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日本経済がインフレ転換した理由

~供給サイドからみた構造変化~

熊野 英生

要旨

2022年4月の消費者物価指数は、除く生鮮食品のベースで前年比2.1%まで上昇した。輸入インフレで、国内物価が押し上げられる図式だ。その背景を長い目でみると、長期の円安によって「安い日本」に変わり、内外価格差がなくなったことが挙げられる。コストプッシュの効果は、数年ぶりに各社がこぞって値上げに動くという共鳴効果をも生んでいる。それがデフレからインフレへの転換の理由だ。

目次

消費者物価は2.1%

消費者物価(除く生鮮食品)が2.1%の上昇率に達した(図表1)。これは、数年前には想像だにすることはできなかった。なぜ、ここにきてそれが転換したのだろうか。2000年代の長期デフレは、どこに行ったのか。また、日本がインフレ転換すれば、「失われた30年」は解消されるのか。

消費者物価の伸び率の推移
消費者物価の伸び率の推移

インフレ転換の理由をごく単純に答えると、輸入インフレがデフレを変えたと言える。資源価格高騰と円安の相乗効果である。しかし、「輸入インフレが国内物価を上げる」という説明は、以前の感覚だとちょっと矛盾しているように思える。輸入品は割安品だから、輸入数量が増えるとデフレになる。割安の輸入品は、多少値上がりしても物価全体に影響は少ない。

この思考実験からわかるのは、以前の感覚は、今は変わってしまったということだ。もはや輸入品は割安ではなくなっていて、値上がりしてもそれを買わざるを得ないから、消費者は割高感を感じる。食料品などはまさに、値上がりしても買わざるを得ないものだ。

まず、確認をしておきたいのは、輸入品は割安という感覚が最近はなくなっていることだ。これは、実質実効為替レートでみたとき、現在の日本が歴史的な円安水準になっていることからわかる(図表2)。また、輸入数量は対GDPでも下がっている。これは、輸入品が割安だから数量拡大するという訳ではなくなったことを表している。

実行為替レートンの推移
実行為替レートンの推移

現在、輸入価格の上昇が目立っているエネルギー、小麦・大豆などは、日本の自給率が低く、供給を海外に依存しているものだ。割安でなくても購入せざるを得ない。私たちは、パンが高くなって、米食を増やそうとしても、食習慣が変化して容易に変わることができない。これが、現在の輸入インフレの図式である。

耐久消費財は値下がりしにくい

値下がりが起こりにくくなった耐久消費財
値下がりが起こりにくくなった耐久消費財

長期で物価のデータをみていくと、極めて興味深いことに気付く。かつて、デフレ時代に値下がりの主役だった品目が、このところは下落しなくなっている。耐久消費財、通信関連、医療用品、油脂・調味料などは30年間に亘って、ずっと値下がりしてきた。特に注目なのは、耐久消費財である(図表3)。最近は、そうしたデフレ品目が姿を消している。デフレが転換した背景には、「値下がりが当たり前」という状況が転換したことがある。パソコン、ビデオ、テレビ、白物家電は、プライスダウンが当たり前だった。室内装飾品(カーテン、寝具、カーペット)、照明器具、トイレタリー用品は、最近は値下がりしなくなっている。

その理由を考えると、かつて円高だった時期に海外生産へとシフトして、製品輸入に切り替わったことがある。これは、「安い日本」が進む以前からの変化が、今になって裏目に出ている。パソコンなどは、値上がりしても国内産に切り替えられずに海外輸入をせざるを得なくなっている。

構造変化と言えば、2000~2010年にかけては、家電・AV機器がデフレの主役を降りたことがある。その理由は、これらの分野がイノベーションの中核でなくなったことがあるだろう。当時は、品質向上を物価下落として換算した結果、価格指数が急激に下がっていた。最近のイノベーションは、メタバースとか、ブロックチェーンとか、家電・AV以外の分野に移っている。プロダクツ本位の技術進歩が、情報通信サービスの深化にシフトしたことが、モノのデフレがなくなってきた背景にはある。

共鳴効果

最近の値上げのニュースをみて気付くのは、「○○年ぶりの値上げ」という言葉である。事例を拾ってみると、25~30年ぶりには、牛乳、ちゃんぽん、ソース、塾費用、墓地、ロープウェー料金、入館料、鉄道、貨物料金、水道代が挙げられている。20~24年ぶりは、公衆電話通話料、ミニカー、路面電車料金である。10~19年ぶりは、しょうゆ、酢、ホットケーキ材料がある。筆者は、メディアに発表されない久々の値上がりもよく耳にする。そこで聞くのは、コスト上昇に我慢できなくなって販売価格を上げるという説明だ。

こうした説明はわかりやすいが、今まで我慢していたのだから、もうしばらく我慢してもよいのではないかと感じてしまう。ここにきて値上げに動く真の理由は、むしろ「ずっと我慢してきたのだから、今が潮時だ」という判断ではあるまいか。つまり、暗黙の内に「今」を選んでいるのである。

わかりやすく言えば、他の品目も値上げしているのだから、自分たちも我慢を止めて、値上げしてもよいだろうという判断が働いている。これは、他の品目の値上げに暗黙の内に共鳴しているのだ。

東京大学の渡辺努教授の「物価とは何か」(講談社選書)では、商品と商品の間には「共感=相互作用」が働くとしている。この考え方を援用すると、他社が値段を据え置きするときはデフレが共鳴し、他社が値上げするときはインフレが共鳴することになる。今は、インフレが共鳴していると、筆者は理解している。これは、ゲーム理論の戦略選択でも説明が可能だ。

今後はインフレが続くか

多くの人が知りたいことは、これがデフレの終わりで、「今後はインフレなのか?」ということだろう。この疑問には明快に答えにくいが、デフレが終焉しつつあるという点は同意する。日本と海外の内外価格差が解消しつつあることは、その有力な要因だ。

今後は高インフレになるかどうかは答えにくい。原油高は長期化したとしても、数年後には一段落する。日本の賃金は上がりにくい。円安基調は続くだろう。海外物価に連動して、輸入物価が上がる局面は続きそうだ。従って、緩やかな物価上昇がメインシナリオになる。

最後に、デフレがインフレ転換すれば、「失われた30年」は解消されるのかという点はNoだ。人口減少は続き、産業競争力は回復しにくい。むしろ、輸入インフレは生活実感を悪くして、スタグフレーションに近い実感を与えるだろう。筆者は、円安を利用した輸出拡大こそが、日本をスタグフレーションにしないための処方箋だとみる。円安メリットを積極的に活かせなければ、「失われた30年」はまだ継続するというのが筆者の答えである。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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