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虹彩暗号資産の衝撃

~虹彩認証すると暗号資産を定期的にもらえる世界~

柏村 祐

目次

1.虹彩認証と暗号資産

眼球の瞳孔の周りの部分を虹彩といい、その色や模様は指紋のように一人ひとり異なっている。この特性を用いた生体認証技術が「虹彩認証」である。これにより、個人の虹彩のパターンをスキャン・認証することで個人を特定することができる。

インドでは、この虹彩認証が国家プロジェクトとして導入され、アドハーという身分証明システムの中核をなしている。アドハーは、インド国民の生体認証情報を収集・管理することで、国民一人ひとりを確実に特定し、公共サービスの提供を効率化している。たとえば、国民の社会保障や医療サービスの利用、銀行口座の開設等のプロセスを単純化し、国内の行政サービスを大幅に効率化している。

近年、虹彩認証に基づく新しい暗号資産が登場し、セキュリティと利便性の両立が実現している。この虹彩暗号資産は、虹彩認証を通じてユーザーに暗号資産を安全に付与するという、最新テクノロジーを利用した新しいタイプの暗号資産である。このシステムでは、ユーザーが虹彩認証を成功させると、暗号資産を受け取ることができる。この虹彩暗号資産は、ブロックチェーン技術を基盤とし、取引の透明性とセキュリティを確保している(注1)。

本稿では、この虹彩暗号資産の仕組みを概観するとともに、その可能性と社会的影響について論じる。

2.虹彩暗号資産の実態

虹彩暗号資産は、利用者が自身の虹彩情報を提供することによって、定期的に暗号資産を獲得できる革新的なシステムである。このシステムは、一人ひとり異なる虹彩のユニークなパターンに基づいて構築されており、一人が複数回登録することは不可能である。これにより、登録者の特定と強固なセキュリティ確保が行われ、個人のプライバシーや資産が守られる。虹彩情報は、他の生体認証情報と同様、個人を特定するための重要なデータであり、これを暗号資産と結びつけることで、新たな価値創出が期待される。虹彩暗号資産のシステムでは、自分自身の虹彩を登録して、AIなどではなく人間であることを証明する必要がある。この仕組みにより、人々は定期的に暗号資産を受け取ることができる。2023年9月下旬時点で、この虹彩暗号資産は、34カ国の約230万人に対して、合計で3,000万トークンを配布している(図表1)。

図表 1 虹彩暗号資産の普及概要
図表 1 虹彩暗号資産の普及概要

ここからは実際の虹彩暗号資産を受領する手順を確認してみよう。はじめに専用のアプリケーションをスマートフォンにインストールし、自分専用の暗号資産ウォレットを準備する必要がある。ソフトウェアのダウンロードとインストールは他のアプリと同様であり、日常的にスマートフォンを利用している人であれば問題なく行える。

次に、自分自身の虹彩情報を虹彩認識機器で認識する必要がある。筆者は、東京の虹彩認識機器がある場所で自分の虹彩を数秒で読み込ませる作業を行った(図表2)。

図表 2 虹彩認識機器
図表 2 虹彩認識機器

その後、アプリ上に虹彩暗号資産の配布日程が表示されるので、指定の日時にアプリを操作すれば、暗号資産を受け取ることができる。図表3では、実際に虹彩認証を実施した9月1日に1トークン、その後9月2日に3トークン、9月11日に3トークンを受領、今後受け取る日付として9月25日と記載されている。2023年9月下旬時点における受領した10トークンの価値は、ドル換算で16.53ドルと表示された。また、付与された虹彩暗号資産は、ビットコインやイーサリアムと同様にアプリ上で世界中に送信したり、他の暗号資産に交換することできる。

図表 3 筆者が実際に受け取った虹彩暗号資産
図表 3 筆者が実際に受け取った虹彩暗号資産

以上みてきたように、スマートフォンにアプリをインストールし、自分自身が人間であることを専用機器による虹彩登録で証明すれば、世界中の誰もが虹彩暗号資産を受け取れる仕組みを実現している。

3.虹彩暗号資産の可能性

近年、暗号資産というグローバルな資産の普及と技術の進化を背景に、それを活用したさまざまな仕組みが登場している。今回紹介した虹彩認証と暗号資産を組み合わせた虹彩暗号資産は特に注目される。これは、国や地域を超えてグローバルに展開可能で、多くの人々に利益をもたらす可能性がある。1つの大きなメリットとして、特に難民や低所得層、銀行口座を持たない人々が多い地域での活用が考えられる。これらの人々は、従来の金融インフラから疎外され、経済的な利益を享受する手段が限られていた。しかし、この虹彩認証を利用することで、身分証明が困難な難民や銀行口座のない人々も虹彩暗号資産を受け取れるようになった。

しかし、この仕組みにもデメリットや課題が存在する。最も大きな課題は、自分自身の虹彩を登録する必要がある点である。虹彩情報は個人のプライバシーに関わる非常にセンシティブな情報であり、これをデータベースに保存することにはリスクが伴う。たとえば情報が漏洩した場合、知らないうちに自分の意図に反する不正な取引が行われるなど、悪意のある第三者に情報を利用されるおそれがある。そのため、虹彩情報の管理と保護には最大限の注意と厳重なセキュリティ対策が必要であり、そのため、安全なデータ管理やセキュリティの確保が求められる。加えて、一部の地域や人々は技術的なハードルや虹彩認証に抵抗感をもつ可能性もある。以上の点を考慮すると、虹彩認証と暗号資産を組み合わせた新しい仕組みは、金融アクセスの平等化や経済発展といった機会を提供する一方で、その実施には慎重な準備や配慮が必要であるといえる。

従来、暗号資産の取引には専門知識を必要としていたが、虹彩暗号資産の登場により、一般の人々も容易にアクセス・利用できるようになった。これは、世界中の人々に金融サービスへの平等なアクセスを実現し、社会全体の経済的な公正をもたらす可能性がある。特に、従来の金融インフラが不足している開発途上国において、金融の普及を促進し、経済発展の新しい道を開くことに繋がるのではないか。

イノベーションを生むためには、従来の常識や枠組みに捉われない自由な発想と創意工夫が必要である。従来の金融システムや法律、文化、技術の枠組みにとらわれず、新しい価値や解決策を模索し、創出することが求められる。虹彩暗号資産のような新しいテクノロジーの登場は、これまでの常識や限界を打破し、未来の金融システムや社会の発展に多大な影響を与える可能性がある。長期的にみれば、多くの人々がそれまで享受できなかった機会や利益を得ることで、より公正で平等な社会をもたらすことにも繋がるのではないだろうか。


【注釈】

  1. ブロックチェーン技術とは、データを「ブロック」と呼ばれる単位に分け、これらを連鎖させて管理するシステムである。各ブロックには取引の記録がタイムスタンプと共に格納され、一度記録されたデータは改ざんが非常に困難となる。これにより、取引の透明性とセキュリティが確保されており、データの信頼性が向上する。ブロックチェーンは分散型の技術であり、中央の管理者が不要で、各参加者が等しくデータを管理・確認できる。このような技術の組み合わせにより、ユーザーは便利で安全な暗号資産を手に入れ、利用することができる。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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