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世界のパワー・バランスは西側優勢?(2)

~衝撃的な日本の絵姿:世界のパワー・ダイナミクスに日本の「補助線」を引く~

石附 賢実

要旨
  • 前編にて経済力、軍事力、アカデミア、人口の客観的データで世界のパワー・バランスを概観した。人口以外は西側のシェアが大きく、人口動態から時間は中国に不利に働くことを指摘し、西側の「現状維持」努力がかかせないことを確認した。本編では前編のパワー・ダイナミクスに日本の「補助線」を加えていく。
  • GDPの西側のシェアは2000年の7割超から落ちてはいるものの、G7(EU含む)で過半の水準となっている(2022年、51.4%)。日本についてみると、2000年当時の14.6%から2022年には4.2%とその存在感は大幅に後退している。
  • 軍事費の世界シェアをみるとG7(EU含む)で57.9%と西側優勢である。日本は2000年の6.1%(2位)から2022年は2.1%(10位)とGDP同様に大幅にシェアを落としている。
  • 引用数上位10%論文の世界シェアは、主要な西側諸国で49.3%とその存在感は大きい。日本は1999-2001年の6.0%から2019-2021年には2.0%まで落ちている。
  • 人口に注目すると日本は中国より減少スピードが速く、2022年を100とした場合に2050年には83.7と大幅に減少する(中国は92.1、国連中位推計)。人口動態から時間が不利に働くのは中国よりも日本である。
  • 日本の相対的なパワーの減退を食い止めるには、人口と経済に対する抜本的な施策が必要だ。当座の負の趨勢を和らげるには生産性を上げる、即ちイノベーションが欠かせない。これらに資するあらゆる施策を総動員する必要がある。
  • 悪化した安全保障環境の下で、日本は防衛力について以前にも増して真剣に考えなければならない。防衛費のGDP比2%水準への増額の意思表示は重要であるものの、2%達成後に経済成長が伴わなければ防衛力はいずれ相対劣後していく。
  • 暴力の支配を否定し法の支配を追求する、グローバル・サウスを振り向かせる、即ち外交にもパワーが不可欠である。兎にも角にも人口、経済、科学技術、そしてこれらの基盤の上に防衛力を構築することなくして、国際社会における日本の存在感を維持することは難しいであろう。
目次

1. はじめに

前編にて経済力、軍事力、アカデミア、人口の客観的データで世界のパワー・バランスを概観した。人口以外は西側のシェアが大きく、人口動態から時間は中国に不利に働くことを指摘し、西側の「現状維持」努力がかかせないことを確認した。本編では、前編のパワー・ダイナミクスに日本の「補助線」を加えていく。なお、本編のみでも理解できるよう、前編との重複がある点はご容赦いただきたい。

2. GDPのパワー・バランスは6:2:2~日本のシェアは14.6%から4.2%に

資料1は名目GDPの世界シェアの推移である。前編から日本の推移を加えた。中国は2000年の4.0%から2022年には18.4%まで拡大しており、明らかな台頭が認められる。他方で、西側のシェアは落ちているとはいえ、G7(EU含む)で51.4%、自由や民主主義といった西側の価値観を共有する先進国の集まりであるOECD加盟国を含めると60%を維持している。西側、中露、グローバル・サウスは6:2:2のイメージである。

日本についてみると、2000年の14.6%から2022年には4.2%とその存在感は大幅に後退している。2000年には中国の3倍以上の経済規模を誇ったが、現在は4分の1以下である。

資料1 GDP 世界シェアの推移(名目US$)
資料1 GDP 世界シェアの推移(名目US$)

3. 軍事力は米国強し~日本のシェアは6.1%から2.1%まで後退

ここでは軍事力を軍事費で概観する(資料2)。前編でみてきた通り、2022年は米国一強の39.7%、G7(EU含む)で57.9%とGDP以上に西側優勢の状況である。中国のシェアは13.2%とGDPと比較して控え目な水準ともいえ、実際に最近ではGDP比1.7%前後で推移している(公表値ベース、留意点は前編参照)。

軍事の世界では引き続き米国の存在感が圧倒的に大きく、全体として西側優勢の状況が維持されているといえよう。他方で、日本は日米同盟の下で長らく防衛費をGDP比1%前後に据え置いており、経済の停滞と比例する形で、世界シェアを落としている。2000年にはシェア6.1%と世界第2位を誇っていたが、2022年は2.1%で10位と韓国の後塵を拝している。

資料2 軍事費世界シェアの推移(名目US$)
資料2 軍事費世界シェアの推移(名目US$)

4. アカデミアは米国の多様性と包摂性の維持がカギ~日本のシェアは6.0%から2.0%に

続いて先端技術やイノベーションに繋がる「知のパワー・バランス」を概観するために、アカデミアから引用数上位10%論文の世界シェアの推移をみてみる(資料3)。こちらも西側のシェア下落と中国の台頭という図式は変わらず、米中2か国に着目すると直近では逆転しており中国が国別トップに立っている。

