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ノルウェー健康ポータル「ヘルスノルゲ」の衝撃

~日本におけるヘルスノルゲの取り入れ方と示唆~

柏村 祐

目次

1.「ヘルスノルゲ」の普及とノルウェーの医療制度

ノルウェーは、医療制度の先進国として広く知られている。近年、医療情報のデジタルトランスフォーメーション(DX)が大きな進展を遂げ、国全体のICT技術普及と医療関係者や患者のデジタル技術の活用が浸透している。ノルウェーの医療機関は患者の医療情報の電子化を進め、集約された情報をデータベース化している。このシステムにより、患者は自身の健康情報に簡単にアクセスでき、医師や看護師も情報を速やかに共有して診断や治療に活用できる。

ノルウェー政府は、DX推進に関する資金を計画的に配分し、国民すべてが医療情報の電子化の利点を享受できる環境を構築している。その結果、ノルウェーは医療情報活用に関するDXのロールモデルとして、全世界から注目されている。

2.健康ポータル「ヘルスノルゲ」の実態

ノルウェーでは、国民と医療機関間の効率的なコミュニケーションを実現する健康ポータル、Helsenorge.no(通称ヘルスノルゲ)が広く利用されている。2011年に立ち上げられたヘルスノルゲは、ノルウェーの公式eヘルスポータルで、国民が健康情報にアクセスしたり健康サービスを活用するための主要なプラットフォームとして位置づけられている。

2011年のサービス開始時にはわずか28回のアクセスしか記録されなかったが、2021年には約90.9百万回のログインが行われた(図表1)。2022年のヘルスノルゲのユーザー数は520万人に達し、これはノルウェーの総人口の約90%を占めている(注1)(注2)。

図表1 ヘルスノルゲのログイン数の推移
図表1 ヘルスノルゲのログイン数の推移

ヘルスノルゲの目的は、健康サービスへより簡単にアクセスする手段を患者やその家族に提供し、健康維持・向上を支援することにある。ヘルスノルゲでは、多岐にわたる自身の健康情報を閲覧・編集することができる。ヘルスノルゲのサービスにログインするには、銀行や情報セキュリティ企業が提供する多様な電子認証手段を使用できる。ヘルスノルゲのサービスには個人の健康データが含まれているため、ログイン時には最高レベルのセキュリティが確保されている。提供されるサービスは、患者記録の閲覧、別の医師への変更、処方箋の確認、ワクチンの確認などである(図表2)。

図表2  ヘルスノルゲで提供されるサービス項目と概要(主要項目を抜粋)
図表2  ヘルスノルゲで提供されるサービス項目と概要(主要項目を抜粋)

以下では、ヘルスノルゲで提供されるサービス項目の中から「患者記録」、「医師の変更」、「処方箋」の3つのサービスについて詳述する。

まず、「患者記録」サービスは、病院での治療時に、関連するすべてのメモ、文書、検査結果、X線写真が記録される。これらは守秘義務の対象であり、治療を提供するために情報が必要な者だけがアクセスできる。患者記録には、診断、病気の経過、治療、検査結果に関する情報が含まれている。さらに、受け取った治療に関する情報や、後の治療に影響を与える可能性のある他の事項についても確認できる。

また、患者本人も患者記録の内容を確認することができ、理解しにくい言葉や表現の説明も受けられる。自分の患者記録を閲覧したすべての人のアクセスログも記録され、誰が情報を取得したかをヘルスノルゲ上で確認できる。

次に、「医師の変更」サービスでは、ウェブサイト上で自分の主治医を選ぶことができ、変更することも可能だ。主治医の変更は、変更が行われた翌月の初日から有効となる。1年に最大2回、主治医を変更することができる。具体的にノルウェーの首都オスロのアルナ地区で医師を検索してみたところ、45人の医師が出力された。表示された医師リストには、医師の氏名、住所、患者の定員状況、順番待ち状況が表示される。リスト上で医師の詳細情報を確認できるため、患者はこれらの情報を総合的に勘案し、主治医を選択できる。図表3赤枠の医師は、定員1,500人に対して空きがなく、89人の順番待ちが発生している。一方、図表3青枠の医師は、定員1,550人に対して161人の空きがあることがわかる。

図表3  オスロのアルナ地区で医師を検索した結果画面
図表3  オスロのアルナ地区で医師を検索した結果画面

最後に「電子処方箋」サービスは、ノルウェー全土で導入されている電子処方箋である。医師は、患者に処方箋を出す場合、その情報を中央の処方箋データベースに送信する。患者は、国内のどの薬局でも、身分証明書を持参することで処方された薬を受け取ることができる。また、他人の薬を代わりに受け取ることもでき、その際は委任状とその人の身分証明書のコピーが必要となる。2019年1月1日の規制変更以降、患者を治療している医療従事者は、処方箋を見るために患者の同意を得る必要がなくなり、その患者に発行されたすべての処方箋を閲覧することができる。薬局のスタッフも、薬局での薬の処方のために、すべての処方箋を閲覧することができる(図表4)。

図表4  Helsenorgeでの電子処方箋の仕組み
図表4  Helsenorgeでの電子処方箋の仕組み

3.ヘルスノルゲの活用にみる日本への示唆

ノルウェーのヘルスノルゲは、医療のデジタルトランスフォーメーションを成功させた典型的なモデルである。以下では、日本が参考にすべきヘルスノルゲの優れた点を述べる。

まず、医療情報の一元的管理システムの導入である。患者の情報を一元的に管理し、医師や患者が簡単にアクセスできるシステムは、情報の共有を迅速かつ効率的に行えるため、診断・治療の効率性や質を向上させる可能性が高まる。また、一元管理されたデータを利用すれば、過去の治療や薬の情報を不足なく引き出せるため、患者の安全性も向上する。

次に、DX化により患者の健康情報へのアクセスを容易にすることである。患者自身が自分の健康情報にアクセスし、それを閲覧・編集することができるシステムを構築することは、患者自身による健康管理を促進する要因となる。自分の健康状態や治療履歴を知ることで、患者は自らの健康をより意識し、健康に寄与する行動を選択しやすくなる。さらに、アクセスを容易にするために、多様な電子認証手段を導入すべきだ。多くの認証手段を提供すれば、患者が自身の情報へのアクセスを簡単・安全に行え、より多くの患者がデジタル医療を利用することができる。

最後に、電子処方箋の全国的な導入と普及である。その導入により、患者の待ち時間の短縮や薬の誤配の防止、さらには医療従事者の作業負担の軽減を期待できる。

以上のように、日本はノルウェーのヘルスノルゲの成功要因を学び、国の医療情報システムの改革を進めるべきである。医療分野でもデジタルトランスフォーメーションの波は避けられない時代となっており、日本もその流れを捉え、効率的な医療サービスの提供を目指すことが望ましい。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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