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SDGsの次を議論する国連未来サミット

~ウェルビーイングが次のグローバル・アジェンダに~

村上 隆晃

要旨
  • 国連未来サミット (Summit of the Future)は、2024年9月に開催される予定の国連の一大イベントである。国連が100周年を迎える2045年に向けて、世界が直面している重大な課題に対する協力の強化とSDGsの次のグローバル・アジェンダを議論する予定である。ウェルビーイングはサステナビリティやDE&Iと並んで、中心的な議題となる見通しである。
  • サミットの背景は、2020年の国連創設75周年記念宣言にあり、宣言では現在および未来の課題に対応するための勧告を国連事務総長に求めている。2021年、グテーレス事務総長は「私たちの共通のアジェンダ」報告書を発表し、SDGs達成の加速と国連創設75周年記念宣言の推進を提案した。
  • 豊かさの指標としてのGDPには限界があるという議論は以前からなされてきた。国連未来サミットでは、“Beyond GDP(GDPを超えて)”をキーワードとして人々のウェルビーイングに重点を置く経済システムを構築するため、いわばWell-being Goals(WBGs)とも呼ぶべき枠組みについての議論が始まるということで注目される。
  • Beyond GDPで議論されている枠組みは、目指すべき「アウトカム」とその実現のための持続的な変化の原動力となる「プロセス」の二つで構成される。「アウトカム」の一つ目は「ウェルビーイングと主体性」であり、他の「生命と地球の尊重(サステナビリティ)」、「不平等の縮小と連帯の拡大(DE&I)」と並んでウェルビーイングが3本柱の一つとなっている。一方、「プロセス」は「参加型ガバナンスとより強固な制度」「革新的で倫理的な経済」「脆弱性からレジリエンスへ」の3つがアウトカムを実現するための原動力という構図になっている。
  • 国連では、来年9月の国連未来サミットに向けてBeyond GDPの枠組みを現実化する動きが続く。日本を含む東アジアの価値観がBeyond GDP枠組みに反映するよう、日本発の研究・提言の重要性が高まっている。
目次

1. 国連未来サミットとは

国連未来サミット (Summit of the Future)は、2024年9月に開催予定の国連の一大イベントを指す。国連が100周年を迎える2045年に向けて、世界が直面している重大な課題に対する協力の強化とSDGsの次のグローバル・アジェンダを議論することが予定されている。ウェルビーイングはその中心的な議題の一つとなる見通しである。

サミットの背景は、不平等や貧困、飢餓、武力紛争、気候変動、パンデミックなど世界が直面する課題に対して国際協調を促す2020年の国連創設75周年記念宣言にある(注1)。宣言ではSDGsの完全かつ予定通りの実施など現在および未来の課題に対応するための勧告を国連事務総長に求めている。2021年、グテーレス事務総長は「私たちの共通のアジェンダ」報告書を発表し、SDGs達成の加速と国連創設75周年記念宣言の推進を提案した。報告書で事務総長は「今こそ、経済の繫栄と進歩を測る方法における、明らかな盲点を正す時である。経済的な利益が人々や地球を犠牲にしてもたらされるとき、経済成長の真のコストについて私たちは不完全にしか捉えられていない。現在測定されているGDPでは、一部の企業活動による人的・環境的破壊を把握することができない」と述べている。この報告書では世界を取り巻くリスクへの対策と新たなグローバル合意形成を目指す国連未来サミットの開催が提唱され、2022年の国連総会でサミット開催が決定された。

国連未来サミットに向けては、SDGsの次のグローバル・アジェンダのキーとなる枠組みとして、“Beyond GDP(GDPを超えて)”が提唱されている。

GDPは各国経済の成長や分配を表す指標として幅広く使われており、その重要性は疑いようがない。一方で、GDPが国民の豊かさの実感を表す指標として十分ではないという議論も多年に渡ってなされてきた。例えば、2009年にフランスで発表された「経済パフォーマンスと社会の進歩の測定に関する委員会報告」では、「GDPに代表される現在の統計では経済社会の実態がうまく捉えられていないのではないか」という問題意識が示され、「社会の幸福度を測定しようとすればそれにふさわしい指標が必要になる」との提言を行っている。こうした流れを受けて、国連では「世界幸福度報告(World Happiness Report)」(2012年~)(注2)、経済協力開発機構(OECD)では「より良い暮らし指標(Better Life Index: BLI) 」(2011年~)(注3)をそれぞれ公表開始し、現在に至っている。Beyond GDPの枠組みは、突然出てきたものではなく、これまでのウェルビーイングを巡る研究や議論を踏まえて導き出されたものである。

