サステナビリティ情報の開示基準及び保証業務基準(1)

~グローバルな潮流を踏まえた現状と展望~

水口 啓子

要旨
  • サステナビリティの概念は、様々である。例えば、我が国のコーポレートガバナンスコード(東京証券取引所・2021年6月11日)の基本原則 2「考え方」においては、「ESG要素を含む中長期的な持続可能性」と表現されている。サステナビリティ情報の企業開示の媒体についても、法定開示である有価証券報告書に加えて、企業価値創造ストーリーを示す統合報告書やサステナビリティ・レポートのような任意開示を含め、様々である。サステナビリティ情報は、投資家向けのものもある一方、広義には幅広いマルチステークホルダーを対象としたものも該当する。
  • サステナビリティ情報の開示への期待の高まりを背景に、その開示基準及び保証業務基準の整備に関わるグローバルな動向は加速している。サステナビリティ情報の開示に関しては、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が、グローバルに基礎となる開示基準(グローバルベースライン)を検討・策定している。ISSBの基準は、グローバルに開示情報の一貫性、比較可能性を高める一方で、各国で異なる法制度の特性にも対応し得るような基準設計を目指している。我が国では、2022年7月にSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が設立され、ISSBの基準も視野に入れた我が国のサステナビリティ情報の開示基準を策定する予定である。
  • サステナビリティ情報の信頼性が重視されてきており、企業によって開示されるサステナビリティ情報への第三者保証の提供の事例が徐々に積み上がっている。こうした中、IAASB(国際監査・保証基準審議会)が、サステナビリティ報告に対する国際的な保証業務基準案を公表し、意見募集を経て、2024年中に基準の最終化を予定している。我が国においては、金融審議会での議論などを踏まえて、金融庁がサステナビリティ報告に対する保証業務の実施を視野に入れたロードマップを公表している。
目次

1.はじめに

近年、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資も急速に伸展している。それとともに、中長期的な視点から持続可能か(サステナブルかどうか)との観点から、企業評価を視野に入れたサステナビリティ情報への関心が高まっている。ESG投資では、従来の財務情報に加えて、企業が環境、社会、企業統治に配慮しているかを重視して行われる。こうした投資判断に活用すべく、持続的な価値創造に向けて、従来の意思決定より長期的思考を伴う、多様なステークホルダーからのインプットを考慮した内容を活かす企業開示への期待が高まっている。

本稿を皮切りとした連載において、グローバルな潮流に焦点を当てつつ、我が国のサステナビリティ情報の開示基準及び保証業務基準の現状と展望について解説する。

2.サステナビリティ情報開示への期待

企業を取り巻く事業環境の不確実性が高まり、非連続な変化が生じている。こうした中で、長期にわたり持続可能な社会価値・企業価値創造を視野に入れるべく、企業がバックキャストして、気候変動などのESGテーマに関わる課題解決に向けて、移行計画や、その実現に向けた打ち手をどのように考えるのかなどが、投資家などの関心事項となっている。投資家をはじめとするステークホルダーが企業評価に活用する開示情報への要請は高まるばかりである。

国外とのつながりを有して事業を展開している企業も少なくない。グローバルな視点も踏まえて、自らのミッション、経営戦略、それらの実現に向けて目指すべきビジネスモデル、ビジネスに伴う事業リスク及び機会を踏まえた競争力発揮のシナリオなどについて、企業はステークホルダーにうまく伝えられるか否か。企業によるサステナビリティ情報開示のあり方が、社会の様々なステークホルダーが企業を選択する基準(投融資するか、商品・サービスを購入するか、取引をするかなど)に影響を与えることが想定される。サステナビリティ関連開示への注目が高まる中、グローバルな資金の流れや、企業の志向するビジネスモデルの実現可能性への影響にも注目するところである。

3.サステナビリティ情報の開示に関する国際基準

こうした背景に伴い、サステナビリティ情報には比較可能性が求められるようになっており、情報の信頼性への関心も高い。EUなどの法域でサステナビリティ情報の開示義務化に向けた検討が着々と進められる中で、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、投資家などの意思決定に資する開示基準の包括的なグローバルベースラインのタイムリーな策定に取り組んでいる。

ISSBは基準策定の第1段階として、公表した公開草案への意見募集を経て、2023年6月に「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項(IFRS S1号)」及び「気候関連開示(IFRS S2号)」の両基準を最終化し、これらの発効日を2024年1月1日としている。ただし、両基準の適用可否とその時期は、各法域が決定することになる。

我が国の金融庁を含む世界各国・地域の証券監督当局や証券取引所等から構成されている国際的な機関であるIOSCO(証券監督者国際機構)は、企業のサステナビリティ報告に関するグローバルな一貫性、比較可能性、信頼性の向上に向けて、国際財務報告基準(IFRS)の策定を担う民間の非営利組織であるIFRS財団との連携を前面に掲げている。ちなみに2023年7月にIOSCOは、ISSBのIFRS S1号及びIFRS S2号の両基準を承認している。

4.サステナビリティ報告の保証に関する国際基準

サステナビリティ情報の信頼性に着目したサステナビリティ報告に対する第三者保証への注目も高まっている。グローバルレベルでは、監査事務所やISO評価機関などによるサステナビリティ情報の保障の提供実績が、徐々に積みあがってきている。

この国際基準については、グローバルべースライン策定を目指すIAASB(国際監査・保証基準審議会)が、2023年8月にサステナビリティ開示に関わる保証基準案(ISSA5000)を公表した。IAASBは、意見募集を経て、ISSA5000を2024年9月に最終化する予定である。

ちなみに、IOSCOは、2023年3月に公表した報告書で、サステナビリティ報告保証に関するビジョンを示し、「IAASB」及び「IESBA」(国際会計士倫理基準審議会)におけるサステナビリティ報告基準開発を支援する旨を記載している。

5.我が国におけるサステナビリティ情報の開示・保証に関わる動向

我が国においては、2023年1月31日、企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正により、有価証券報告書において「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、サステナビリティ情報の開示が求められるようになった。また、有価証券報告書の「従業員の状況」の記載において、女性活躍推進法に基づく女性管理職比率・男性の育児休業取得率・男女間賃金格差等の様々な指標の開示も求められてる。これらの開示は、2023年3月期決算企業への適用が開始されているなど、サステナビリティ情報開示の質と量の充実に向けたモメンタムが高まっている。

6.小括

金融庁は、グローバルな潮流も見据える形で、サステナビリティ情報の開示に関するロードマップを策定している(資料1)。

資料1 サステナビリティ開示のロードマップ
資料1 サステナビリティ開示のロードマップ

ここで一息つくことなく、今後、ISSB基準の開発を視野に入れて、様々なステークホルダーによるISSBの意見募集などを通じた貢献なども有用であろう。ISSBへの意見発信や国内のサステナビリティ開示基準の策定を目的として、2022年7月にSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が設立された。SSBJは、ISSB基準に大きく遅れることなく、かつ整合的な国内基準の開発を目指している。連載第2弾目として、次回はISSBの設立の背景及びISSBの概要を解説する。

<続く>

水口 啓子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。