企業の資金需要が急速に減少し、金融引き締めの効果が徐々に顕在化していることが確認される(図表3)。他方で、銀行による先行きの貸し出し態度の厳格化度合いがやや縮小するなど、米国発の銀行不安が欧州での信用収縮につながる兆候は今のところ見られない(図表4)。

図表3
図表3

図表4
図表4

こうした経済データは、今回の理事会での利上げ幅縮小と先行きの利上げ継続を正当化する内容と言える。筆者はECBが6月と7月の理事会で25bpの追加利上げを決定し、預金ファシリティ金利を3.75%に引き上げると予想する。ただ、最近の経済データからは、コア物価がECBの想定以上に高止まりし、政策金利の最終到達点(ターミナルレート)が3.75%よりも上振れするリスクも完全には払拭できない。景気にブレーキが掛かった後も、3月のユーロ圏の失業率が過去最低の6.5%に一段と低下するなど、労働需給の逼迫が続いている。3月に発表したECBのスタッフ見通しでは、2023年末に向けてユーロ圏の消費者物価が前年比+3%前後まで上昇率が鈍化した後は下げ渋り、2025年央に2%の中期的な物価安定水準に落ち着く展開が見込まれていた(図表5)。今後、企業の価格転嫁や賃上げの動きが一段と加速する場合や、ウクライナ情勢の緊迫化や次の冬場のガス不足でエネルギー価格が再上昇する場合には、物価の上振れで利上げがさらに長期化する恐れが出てこよう。

図表5
図表5

コロナ危機下の大規模な流動性供給と資産買い入れの強化を受け、ECBのバランスシートは膨張している(図表6)。長期流動性供給オペの終了に続き、3月にはコロナ以前から続けてきた資産買い入れプログラム(APP)の満期償還時の再投資を部分的に停止し、さらに今回の理事会では7月から再投資を完全に停止することを決定した。3月以降、月額150億ユーロ程度のペースで開始した量的引き締めは、7月からは月額250億ユーロ程度に強化される。利上げとともに量的引き締めを強化することで、金融政策のファインチューニングを目指している。

図表6
図表6

以 上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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