主要な西側諸国を含めた数字を集計すると、直近2019-2021年で49.8%となっており、引き続き西側の大学の存在感が大きい状況といえる。今後の趨勢を占う上で、中国は国内統制が強まるなかでイノベーティブな学術環境を引き続き保てるのか。また米国では世界中から優秀な人材を惹きつけてきた多様性や包摂性が維持できるのかがカギを握る。他方で日本に目を向けると、同論文シェアは1999-2001年の6.0%(4位)から2019-2021年には2.0%(13位)まで下落している。高等教育の底上げ、研究環境の改善は待った無しの状況といえよう。

資料3 引用数上位10% 論文の世界シェア推移(分数法)
資料3 引用数上位10% 論文の世界シェア推移(分数法)

5. 人口動態、時間は中国に不利に働く ~日本にはより不利に働く

人口は国力を左右する重要な指標である。昨今では単なる労働力としてのみならず、イノベーションや付加価値を産みだす源泉との認識とともに「人的資本」との言葉も定着しつつある。指標の特性として、将来推計が比較的容易なことが挙げられ、ここでも国連の中位推計を概観する。

2022年時点では中国、インドと並んで、G7・EU・OECD加盟国を足し合わせた西側の人口がそれぞれ14億人超で偶然にもほぼ同水準となっている。G7(EU含む)でも10億人であり、西側とされる国々の人口も意外と多い状況にある。他方で世界人口79億人のうち西側は14億人ということで、人口でみれば民主主義陣営はマイノリティである。詳しくは前編を参照されたい。

将来のパワー・バランスへの人口の影響を把握するには、その変化率をみることが有用であろう(資料4)。ここで目を引くのはインドである。既に14億人を擁する人口大国でありながら若者も多く、当面、かなり堅調に増加する。他方で中国は同じ14億人を擁しながらも既に減少局面に突入している。中国の一人当たりGDP(2022年)は12,814ドルとG7(7か国のみ)単純平均の47,958ドルとはかなり距離があるなかでの人口減少局面である(IMF(2023))。一方の米国は先進国でありながら、引き続き堅調に増加する。つまり、米国や西側との力関係において、時間は中国に不利に働くこととなる。

ここで日本をみると、中国より減少スピードは速く、2022年を100とした場合に2050年には83.7と大幅に減少する(中国は92.1)。日本には中国以上に時間が不利に働くこととなる。

資料4 人口推計(2022 年=100 、各年7 月1 日時点)
資料4 人口推計(2022 年=100 、各年7 月1 日時点)

6. 人口、経済、科学技術に資する施策を~軍事力も経済力が源泉

ここまでみてきた通り、経済力、軍事力、アカデミアにおいて、明らかな中国の台頭が認められるものの、米国、あるいはG7、EU、OECDといった西側の価値観を共有する国々の存在感は引き続きかなり大きい。パワー・バランス的には西側が過半を占める指標が多く、西側も捨てたものではない。他方でその西側の一員である日本の状況はかなり厳しいといわざるを得ない。

日本の相対的なパワーの減退を食い止めるには、人口と経済に対する抜本的な施策が必要だ。特に人口はすぐに反転させることが難しいなかで、当座の負の趨勢を和らげるには生産性を上げる、即ちイノベーションが欠かせないが、論文数など科学技術に係る指標も芳しくない。高等教育、研究開発環境の整備、起業の支援、労働移動を含む労働市場改革など、イノベーションや生産性に資するあらゆる施策を少子化対策と並行して総動員する必要がある。併せて、相対的に落ちているパワーを補うためにも同盟国・同志国との連携が欠かせないであろう。

そして、ロシアのウクライナ侵略を受けて、我々は力による現状変更の試みを目の当たりにしているなか、防衛力の重要性を無視するわけにはいかない。台湾情勢も緊迫の度合いを増し、北朝鮮のミサイル発射も常態化している。中露朝に囲まれた日本は、根源的かつクリティカルなパワーゲームともいえる防衛力について、以前にも増して真剣に考えなければならない状況に引きずり込まれている。日本の防衛費はGDP比1%前後で安定的に推移してきたにもかかわらず、防衛費の世界シェアが落ちているのは、経済力が軍事力の源泉であることの証左にほかならない。悪化した安全保障環境のなかで防衛費のGDP比2%水準への増額の意思表示は重要であるものの、2%達成後に経済成長が伴わなければ防衛力はいずれ相対劣後していく。

混沌とした国際情勢の下で、国家間のパワーは相対的に定義され、そのバランスは常に変動する。暴力の支配を否定し、法の支配を追求するにもパワーが不可欠である。そしてグローバル・サウスを振り向かせる、即ち外交もパワーがなければ相手にされない。兎にも角にも人口、経済、科学技術、そしてこれらの基盤の上に防衛力を構築することなくして、国際社会における日本の存在感を維持することは難しいであろう。

以 上

【参考文献等】

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

石附 賢実

いしづき ますみ

取締役 総合調査部長
専⾨分野: 経済外交、安全保障

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