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経済力から紐解くパリ五輪の金メダル予想、日本は16個?

~総メダル数は47、世界のパワー・バランスは西側優勢か?(番外編)~

石附 賢実

要旨
  • 本シリーズにおいて、経済力や防衛力など引き続き西側優勢のパワー・バランスを紹介してきた。今回は番外編として覇権争いの縮図ともいえるオリンピックを取り上げる。実際、メダル獲得状況はGDPのパワー・バランスとかなり重なる。
  • 東京オリンピック(2021、以降開催都市名は当該オリンピックを指す)のメダル数シェア(上位25か国)と、経済力を示すGDPシェア(名目米ドル、2020)との間には強い相関が認められる(相関係数0.8524)。
  • 経済力との相対感でメダル数が上振れている主要国は日本、英国、オーストラリア、ロシア。日本は「開催国プレミアム」、オーストラリアは種目数の多い競泳一競技でメダル数を稼いでいる。英国は多くのスポーツ・ルールの発祥の地であるととともにパクス・ブリタニカの系譜を持ち、ロシアは冷戦時代の東側陣営の盟主であり、いずれも国民のスポーツ文化への理解が深いと考えられる。
  • パリにおけるメダル数を経済力から紐解く。上記東京のメダル数シェアとGDPシェアの相関を導き出した単回帰式に2023年GDPデータを投入し「パリのメダル数」を計算すると、日本は東京の58個から36個程度にまで減少する。
  • 日本には夏冬4度の五輪開催、直近の東京開催に裏付けられたレガシーがある。「開催国プレミアム」は完全に消滅せずに、経済力以上の成果を出せると思われる。ここでは58と36の中間をとって総メダル数を47個とする。
  • 日本の場合、メダルの色にも「開催国プレミアム」が存在する。東京では58個のメダルのうち、金が46.6%の27個。逆にその直前の2大会、ロンドンやリオデジャネイロでは「内弁慶ディスカウント」の様相だ。リオの金メダル率は29.3%、ロンドンは18.4%である。仮にパリにおいて3分の1が金となれば、その数は16個程度となる。ロンドン並みの「内弁慶ディスカウント」が働けば一桁に沈む可能性も。
  • オリンピックは国単位で争う以上、紛れもなく国家間の競争である。国が全面バックアップしている場合も少なくない。国民のスポーツ文化への理解と経済的余裕が重なって、プロスポーツやアマチュアスポーツが発展する。だからこそ経済力がメダル数に効いてくる。来年夏の答え合わせが楽しみだ。
目次

1.はじめに~オリンピックは世界のパワー・バランスの縮図

本シリーズにおいて、経済力や防衛力など、引き続き西側優勢のパワー・バランスを紹介してきた。今回は番外編としてオリンピックを取り上げる。

番外編とはいえ、私自身は大真面目に執筆している。古くは1936年のベルリン大会におけるナチスのプロパガンダとしての聖火リレーやドキュメンタリー映画制作に代表されるように、これまでもオリンピックは国威発揚に利用されてきた。冷戦期のソ連・東ドイツの強さは特筆されるし、1980年モスクワ大会、1984年ロサンゼルス大会は東西それぞれの陣営の一部が交互にボイコットした。2014年のロシア・ソチ冬季オリンピックではロシアの国家ぐるみのドーピングが指摘され、その後ロシアは国家としてオリンピックに参加できていない。オリンピックは、世界のパワー・バランスを巡る覇権争いの縮図ともいえる(資料1、注1)。実際、東京オリンピック(2021、以降開催都市名は当該オリンピックを指す)における①西側(EU・OECD諸国)、②中露、③その他(グローバル・サウスのイメージ)のメダル獲得割合はそれぞれ63.0%、15.4%、21.7%であり、本シリーズで前稿までにみてきた西側優勢のGDPのパワー・バランス「6:2:2」のイメージとかなり重なる。

資料1 夏季オリンピックメダル獲得上位10か国・チームの推移(第二次大戦後)

(出所)第一生命経済研究所作成、Created with flourish studio ( https://flourish.studio)