2. Beyond GDP~ウェルビーイングとサステナビリティ、DE&Iの新たな指標

Beyond GDP枠組みでは、グテーレス事務総長の指示を受けて、国連未来サミットに向け、国連内外の既存組織が収集する各国の経済活動や社会開発、環境の持続可能性を測定するデータから、10~20で構成される指標を作成しようとしている。

Beyond GDP枠組みは大きく目指すべき「アウトカム」と、その実現のための持続的な変化の原動力となる「プロセス」の二つで構成される(資料1)。

資料1
資料1

(1)Beyond GDPにおけるアウトカムとは

アウトカムの一つ目は「ウェルビーイングと主体性」である。この枠組みにおけるウェルビーイングは、物質的・金銭的なものだけではなく、健康や個人の安全、自己実現、社会的関係性など幅広い内容を含んだものとされている。一方、主体性とは自らの人生について自律的に意志決定を行い、積極的に自由かつ有意義な社会参加を可能にする能力を指す。

二つ目は「生命と地球の尊重」である。これは、人間やすべての動植物、自然環境を保護・保全することを意味する。持続可能性や生物多様性を維持していくことが含まれ、サステナビリティを指す。

三つ目は「不平等の縮小と連帯の拡大」である。枠組みにおける「不平等」は経済的なものだけではなく、多次元的な概念として捉えられている。「不平等」は例えば健康で快適な生活を送る能力、物理的・法的な安全・安心を享受する能力、教育を受け、社会に参加するスキルを身につける能力、経済的な安定と尊厳ある仕事を確保する能力、政治に参加する能力、個人や家族、社会生活を楽しむ能力、自己表現権を行使する能力など、様々な側面があると規定されている。「連帯」とは、前述のような様々な側面で表れる不平等を是正するために、共通の利益や目的、共感の醸成を図ることで社会の中で人々を結び付ける絆を強化することを指す。「不平等の縮小と連帯の拡大」は広くダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)(注4)の実現を指す指標と考えられる。

(2)Beyond GDPにおけるプロセスとは

「アウトカム」を実現するための「プロセス」の一つ目は、「参加型ガバナンスとより強固な制度」である。アナン元事務総長によると「グッドガバナンスとは、人権と法の支配を尊重し、民主主義を強化し、行政の透明性と能力を促進すること」とされる。ガバナンスが機能するためには、政府の有効性や市民の政治参加、法の支配、説明責任といった国の制度の強固さが必要である。

二つ目のプロセスは「革新的で倫理的な経済」である。革新的な経済とは、人々のウェルビーイング向上に貢献し、生産と消費の持続可能性を高める製品やサービスを提供する経済を指す。倫理的な経済とは、人々のウェルビーイングを向上させるために必要な財やサービスを提供するためのサプライチェーンと、生産と消費のバリューチェーンの双方で倫理的な状態が保たれていることを指す。

三つ目のプロセスは「脆弱性からレジリエンスへ」である。脆弱性とは物理的、社会的、経済的、環境的な要因から、個人やコミュニティ、社会システムがストレスやショックに曝され易い状態を指す。一方、レジリエンスとは、社会システムなどがショックに曝された場合でも、リスク管理や基本構造の強化等により、ショックを吸収し、回復する能力を指す。

(3)Beyond GDPにおける指標はどうなるのか

Beyond GDPの枠組みは以上のようなものであるが、具体的にどのような指標となるかは国連で検討されている。求められるポイントはいくつか示されているので、以下に記載する。

ア.ダッシュボード形式

ウェルビーイング(現世代のウェルビーイングを測定)、サステナビリティ(将来世代のウェルビーイングを測定)、DE&I(ウェルビーイングの分配)を表す複数の指標からなるダッシュボードを構築する。例えば、SDGsは大規模ダッシュボードの一例となる。

イ.複合指標の開発

ダッシュボードはBeyond GDPの多面的な状況を把握するために便利であるが、GDPのように一つに要約された複合指標も人々の理解を促進するために必要とされる。

ウ.計算体系の開発

GDPの算出に当たっては国民経済計算システム(SNA)という国の経済の全体像を国際比較可能な形で体系的に記録することを目的とした仕組みが整備されている。

Beyond GDPにおいても、人類と環境のウェルビーイングを算出するための計算体系を整備することが提案されている。

エ.フローとストックの考慮

Beyond GDP指標では、現在のフローを表す指標だけではなく、将来への影響を表すストックの指標も考慮することが求められている。例えば、経済資本や人的資本、自然資本といったストック指標と、消費や投資に関するフロー指標を同時に評価することで、経済成長が自然資本ストックに与える影響や教育投資が人的資本に与える影響を評価することが可能になる。

