インフレ課税と闘う! インフレ課税と闘う!

米銀行破綻とテックバブル

~危機封じ込めに成功するか~

熊野 英生

要旨

米国で3つの銀行は破綻するという事件が起きた。米財務省・FRBなどは預金を全額保護する異例の決定を下した。信用不安に歯止めをかけることを優先している。FRBの金融引き締めは、長短金利を逆転させて、金融システムには有害であることが改めてわかった。今後の金融政策運営も、短期的には信用不安対応に軸足を置くとみられる。

目次

リーマンとは違う

米金融市場が激震している。2023年3月12日に、米財務省とFRB、FDIC(連邦預金保険公社)は、すべての預金を全額保護すると発表した。ペイオフの封印である。原則25万ドルの預金上限は適用しなかった。日本で25年前に実施したのと全く同じ政策だ(当時、筆者はその渦中にいた)。

米国では、3月8~12日にシルバーゲート銀行、シリコンバレー銀行、シグネチャー銀行と3行が立て続けに破綻した。2008年のリーマンショックを思い出す人は多いと思うが、金融当局の対応は全く違う。あの時の米財務長官は意図的にリーマン救済をしなかった。今回は違う。イエレン財務長官は、危機封印に懸命だ。資金流出の心理を封じ込めて、連鎖破綻を絶対に食い止める。そういう気構えなのだ。

FRBも、資金供給を潤沢に行う方針だ。資金供給プログラム(BTFP)で最長1年間の流動性供給を実施する。銀行が預金者などからの資金引き出しに応じられるようにするためだ。資金供給の担保を額面価額で評価するという荒技だ。長期金利上昇で時価が下落した長期国債・MBSを担保にすると、さらなる金利上昇で担保価値が下がる。そうした不都合に目を瞑って、資金を貸すという仕掛けだ。どこかの銀行が資金難に陥って、長期国債の投げ売りすることで国債価格が下落するという不都合が起こる。そうした不都合を封印するのがBTFPの役割だ。流動性不安をFRBが肩代わりすることで、マーケットの安心を回復しようという意図もある。まさしく最後の貸し手の機能をFRBは果たすつもりだ。

財務省とFRBの総掛かりの危機封印が奏功するかどうかは、危機の渦中にある現在はまだわからない。筆者は、危機局面の初動操作としては、上出来ではないかと思っている。

3行の危機

この約1週間に起こった銀行不安は、全く同じものではない。最初(3月8日)のシルバーゲート銀行と、3番目(3月12日)のシグネチャー銀行は似ている。2番目(3月10日)のシリコンバレー銀行は異なる。前2者は、2022年12月の暗号資産取引所FTX破綻から続く余波である。暗号資産市場はブームによって膨れ上がった。一時はテックバブルの様相もあった。

この2銀行は、暗号資産関連企業と親密な有力銀行である。暗号資産がまだメジャーではない時期から、銀行取引を認めて、暗号資産市場の拡大とともに資産規模を膨らませた。日本の銀行とは異なり、暗号資産を取り扱うことまでしている。シルバーゲート銀行は、暗号資産と銀行預金をつなぐ電子決済プラットフォーム(SEN)を設けて、顧客の暗号資産取引を支援している。それが3月3日に閉鎖されたのは痛かった。FTX破綻から資金流出が進み、資金不足で破綻に至った。シグネチャー銀行は、同じく暗号資産関連企業と親密なことで、シルバーゲート銀行に並ぶ存在だった。8月のシルバーゲート銀行の破綻が、シグネチャー銀行の資金流出を加速させて、12日の破綻を招いた側面はある。

シリコンバレー銀行は、その2行とは事業内容は異なる。新興企業、スタートアップ企業の飛躍を助ける事業が主である。ベンチャーキャピタルへの投融資もある。シリコンバレーでは、この事業でかなり広範囲の新興企業と関係があったらしい。不幸にして、シルバーゲート銀行の破綻に端を発した預金者の不安に飲み込まれた。

金融引き締めの余波

暗号資産関連企業は、FTX破綻までは多くの資金を集めた。その影響で、シルバーゲート銀行とシグネチャー銀行には大量の資金が集まった。その逆に、2022年12月以降は大量の資金流出が起こる。これが銀行危機を招いた。

シリコンバレー銀行の場合も同じような事情はあるが、債券運用の打撃という側面もある。コロナ禍で新興企業に大量の資金が集まって、それを現在よりも低い金利でMBS・長期国債で運用した。その後、2022年3月からFRBが強烈な金融引き締めで、短期金利が引き上がる。債券含み損は膨らみ、短期の資金調達コストは増える。典型的な長短ミスマッチによる運用悪化だ。80年代のS&L危機と同じである。資金流出が起こると、含み損を抱えた債券を売却しなくてはいけなくなるので、傷口は広がる。考えるべきは、金融機関にとって、運用・調達コストの逆転によるギャップが不利益を生むことだ。こちらの弊害は、3行に限られたことではない。3行の場合は、暗号資産のブームとコロナ禍での大量資金流入が仇となって、極端にそのリスクが高まった事例と言える。

FRBは、長短金利逆転が銀行経営に不利益をもたらすことは百も承知していたはずだ。それでも、インフレ退治に重心をかけなくてはいけなかった。そのジレンマが表面化したと言える。これで、パウエル議長が言ってきた「年内利下げはしない」という宣言の履行はあやしくなってきた。おそらく、短期的に利上げは休止して、不安の鎮静化の様子見をせざるを得ないと考えられる。

FRBは市場心理を読む

しばらくの間、米政府とFRBは、預金者心理の鎮静化を待つことになろう。取り付け騒ぎが起きている中では、連鎖破綻がほかにも広がることが強く警戒される。

リーマンショックの教訓は、同様の疑心暗鬼が、インターバンクなど資金仲介の現場でも起きたことである。今回はもっと古典的な銀行危機である。FRBは、インターバンクへの資金供給を積極化して、リスクプレミアムの健在化を防止することに注力するだろう。

FRBの利上げは、この銀行不安の前は2023年6月までの利上げ継続がありそうだとみられてきた。その見通しは修正されそうだ。米長期金利が大きく下がり、ドル円レートもドル安・円高に振れている。

信用不安防止とインフレ退治はジレンマを生じさせている。現時点では、信用不安防止に軸足を置くだろうが、そのことはいずれインフレ再燃にもつながっていく。FRBは不安心理が落ち着いたことを見極めた後で、再びインフレ退治にシフトしていくだろう。そう考えると、米金融引き締めは長期化しそうだ。3月のFOMCでは、先行きの金融政策の姿勢を示すドットチャートが発表される。FOMCメンバーの見方が注目される。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。