2.GDPとメダル数の相関はかなり強い

石附(2021)において、東京のメダル数シェア(上位25か国)と、経済力を示すGDPシェア(名目米ドル、2020)との間には強い相関が認められることを指摘した。あらためて直近のIMFデータを用いて再検証する(資料2)。

図表1
図表1

東京における相関係数は0.8524と強い相関が認められる(注2)。特に米・中・独・仏はほぼ回帰直線に乗っている。

なお、2016年開催のリオデジャネイロ(リオ)のメダル数シェアとGDPシェア(同、2015)で計算すると相関係数は0.9076とさらに上昇する(リオのグラフは注3を参照)。ただし、東京と比してメダル・GDPともに米国1強の様相がさらに強く、相関係数が高く出やすい。米国を統計的外れ値として除外すると0.7819と下がるものの、引き続き強い相関は認められる。

3.東京オリンピックでメダル数が経済力から上振れている日本、英国、オーストラリア、ロシア

東京について、経済力との相対感でメダル数が上振れている、即ち資料2の回帰直線(点線)から上振れている主要国(メダル数上位6か国)は日本、英国、オーストラリア、ロシアである。日本はリオの41個から58個へとその数を大きく伸ばしており、開催国のアドバンテージ、即ち上振れ分を「開催国プレミアム」とみるのが自然であろう。実際、2016年のリオでは日本は回帰直線上に綺麗に乗っていた(注3)。オーストラリアは泳法と距離の掛け算で種目数の多い競泳が強く、その一競技で多くを稼いでいる特異な事例である。英国は多くのスポーツの発祥とともにそのルールを確立してきたスポーツ大国であり、日本では馴染みが薄いがパクス・ブリタニカの名残ともいえる英連邦のスポーツ大会「コモンウェルスゲームズ」も4年毎に開催されている。ロシアは冷戦時代の東側陣営の盟主という大国の系譜を持ち、受け継がれてきた経験や指導者層・選手層の厚みとともに、2014年冬季ソチにおける組織ぐるみのドーピングにみられるように、継続して国威発揚のためにスポーツに力を入れてきたといえるだろう。

4.メダルまでのパス

石附(2021)にて経済力からメダル獲得に至るまでのパスを検討したが、民主主義的な国家に主眼を置いて再構成した(資料3)。例えばメダル獲得に沸いて国民のスポーツへの理解が深まった場合に、「経済力」と「民意」が政府のスポーツ予算、民間部門のスポーツ関連支出に影響を及ぼしていく。国家のスポーツ予算は選挙を通じた間接的な民意の影響を受け、当然ながら社会保障費や防衛費など他の予算とのバランスをとることとなるが、経済力が大きければ予算を振り向ける余力も大きくなる。同様に民間部門でも、スポーツ文化への理解と経済的余裕が重なってプロスポーツ・アマチュアスポーツが発展する。日本の特徴として企業スポーツが相当な数のオリンピック選手を輩出している。

一方で、権威主義的な国家の場合、経済力は同様に重要なファクターと思われるが、予算について民意を気にせずに経済力に見合わない「背伸び」をする余地が大きいであろう。国家の正当性や内政から目を反らす目的で、オリンピックによる国威発揚を利用する動機もより大きいと思われる。

図表2
図表2

5.パリにおける日本の金メダルは16個?

(1)経済力から紐解くパリでのメダル数

ここで、パリにおける日本のメダル数の見通しについて考えてみたい。東京でのメダル数シェアとGDPシェア(名目米ドル、2020)から導き出された資料2の単回帰式(y=0.3722x+0.0191)を使用する。説明変数としてアップデートしたGDPシェア(2023見通し、IMF(2023))を投入し、被説明変数のメダル数(2024)シェアを算出し、そこから「経済力から導き出されるパリのメダル数」を計算する(注4)。これは、資料2の回帰直線からの日本の上振れ分「開催国プレミアム」を消滅させ、さらに3年間のGDPシェア減少分(5.9%から4.1%)を反映させることを意味する。この場合、パリにおける日本のメダル数は東京の58個から36個程度にまで減少することになる。

(2)メダル獲得までのパスを念頭に調整~東京での「開催国プレミアム」の残存

ここで回帰式から導き出された「36個」の先のパスを考えたい。この作業は資料3のパスを念頭に筆者の感覚に依拠することをあらかじめお断りする。日本には夏冬4度のオリンピック開催、特に直近の東京開催に裏付けられた国民の理解、スポーツ文化の浸透、選手層・指導者層の厚みなどのレガシーがある。これらを活かせれば、「開催国プレミアム」は完全に消滅せずに、経済力以上の成果を出すことも可能であろう。つまり、58と36の間のどこかに落ち着くとみる。ここでは仮にその中間をとって総メダル数を47個とする。

(3)リオ・ロンドンの「内弁慶ディスカウント」がなければ日本の金メダルは16個?

