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ヘルスハブの衝撃

~シンガポールで展開される究極の健康情報ポータルとは~

柏村 祐

目次

1.シンガポール政府が取り組む健康改善

シンガポールにおいて、国民の健康増進と医療ニーズに対応する取組みが加速している。シンガポールでは、高齢化率が2030年に23.8%まで上昇すると予測されており、高齢者のケア負担が増大することから、医療ニーズへの対応は優先課題となっている(注1)。そのため、スマートネーション構想にもとづき、これらのニーズに積極的に対応するヘルスケアソリューションの開発が進められている。

シンガポールのスマートネーション構想とは、デジタル技術を活用して社会全体を変革し、より良い生活を実現する国家戦略であり、政府、経済、社会がデジタル技術を活用して、健康、交通、都市生活、政府サービス、ビジネスの変革を実現するものである。

現在、シンガポール政府は、国民が自身の健康増進と医療ニーズをより良く管理するための情報とツールを提供することに焦点を当てている。具体的な取組みの1つとして、「ヘルスハブ」と呼ばれる健康情報ポータルが挙げられる(図表1)。本稿ではヘルスハブの概要と、その仕組みについて解説する。

図表1
図表1

2.健康情報ポータル「ヘルスハブ」の実態

ヘルスハブは、シンガポール国民がオンラインポータルまたはモバイルアプリケーションを通じて簡単にアクセスできる、デジタルヘルスのための国民啓発プラットフォームである。ヘルスハブにログインするには、Singpass(シンガポール・パーソナル・アクセス・パスワード)アカウントが必要である。Singpassは、シンガポール政府によって提供されるセキュリティ認証システムで、このシステムを使用することにより、シンガポールの市民及び居住者は、政府機関のオンラインサービスに安全にアクセスすることができる。

このプラットフォームでは、自分や自分の子どものさまざまな健康情報を閲覧することができる(図表2)。閲覧が許可された場合に限られるが、自分や自分の子ども以外の人の健康情報も見ることができる。たとえば、介護が必要な人がシステム上で特定の介護者に閲覧を許可すれば、その介護者は健康情報にアクセスできる。

ヘルスハブには、ユーザーの健康管理と医療サービスの利用を支援する機能もある。たとえば、医療機関の予約手続き、医療費の支払い、薬の注文等を行うことができる。医療機関の予約はユーザーのスケジュールに合わせて調整され、健康記録はプラットフォーム上で一元管理される。医療費の請求もこのプラットフォーム上で提示され、オンラインで確認し、支払うことが可能である。さらに、服用している薬の情報も見ることができ、薬の効果や副作用についての理解を深めることができる。入院が必要となった場合には、入院情報の管理もこのサービスで行い、ユーザーは自身の入院状況を確認し、必要な手続きを進めることができる。

図表2
図表2

ヘルスハブには自分の子どもの健康に関するサービスも提供されており、子どもの医療記録や予防接種のスケジュール、学校健康調査の結果などを確認できる。歯科検診の予約やその結果の確認も可能である。子どもの身長や体重といった成長の記録を確認する機能もあり、これらのサービスにより、親は子どもの健康状態を継続的に把握し、適切なケアを提供することができる(図表3)。

図表3
図表3

さらに、被介護者の代わりに介護者が行うことができるサービスを提供している。介護者は、被介護者の許可を得て、医療の予約、請求書の支払い、薬の再注文などを手配することができる(注2)。このサービスを通じて、介護者は被介護者の健康情報を適切に管理し、健康に関連する取り組みを効率的に進めることが可能である。

3.国民目線のヘルスハブから日本が学べること

病院に行かずに、健康情報の閲覧やオンラインでの病院予約・請求書の支払いができるヘルスハブの活用実態から、日本が学べることは多岐にわたる。

まず、国民一人ひとりが自身の健康情報に容易にアクセスできる体制を構築することの重要性である。健康情報の透明性とアクセシビリティの向上は、国民が自分の健康状態をより深く理解し、適切な医療ケアを受けるための意思決定を下すための基盤となる。次に、高齢者や介護が必要な人々の健康管理におけるデジタルサービスの展開も重要である。介護者が被介護者の医療情報にアクセスし、医療の予約や薬の再注文などの手続きを代行できるシステムは、日本の高齢社会におけるケアの効率化と医療の質の向上に寄与する可能性がある。最後に、ヘルスハブの導入は、健康データの一元管理と分析を促進する。これにより、個人の健康管理だけでなく、家族や介護を要する人の健康管理と改善、さらには医療サービスの最適化にもつながる。

しかし、国民目線のヘルスハブには、数多くの利点が存在する一方、デメリットもある。プライバシーの保護とセキュリティの問題、デジタルデバイド(インターネットへのアクセスや技術利用能力によって生じる格差)、システムの複雑性と使い勝手、運用コストと維持などが挙げられる。

プライバシー保護とセキュリティ問題は、データ暗号化や二段階認証によるセキュリティ強化、利用者のデータアクセス制御機能の提供、データプライバシー保護の法整備により解決可能である。デジタルデバイド問題には、IT教育プログラムの提供、システムのユーザビリティとアクセシビリティの向上、公共インフラの整備が有効である。システムの複雑性と使い勝手は、ユーザーエクスペリエンスとユーザーインターフェースの改善、フィードバックシステムの導入により改善可能である。運用コストと維持に対しては、パブリッククラウドの活用によるコスト削減、持続可能なビジネスモデルの検討、ヘルスケアデータの利活用による新たな収益源創出が効果的である。これらの施策により、国民目線のヘルスハブの効果的な運用が可能となる。

日本には、まだヘルスハブのようなプラットフォームは登場していない。しかし、このようなシステムは、日本の医療提供体制の向上に有益なものとなり得るであろう。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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