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オーストラリア「デジタルヘルス」の衝撃

~健康情報の一元化とデジタルヘルスの可能性~

柏村 祐

目次

1.オーストラリアで進む医療DX

オーストラリアにおける医療DXの取組みは、急速に進行している。

オーストラリアの医療制度は、公的医療保険制度Medicareを中心として構築されている。Medicareは、所得税やMedicare Levy(国民がMedicare制度を維持するために支払う税金)による調達資金を基に、国民全員および多くの永住者に基本的な医療サービスを提供する。公立病院での治療は無料であり、専門家の診療や一部の処方薬の費用も補償される。しかし、全てのサービスがカバーされるわけではないため、追加の医療サービスを求める市民は私的健康保険に加入することが一般的である。

オーストラリアで医療DXが進行している背景には、政府のデジタルヘルス戦略がある。オーストラリアのデジタルヘルス戦略は、医療の質を上げるための計画である。その目的は、コンピューターやスマートフォンを使って、患者や医者、病院などが情報を簡単に共有できるようにすることである。これにより、医療の手続きがスムーズになり、患者が必要なケアを迅速に受けられるようになる。また、新しい技術を使って、より良い医療サービスを提供する方法も研究されている。この計画を実行することで、オーストラリアは、今よりもっと便利で、質の高い医療提供を目指している(図表1)。

2016年に設立されたデジタルヘルス庁はこの戦略の責任所管であり、その主な役割は、革新と協力を主導することで国内のデジタルヘルスの能力を向上させることにある。デジタルヘルス庁が指揮するデジタルヘルスサービスは、全てのオーストラリア国民の要求を満たすことを目的として設計され、現代の利用しやすいヘルスケアシステムの不可欠な部分となっている。

本稿では、デジタルヘルスの基本的な内容とその構造について詳しく説明する。

図表1
図表1

2.デジタルヘルスの実態

デジタルヘルスで展開されるサービスは「私の健康記録」、「電子処方箋」、「遠隔医療」の三つに大別される。オーストラリアは既に優れた医療システムを有しているが、これらのデジタルヘルスサービス技術の導入により、健康な生活をサポートし、医療提供の質をさらに向上させている。

まず、「私の健康記録」について詳しく述べると、これは自分自身の主要な健康情報を安全に保管する場所であり、緊急時も含めて、自分自身や医療提供者がいつでもアクセス可能である。この「私の健康記録」は、2012年に規定された「My Health Records Act 2012」に基づいて運用されている(注1)。「私の健康記録」には、予防接種、病理学や診断画像の報告、処方および調剤情報、病院の退院サマリーなどの健康情報が一元化されている。健康情報が一元化されているため、必要な情報の検索が容易であり、緊急時には、医療提供者が患者の健康履歴や、重要な(あるいは必要な)情報に迅速にアクセスできる(図表2)。これにより、医療提供者は患者の状態や背景を正確に理解し、迅速かつ適切な治療を提供することができる。万が一、患者が意識を失っている場合や、自分の健康履歴を正確に伝えることができない場合に、この健康記録は非常に価値がある。また、異なる医療提供者間での情報共有もスムーズに行われる。患者自身も自身の健康情報を閲覧・管理することができるため、健康状態の理解が深まる。このシステムは医療の質の向上とコスト削減の両方を促進する。

図表2
図表2

次に、 「電子処方箋」は紙の処方箋のデジタル版であり、紙よりも安全で便利である。患者は処方箋が必要な際に電子版を受け取ることが可能である。具体的には、診察時に電子処方箋を選択すると、医師から患者の携帯に「トークン」という形で情報が送信される。このトークンを薬局で提示することで、薬を受け取ることができる(図表3)。この方法の利点としては、紙の管理の必要がなく、紛失リスクも低いこと、そして時間を節約するために、トークンを薬局に直接転送して受け取り準備を整えたり、処方された薬を自宅に配送したりすることもできる。

図表3
図表3

最後に、「遠隔医療」は、電話やビデオ通話を利用した医療提供サービスである。遠隔医療は、対面での診察が不要な場合や医者と直接会えない場合の代替手段として提供されている。このサービスを利用すると、医療提供者を訪れずに診察を受けることができる。また、遠隔医療の導入により、特に地方や遠隔地に住むオーストラリア人は、移動の時間とコストを節約することができる。2020年3月13日から2022年7月31日の間に、1億1,820万件の遠隔医療サービスが1,800万人の患者に提供され、9万5,000人以上の開業医が遠隔医療サービスを利用した(注2)。

3.健康情報の一元化とデジタルヘルスの可能性

オーストラリアにおけるデジタルヘルスの取り組みは、医療の効率化と質の向上に貢献している。健康情報の一元化や「電子処方箋」、「遠隔医療」の導入は、患者と医療提供者双方の利益をもたらしている。特に情報の迅速な共有や医療サービスへのアクセスの均等化は、オーストラリア全土での医療の格差を低減させている。

これらの成功例は、日本の医療制度改革の参考とすべきである。日本も高齢化社会を迎え、医療需要が増加する中で、効率的かつ質の高い医療サービスの提供が求められている。デジタルヘルスの導入は、医療情報の一元管理や迅速な情報共有を実現し、医療の質とアクセシビリティを向上させる可能性がある。

たとえば、「私の健康記録」のような健康情報の一元化システムを導入することで、医療情報のリアルタイム共有や情報の整合性が保たれる。これにより、診療の質が向上し、患者の治療計画や薬物治療の最適化が期待される。また、「遠隔医療」の普及により、地域間の医療サービスの格差を縮小し、地方の患者でも専門医療サービスを受けられるようになる。

オーストラリアの取り組みを参考に、日本もデジタルヘルスの導入とその普及を進めることで、医療体制の向上と持続可能性を実現することができる。このような取り組みは、現代の医療課題に対する効果的な解決策として、積極的に検討するべきである。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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