3. Beyond GDP枠組みに関する今後の展望

国連は2025年までにウェルビーイング、サステナビリティ、DE&Iの基準としてBeyond GDP枠組みを位置づけるための政治的な挑戦を提案している。

関連してBeyond GDP枠組みについて、現時点で示されている今後のスケジュールについて確認する(資料2)。

2022~23年は24年の国連未来サミットに向けて、非公式協議が行われている。Beyond GDP枠組みについて議論し、すべての人のウェルビーイング向上、サステナビリティ、DE&Iの実現に向けた機会と課題を特定することが目指される。

2024年9月に予定される国連の未来サミットに向けて、Beyond GDPの枠組みについて、共通のビジョンと具体的な目標を設定することが目指されている。また、サミットの場ではすべての人、あらゆる場所で(DE&I)、現在だけではなく将来も(サステナビリティ)ウェルビーイングを実現するという政策的枠組みに加盟国がコミットすることが目標である。

2024~25年の期間は未来サミットのコミットを受け、国や地域、国際機関など利害関係者を巻き込み、アジェンダを推進していく。

2025年以降はBeyond GDP指標の進捗状況を毎年モニターし、必要な措置を講じる年次総括を行う。また、3~5年ごとにBeyond GDP枠組みの目標やターゲット水準について優先順位を見直して是正措置を講じるためのレビューを実施する。

資料2
資料2

国連では、来年9月の国連未来サミットに向けてBeyond GDPの枠組みを現実化する動きが続く。日本としても積極的に枠組み作りの議論に加わっていくべきと考える。その際には、村上(2022)「世界も注目を始めた東アジアの幸福観」でも指摘したが、「幸福度については日本を含む東アジア圏では中間的な回答が好まれ、結果として低い数値の出る傾向」が指摘されている。京大の内田教授が提唱する協調的幸福感尺度(注5)のように、日本を含む東アジアの価値観がBeyond GDP枠組みに反映するよう、日本発の研究・提言の重要性が高まっている。

以 上

【注釈】

  1. 国連創立75周年記念宣言とは、2020年9月21日に国連総会で採択された、国際社会が直面する様々な課題に対処するために国際協調を強化するという内容の宣言である。概要は外務省HP(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100095309.pdf)を参照。
  2. 「世界幸福度報告」とは、国連の持続可能開発ソリューションネットワークが毎年3月に発行する幸福度調査に関するレポートである。このレポートでは、世界の約150カ国の人々に「最近の自分の生活にどれくらい満足しているか」を0から10の11段階で答えてもらい、その平均値で国ごとの幸福度をランキング化している。また、幸福度に影響を与えると考えられる6つの要因(一人当たりGDP、社会的支援、健康寿命、人生の選択の自由度、寛容さ、腐敗の少なさ)と幸福度の関係についても分析している。
  3. 「より良い生活指標」とは、OECDが発行する、幸福度を測定するための指標である。この指標では、住宅、所得、雇用、社会的つながり、教育、環境、市民参画、健康、主観的幸福、安全、ワークライフバランスという11の分野で、40カ国の豊かさを比較できる。
  4. DE&Iとは、多様な人材が働く組織の中で、それぞれの人に合った対応をすることで、誰もが能力を発揮し、活躍できる状態を目指す考え方を指す。
  5. 協調的幸福感尺度とは、平凡だが安定した日々を過ごしているか、他者との調和的な幸せや他者を幸せにしているか、といった質問群で構成される協調的な幸福感を測る指標。内田(2020)を参照。

【参考文献】

  • United Nations (2021) “Our Common Agenda”
  • United Nations (2023) “Valuing What Counts: Framework to Progress Beyond Gross Domestic Product”
  • United Nations System (2022) “Valuing What Counts – United Nations System-wide Contribution on Progress Beyond Gross Domestic Product (GDP)”
  • 内田由紀子「これからの幸福について 文化的幸福感のすすめ」(2020年5月)
  • 鈴木寛(2023)「日本をBeyond GDP先進国へ~ひとり一人が自らの意思で自身のキャリアや生き方を選択できる日本~」『日経Well-being Initiative社会指標委員会(2023年9月12日)』
  • 第一生命経済研究所(2023)「ウェルビーイングを実現するライフデザイン」『ライフデザイン白書2024』
  • 村上隆晃「世界も注目を始めた東アジアの幸福観~「世界幸福度報告」2022年版より~」(2022年5月)
    (https://www.dlri.co.jp/report/ld/187830.html)
  • 村上隆晃「日本のウェルビーイング向上には賃上げも重要~「世界幸福度報告」2023年版より~」(2023年5月)
    (https://www.dlri.co.jp/report/ld/250745.html)
  • 村上隆晃「【1分解説】国連未来サミットとは?」(2023年6月)
    (https://www.dlri.co.jp/report/ld/253572.html)

村上 隆晃


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

村上 隆晃

むらかみ たかあき

総合調査部 研究理事
専⾨分野: CX・マーケティング、well-being

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