ここまではメダル総数、即ち金・銀・銅メダルの総数の議論である。日本の場合、メダルの色にも「開催国プレミアム」が存在するようにみえる(資料4)。東京では58個のメダルのうち、金が46.6%の27個であった。逆にその直前の2大会、ロンドンやリオでは金・銀と比して銅が多い「内弁慶ディスカウント」(注5)の様相だ。リオでは金メダル率は29.3%、ロンドンにいたっては18.4%である。仮にパリにおいてメダルの色に係る「開催国プレミアム」も「内弁慶ディスカウント」もなく3分の1が金となれば、その数は16個程度となる。もしロンドン並みの「内弁慶ディスカウント」が働けば一桁に沈む可能性もある。

図表3
図表3

6.おわりに

本レポートのここまでの議論は、日本代表のチームやアスリートの最近の戦績などを捨象した極めて乱暴な議論である一方で、東京におけるGDPとメダル数の相関係数に鑑みるに、まるで見当はずれの議論とも思わない。オリンピックは国単位で争う以上、紛れもなく国家間の競争である。権威主義的とされる国のみならず、民主主義的な国でも多額のスポーツ関連予算を計上するなど国が全面バックアップしている場合も少なくない。国民のスポーツ文化への理解と経済的余裕が重なって、プロスポーツやアマチュアスポーツが発展する。だからこそ国力の源泉たる経済力がメダル数に効いてくる。来年夏の答え合わせが楽しみだ。

以 上

【注釈】

  1. Unified Teamは1992年のオリンピックで組成された旧ソ連構成国の統合チーム。ROCはロシアオリンピック委員会。パワー・バランスの縮図的な要素は夏季オリンピックにおいて強い。冬季オリンピックは気候の制約が大きく、総じてOECD諸国をはじめとした先進国が強いとはいえるものの、経済規模以上に北欧・欧州・ロシアが強い(石附(2022))。

  2. 相関係数とは2変数間の関係の強さを表現する指標で、1から-1の間の数値を取る。1に近いほど正の相関が強く、0.7を超えると相関が強いとされる。-1に近いほど負の相関が強く、ゼロは無相関となる。

  3. GDPシェア(名目米ドル、2015)とリオオリンピック(2016)メダル数シェア

図表4
図表4

  1. 東京は339種目で1080個のメダルが授与された。柔道等、銅メダルが2つ与えられる競技も存在することから、金・銀と比して銅が63個多くなっている。パリは10種目減となっており、総メダル数は30減の1050個と仮定して、メダル数を算出した。

  2. 「内弁慶」とは家のなかでは強がっているが外では意気地のないことを指し、本稿では「アウェーに弱い」という趣旨で使用している。日本のプロ野球では2003年の阪神タイガース対ソフトバンクホークスの日本シリーズが「内弁慶シリーズ」と称されており、史上初めて7戦全試合においてホームチームが勝利した。

【参考文献】

  • 石附賢実(2021)「オリンピックと国威発揚、メダル数と経済力の深い関係~データで見る国際秩序(4)~」(https://www.dlri.co.jp/report/ld/161925.html

  • 石附賢実(2022)「冬季オリンピックは西側OECD諸国が席巻~メダル獲得には気候・スポーツ文化・資金力を兼ね備える必要~」
    https://www.dlri.co.jp/report/ld/185626.html

  • 石附賢実(2023)「世界のパワー・バランスは西側優勢?~時間は中国に不利に働く、西側は繁栄・協調・高潔性を示し続けられるか~」
    https://www.dlri.co.jp/report/ld/265593.html

  • IMF (2023) “World Economic Outlook Database Oct.2023”

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。