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衆議院選挙の政策比較

~各党が給付金を競う~

熊野 英生

要旨

10月末に迫った衆議院選挙での各党の選挙公約を考えてみた。経済政策は、各党とも給付金に絡んだメニューが目白押しで、成長戦略が手薄だ。どうして財源なしの財政拡張政策が、当たり前のように主張されるのか不思議に思える。既存の成長戦略が色あせるようなアイデアの登場が期待されるのに、そうした期待感の受け皿がないのが気になる。

目次

与党の給付金の行方

10月31日に衆議院選挙の投票が行われる。公示は19日である。それに合わせて各党は、今後の政策運営に関する公約を発表している。本稿では、その中から経済政策を中心に各党の考え方を比較してみることにした。

比較の切り口としては、(1)短期の財政支援、(2)コロナ対策、(3)中長期の成長戦略、の3つがあると考えられる。まず、自民党のコロナ対策であるが、短期の財政支援は他党よりもはっきりとは書いていない。岸田首相が、年内に数十兆規模の経済対策と述べているに止まる。給付金も、「非正規雇用者・女性・子育て世帯・学生への経済的支援」とあるだけで、他党に比べて細かな金額が明示されていない。とはいえ、自民党は財政出動には積極的であり、科学技術振興、国土強靱化、教育に資金を使う構えである。岸田首相の「大きな政府」路線を反映している。

公明党は、0歳から高校3年生までの全ての子供に一律10万円相当の支援を掲げる。これに対して、岸田首相は、所得制限などを検討する可能性もある。与党である公明党の「すべての子供」を対象とする方針とは、選挙後にどう調整するかが注目される。

野党は減税・給付

筆者が、与党以上に、野党がここまで財源を無視した減税・給付を主張するとは夢にも思わなかった。財源を明らかにせず、巨大な費用のかかる政策を打ち出すのでは、仮に自らが政権交代をしたときに困るのではないかと感じる。

財政規律を考えなくなったのは、昨年、特別定額給付金1人10万円支給を与党が行ったことがきっかけかもしれない。こうした政策が一旦通ると、財政規律のダムが決壊するように、規律を無視する流れが生まれたのではないかと心配する。

立憲民主党の政策は、①個人年収1,000万円程度まで実質減免となる時限的な所得税減税、②住民税非課税世帯など低所得者への年間12万円の現金支給、③消費税率を時限的に5%に引き下げ、④最低賃金を時給1,500円に引き上げ、など数々の給付金・減税が並ぶ。財政出動では、総額30兆円超の補正予算を編成するという。

日本維新の会は、2年を目安に消費税を5%に引き下げ、所得税・法人税を減税するとする。国民民主党も、50兆円規模の経済対策を打ち出し、国民一律10万円、低所得者には20万円の給付を掲げる。岸田首相が「大きな政府」路線ならば、野党は「もっと大きな政府」路線を掲げているように見える。

しかし、コロナが収束してきたタイミングで、なぜ、巨大給付金が必要なのかはあまり説明されていない。筆者は、コロナ禍に遭遇して初めての緊急事態宣言では、大掛かりが給付金があってもよいと考えたが、今は大掛かりな給付金は必要ないと考える。景気もコロナ感染もいずれも最悪期を抜けていると認識しているからだ。中小企業向けの持続化給付金の延長についても同じことが言える。

第6波が来たときの備えを考えるのならば、最初から給付金を検討するよりも、感染収束を確実なものにする方が、短期の経済対策として筋が通っている。

反対に、各党はワクチン・パスポートの利用を進めるという案が、給付金以外に語られている。このことは僅かな光明だと思う。自民党は、「接種記録や検査の結果を活用」とする。日本維新の会も、ワクチン・パスポートの活用により経済活動を両立とする。国民民主党もデジタル証明書の利用に言及している。短期の財政支援ばかりでなく、ワクチン・パスポートの利用を唱えている点は非常に好感できる。

コロナ対策では各党の距離感は近い

目下の課題は、現在の一時的な感染収束を長続きさせ、今度こそ感染コントロールをより確実なものにすることだ。筆者は、各党からもっと積極的な提言があってもよいと感じた。

