デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

電子患者記録の衝撃

~利用シーンから読み解くスイス電子患者記録の可能性~

柏村 祐

目次

1.スイスの電子患者記録(EPD)について

スイスのデジタルヘルスへの取組みは国際的にも注目されている。 デジタルヘルスとは、情報技術やデジタルデバイス、アプリ、データ分析、オンラインサービスなどデジタル技術を医療や健康管理に応用した領域を指す。その目的は、医療の効率化、健康情報のアクセス性の向上、個人の健康管理の最適化など、様々な側面での医療や健康の質の向上を図ることにある。

スイスで、その中心に位置づけられているのが「Swiss eHealth Strategy 2.0」である。そしてこの戦略の中核をなすのが、EPD(Elektronisches Patientendossier、電子患者記録)である。EPDは、患者の医療情報をデジタル化し、安全な状態で管理・共有するためのシステムで、医師や医療関係者は患者の医療履歴や診療情報にアクセスできる。さらに、患者自身も自らの健康情報を簡単に確認でき、必要に応じて他の医療機関と情報を共有することができる(図表1)。このEPDの導入と活用により、スイスの医療は高度化し、効率的なサービスが提供されている。本稿では、電子患者記録の具体的な利用シーンを紹介し、その可能性について解説する。

図表1
図表1

2.EPDの利用シーン

EPDは、患者の健康情報や医療情報を電子的に保存・管理するシステムのことを指す。これには、病院の退院報告書、在宅医療サービスの看護報告書、薬のリスト、X線所見、予防接種の記録などが含まれる。患者自身がコンピューターやスマートフォンを通じて自宅や外出先からこれらの情報を閲覧できる。EPDが使われる利用シーンは、患者に対して緊急対応が必要な場合、薬の概要把握が必要な場合、複数の疾患を確認する場合などを想定している(図表2)。

図表2
図表2

ここからは、公開されている動画のうち、図表2に掲載したEPDの利用シーンの中で「緊急時の対応」、「薬の概要把握」、「複数の疾患」にフォーカスし、EPDがどのように役立つのかを確認する。

まず、「緊急時の対応」に関しては、EPDの活用方法がEPDの公式プラットフォームの動画で示されている。ある女性が自動車事故に遭遇し、救急隊員が彼女を病院へ搬送する際、彼女のEPDが活用された。これにより、医師は彼女の既往歴やアレルギー情報を速やかに取得し、適切な治療を施すことができた。特に、ペニシリンにアレルギーをもつ彼女に別の抗生物質を投与する必要があったため、EPDの情報は彼女の命を救ったともいえる(注1)。

次に、「薬の概要把握」の動画では、ある高齢女性が関節痛の治療で薬剤師の助言を受けるシーンが描写されている。薬剤師はEPDを参照して彼女の薬の情報を確認し、イブプロフェンが彼女の現在の薬との相互作用があることを検知。代わりにパラセタモールを推奨し、それに関する情報をEPDに記録した。この事例から、EPDを使用することで薬の相互作用を避け、患者の安全性を確保できることがわかる(注2)。

さらに、「複数の疾患」では、ある男性が持続的な健康問題を抱える場面が紹介されている。各医療専門家は彼のEPDを参照して治療を進めているが、特に、在宅医療サービスのスタッフは彼の傷の治癒状態をEPDにアップロードすることで、継続的な医療情報の共有を実現している。男性も自らのEPDをオンラインで確認できるため、自分自身の健康管理に積極的に関与している(注3)。

3.日本におけるEPDの可能性

日本の医療機関では、病院の初診の際に問診票の記入が求められる。また、薬局でも同様の手続きが求められることが多く、患者に相応の労力がかかる。問診票は、患者が医師、医療従事者へ情報を伝える最初の手段であり、なぜ診察を受けにきたのか、どこの具合が悪いのかを自己申告するものである。医師や医療関係者は、問診票により患者の医療履歴を確認するが、この情報の記入と共有のプロセスは、デジタル化されていないためにあまり効率的ではない。

一方、EPDはこれを一元管理し、情報への迅速なアクセスを可能としている。患者が自身の医療情報を確認したうえで、スムーズに情報共有できるので、患者自身の健康管理が容易になり、より質の高い医療サービスが受けられる可能性が高まる。EPDの導入は、デジタル情報を活用した医療サービスの効率化を実現し、医療制度や慣習そのものを変革することにもつながる。

EPDは、患者の利便性と医療の質を向上させる有効な手段になると期待されるため、日本でも、EPDのようなシステムについて研究を進め、その導入を検討するべきではないだろうか。


【注釈】

  1. EPDHPより
    https://youtu.be/Q5NsP077_-M

  2. EPDHPより
    https://youtu.be/_K-kDjKbuBg

  3. EPDHPより
    https://youtu.be/f_1YVN_WVP8

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