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フィンランドが描く医療未来「Kanta」

~デジタル化が生んだ健康情報の革新~

柏村 祐

目次

1.フィンランドで進む健康情報の一元化

フィンランドはデジタル化の先進国で、政府は世界有数の電子政府として評価されている。積極的なデジタル化が認められ、2022年の国連の電子政府ランキングで2位に選出された(注1)。その成功要因として、初等教育からのIT教育強化、デジタル技術推進の政策環境、強力なIT産業の存在が挙げられる。

フィンランド政府がデジタル化に注力している領域の1つは、国民の健康情報管理である。電子カルテの情報を共有できるよう医療機関の間はネットワーク化され、診察履歴や診断結果、処方箋データが公式健康情報ポータル「Kanta」で一元管理されている(図表1)。このサイトには医療従事者だけでなく患者本人もアクセス可能で、健康データの一元化と、健康状態や疾病理解の促進を目的としている。

本稿では「Kanta」の概要と、その仕組みについて解説する。

図表1
図表1

2.健康情報ポータル「Kanta」の実態

2010年以降導入が進められたKantaにより、患者の情報は常にアップデートされ、患者自身によるデータの閲覧が可能となった。患者が同意すれば、治療を担当する専門家もデータの閲覧が可能になる。

Kantaのデータは、医療専門家による医療記録、処方箋、患者がアプリケーションに保存した健康データで構成される。Kanta導入前は医療機関ごとに健康情報を独自管理していたため共有は難しかったが、Kantaの導入により全国の医療機関が共有できるようになり、医療従事者は患者の健康情報を即座に把握し、適切な治療を提供できる。患者も自身の健康情報の閲覧が可能となったことで、健康管理に関する意識が向上した。また治療に必要な情報が迅速に提供されるため、医療サービスの効率も向上している。

ここからは、医療専門家の医療記録機能、処方箋機能、患者がアプリケーションに保存する健康データ機能の具体的な運用について確認する。

まず、「医療記録機能」では、保健センターや病院の治療記録、歯科ケアの記録、検査結果、画像検査、ワクチン接種の記録、医療証明書などが記録される。これらの情報はKantaで安全に保管され、クライアントとしてかかっている医療機関だけがアクセスできる。医療機関は、必要な範囲でしか健康情報にアクセスできず、そのアクセスはデータ共有に明確に同意した場合に限られる。医療記録は、公的医療機関だけでなく民間医療機関でも利用されている。すべての公的医療機関と多くの民間医療機関がKantaを使用しており、民間医療機関の利用は拡大傾向にある。2023年7月29日現在では、2251機関がKantaに登録されている(図表2)。

図表2
図表2

次に「処方箋機能」については、Kantaでは、医師が全ての処方箋を電子的に発行または署名する。患者は自身の処方箋データをKantaページで閲覧したり、処方箋の発行を依頼できる。処方箋の有効期間は一般的に2年で、中枢神経系薬物や麻薬の処方箋は最長で1年となる。

これらの処方箋はKantaの「処方箋センター」と呼ばれる中央データベースに保管される。データが集約されることで、患者と医師間の情報交換がスムーズに行われる。処方箋センターには、全ての処方箋と薬局の調剤記録が保存されている。患者の同意があれば、医師や看護師が処方された薬全体をチェックし、飲み合わせの確認も行う。

患者はこのデータに基づき、自分で選んだ薬局から薬を受け取る。このシステムにより、患者は自身の処方箋の有効期間や残量を確認したり、全ての処方箋を一覧にして印刷することもできる。更新リクエストはKantaを通じて、または薬局への訪問や電話でも可能である。

電子処方箋の利用により、個人データは保護され、処方箋を紙で携帯することなくフィンランド全土の薬局で薬を受け取れる(図表3)。

図表3
図表3

さらに、「健康データ機能」により、患者は自身の健康データを保存することが可能である。このデータは、血圧計やアクティビティバンドなどで収集したものであり、患者の健康データはスマートフォンなどのデバイスを用いてKantaに自動入力される。現在、健康データは個人の使用を主な目的としているが、将来的にはクライアントデータ法(フィンランドの法律で、医療と社会福祉の分野での個人データの管理と共有に関する規定)により、患者は自身の健康データを医療や社会福祉の専門家と共有する同意を与えることが可能になる見込みである。

健康データの記録には、クライアントデータ法に準拠した第三者のアプリケーションが用いられる。健康アプリケーションは、モバイルデバイス(スマートフォン、タブレット)や、サーバーベースのアプリケーション(たとえば、ウェブブラウザで完了する症状評価アンケート)などで使用するものである(図表4)。また、インターネットで利用可能な他のソフトウェア・サービス・プログラムなど、さまざまな形の測定デバイス(たとえば、血糖計やアクティビティトラッカー)からのデータは、通常、デバイスの提供者が提供するアプリケーションを使用してKantaに表示される。新しいデータは、アプリケーションから1時間ごとに更新される。

図表4
図表4

3.変革するべき日本の健康情報の在り方

以上のように、Kantaは、社会福祉と医療サービスの提供者、薬局、市民間で患者のデータを容易に共有するものである。全国の医療従事者は患者の治療時に最新の情報を利用できるため、患者の安全性と治療の質の向上につながっている。

このようなフィンランドの先進的な取り組みからは、日本も参考にすべき点を多く見出せる。まず、医療情報の一元化による情報のアクセシビリティと共有性の向上が挙げられる。各医療機関で分散管理されていた情報が1か所に集約されることで、医療従事者は患者の健康情報を総合的かつ速やかに把握できる。その結果、診断や治療の適切性が向上する。さらに、患者自身も自分の健康情報を容易に閲覧・管理できるようになり、健康管理意識の向上や健康状態の改善が期待できる。

現在、日本の医療情報は各病院や医療機関ごとに分散管理されており、情報の一元化が進んでいない。この状況に対して、Kantaのような一元的な健康情報管理システムを導入すれば、医療情報の可視化が進み、医療の質と効率性の向上が期待できる。

また、日本にもKantaの処方箋機能のような仕組みを導入することで、患者は自己の健康管理を強化できる。電子処方箋の導入は誤投薬の防止や薬の効率的な管理、薬局での待機時間の軽減など、医療サービスの質と効率性の向上も期待できる。

ただし、日本で一元的な健康情報管理システムを導入するにあたっては、プライバシー保護、情報セキュリティ、医療従事者・患者のITリテラシー、政策や法制度の整備など、多くの課題が存在する。これらの課題を解決しつつ、フィンランドのような健康情報管理システムを導入できれば、日本の医療の質と効率性のさらなる向上が期待できるだろう。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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