しかし、新たな感染対策を各党が打ち出さなかったことは、菅政権のワクチン政策がある程度成功したことの裏返しではないかと思う。11月までに国民の希望者全員にワクチン接種ができるからこそ、次のステージとして、ワクチン・パスポートの利用が打ち出せるのだろう。野党であっても、ここまで接種が進捗したことは菅前首相の手腕を認めざるを得ないはずだ。

反面、与野党ともにコロナ対策には共通する内容がある。国産ワクチン・治療薬の開発・生産である。医療体制を拡充し、PCR検査・抗原検査の普及もほぼ一致する。各党の感染対策が思いのほか距離感が近いので、選挙後は歩調を合わせて、追加対応を推進してほしいと考える。

中長期の成長戦略

今回の選挙では、各党の給付金が前面に押し出されて、成長戦略の議論が手薄な印象がある。野党には、既存の成長戦略が色あせるようなアイデアの提案が期待されるのに、そうした期待感の受け皿に今のところはなっていないのが気になる。

多くの国民が、アフター・コロナの成長率が低くなることを警戒している。目先の財政出動、給付金支給だけで議論が行われていると、成長戦略が手薄さになるのではないかと思ってしまう。

自民党の成長戦略は、生産性上昇に向けて産学官のAI活用を考えることや、研究開発支援、グリーン戦略、スタートアップ支援が挙げられている。他党よりも成長戦略は充実している印象が強い。

立憲民主党は、再分配政策が手厚い代わりに、成長戦略は手薄だ。デジタル、通信、自動運転などの研究開発支援などへの言及が公約の中にはあるが、あまり深掘りされていない。

対立軸が明確なのはエネルギー政策

各党の政策比較をして最も違いがあるのは、原発政策である。公明党は、原発新設を認めずに「原発ゼロ」を目指すとする。立憲民主党、国民民主党は原発に依存しない方針である。日本維新の会も原発はフェードアウトとする。

これに対して、自民党だけが「原発依存を低減する」と継続に含みを持たせている。一方で、自民党は再生エネルギーには積極的である。その背景には、2030年度の温室効果ガス46%削減を考えると、原発再稼働を避けては通れないという認識があるのだろう。折角の機会なので、自民党は各党との論戦の中で、2030年度の温室効果ガスの削減目標と原発取り扱いを具体的に論じればよいと思う。

書いていない論点

各党の公約を比べて、国民が関心を持っているのは、書いてあることよりも、書いていないことにあると思える。書いていない点の代表は、中長期の財政再建である。ほかにも、経済危機の出口政策をどう描くのか。そして、日本の感染収束が欧米よりも遅れている点をどうするのかといったこともある。筆者は、こうした重要事項が選挙の争点から外れていることを問題視する。

特に、財政再建については、持続可能な経済を語るときに抜かしてはいけないと考える。少し前、自民党総裁選挙では、4候補の論戦の中で、会場で質問が行われて、それぞれが立場や考え方を明らかにした。それなりに質疑の内容は濃かったと感じた。今のところ、財政再建に関して、衆議院選挙前の議論は、自民党総裁選よりも議論が後退している気がする。

成長戦略についても同様の印象だ。政治的には、デジタルと温暖化対策を語っていれば、成長戦略の話をしているように思えるかもしれない。しかし、現実的な問題として、海外のプラットフォーム企業に対抗していく方策や、カーボンプライシングをどう始めるかを議論すると、テーマの難しさを実感するはずだ。そうした一歩踏み込んだ議論が今のところ行われそうに感じられないところには、少し残念に思える。

マーケットと衆議院選挙

過去、株価は衆議院選挙前に大きく上がった経験がある。2005年の郵政解散や、2012年の民主党から自民党への政権交代があったときの選挙だ。しかし、今回は株価を盛り上げる材料に、衆議院選挙はなりそうにない。自民党総裁選挙の前には一旦大きく上がって、その後は大きく反落した。株価には、政策への期待感を測るバロメーターの側面がある。今回も、良い意味で衆議院選挙の論戦が、株価上昇のきっかけになればよいと思ってきたが、そうなりそうにない。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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