トルコはなぜ北欧2ヶ国のNATO加盟に反対するのか

~2ヶ国に加え、米国やEUからの譲歩を狙うなか、当面は駆け引きに揺さぶられる展開が続くか~

西濵 徹

要旨
  • ロシアのウクライナ侵攻は先行きが見通せず、欧州の安全保障環境に変化を与えている。歴史的経緯から中立政策を採ってきたフィンランドとスウェーデンはNATO加盟を申請したが、トルコはこの動きに「待った」を掛けている。両国はトルコなどがテロ組織に指定するクルド労働者党(PKK)の関連組織を事実上支援するとともに、関係者の身柄引き渡しを拒否している上、トルコへの武器輸出停止に動いていることも影響している。また、トルコはここ数年米国やEUへの不満を募らせており、両国のNATO加盟反対を表明することで何らかの譲歩を狙っているとみられる。他方、トルコは経済面で苦境に直面するなど来年の大統領選でのエルドアン大統領の再選に黄信号が灯るなかで欧米は冷徹な対応をみせる可能性もある。当面の欧州の安全保障環境を巡っては、トルコと欧米による駆け引きに揺さぶられる可能性に留意する必要がある。

ロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、すでに2ヶ月以上の時間が経過するとともに、状況は一段と悪化の度合いを増すなど先行きが見通せない展開をみせており、欧州などにおける安全保障環境にも大きな変化を与える動きがみられる。こうしたなか、トルコはロシア及びウクライナの両国と良好な関係を有することを理由に『仲介役』を買って出る動きをみせているものの、両国による協議は遅々として進んでいないなどこう着状態が続いている。他方、ウクライナ情勢の悪化は地理的に隣接する欧州の安全保障環境を揺さぶるなか、歴史的経緯も影響して『中立政策』を採用してきた北欧のフィンランドとスウェーデンがNATO(北大西洋条約機構)への加盟を申請する動きに繋がっている。なお、両国が正式にNATOへの加盟を果たすためには、すでに加盟している30ヶ国の『全会一致』による承認が必要であり、多くの国では各国議会における批准手続きが必要となっている。ただし、両国のNATO加盟に対しては、既加盟国であるトルコが異議を唱えるとともに、エルドアン大統領は記者会見において両国をけん制するなど『待った』を掛ける動きをみせている。トルコがこうした姿勢をみせる背景には、大きく2つの理由があると説明している。トルコ国内では長年に亘り、反政府組織であるクルド労働者党(PKK)がクルド人国家の設立に向けた分離独立を目指してテロ行為を行うなど武力衝突が続いてきたため、国民の間でPKKに対する反感が根強く、エルドアン大統領もクルド人に対して強硬姿勢を示してきた。なお、トルコのほか、米国やEU、日本などはPKKを『テロ組織』に認定しているものの、トルコ政府がPKKと同一視する関連組織である人民防衛隊(YPG)などを巡っては、米国やEUが隣国シリアでのIS(イスラム国)掃討において共闘しており、トルコは元々こうした対応に不満を持ってきた。なかでもフィンランドとスウェーデンはYPGなどに対して資金調達や政治活動を容認する動きをみせてきたほか、トルコ政府が要請する身柄引き渡しを拒否する姿勢を採ってきたことが影響していると考えられる。さらに、トルコは2019年にPKKなどの掃討を理由にシリアに越境攻撃を展開するとともに、国境沿いを占領するなどの軍事行動に動いたが、その際にフィンランドとスウェーデンはトルコに対する武器輸出を停止する制裁発動に加わったことも影響している。こうしたことから、トルコ政府内ではこのところのNATOの動きに対して「トルコの国内問題に対しては無視を決め込んでいる」といった恨み節にも似た見方が出ているほか、「トルコに制裁を科す国の加盟は認められない」といった見方が示されるなど、両国の加盟に反対する動きに繋がっているとみられる。さらに、ここ数年のトルコを巡っては、米国やEUも制裁を科す動きをみせていることも不満を爆発させる一因になっているとみられる。米国は、トランプ前政権がトルコによるロシア製地対空ミサイル防衛システム(S400)の導入を理由に敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)に基づく制裁発動に踏み切ったほか、バイデン現政権も同制裁を維持している。EUもトルコがキプロス沖やギリシャ沖においてガス田開発を行ったことを理由に、トルコに対する制裁発動に動くなど関係がぎくしゃくする展開が続いてきた。ウクライナ問題の激化を受けて、欧米諸国などはロシアに対する経済制裁を強化する動きをみせているものの、トルコはこうした動きに同調せず、上述のように仲介役を買って出るなど独自の動きをみせている背景には、ここ数年の米国やEUとの関係悪化も影響していると考えられる。こうしたことから、トルコによるフィンランドとスウェーデンのNATO加盟への反対は、トルコ政府が求めるPKK関係者の身柄引き渡しのほか、武器輸出制限の制裁解除など譲歩を求める『圧力』との見方がある。さらに、トルコはその背後にある米国やEUからの制裁の解除といった譲歩を求めているとの見方に加え、トルコにとって長年の悲願となってきたEU加盟を譲歩の材料として求めるとの見方もある。他方、米国及びEUは、トルコがウクライナ問題を巡ってロシアとの橋渡しを買って出るなど『トリックスター』を演じる背後で経済的に苦境に直面し、来年6月に予定される次期大統領選でのエルドアン大統領の再選に『黄信号』が灯るなど難しい状況に置かれている影響を冷静に見極めている可能性がある。その意味では、両国及び、米国、EUはトルコに対して多少の譲歩を行う可能性はあるものの、劇的にトルコを取り巻く状況を変える動きをみせることはないと予想され、今後はこれらの『駆け引き』が欧州の安全保障環境を揺さぶる展開になると見込まれる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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