ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

駄菓子屋から始まる、地域の子ども支援

~「大人が楽しめば、子どもも嬉しい」を生み出す魔法~

福澤 涼子

目次

1.子どもの抱える問題の複雑化と、大人と子どもの接点の少なさ

子どもの貧困、児童虐待、不登校、孤立、ネットいじめなど、近年子どもの問題が複雑化している。これらは、単に子どもや親子の問題というよりも、経済的な格差の拡大、3世代同居の減少やひとり親の増加を背景とした家族の縮小、地域のつながりの希薄化といった社会的要因が大きく関連する問題だ。そのため子どもの問題を当事者だけの問題と捉えるのではなく、地域社会全体の課題だという認識のもと、大人たちがその解決に取り組むことが望ましい。

だが現実には、多くの人は自身の仕事や家庭生活をこなすのに精一杯で、地域の子どもたちと関わるきっかけが乏しいライフスタイルとなっているのではないだろうか。当社が2023年3月に実施したアンケート調査で、18~69歳の大人に、家族・親族以外の小学生以下の子どもとの交流頻度をたずねたところ、約7割が「ほとんどない」と回答した(図表1)。

子どもの貧困や孤立といった子どもに関する問題は、連日のようにメディアでも報道されているものの、実際に地域の子どもたちに関わる機会がなければ、具体的な支援行動にもつながりにくいと考えられる。

図表1
図表1

2.全国に広がる子どもの居場所と期待される効果

一方で、家庭や学校ではない主体が子どもの支援に乗り出すケースは増えている。その代表例が、NPO法人や地域の大人たちによる、子ども食堂や無料の学習支援などの「子どもの居場所」である。これらは、子どもの貧困が問題視される2000年代後半から広がりを見せており、現在は子ども食堂だけでも全国で7,000箇所以上あるとされる(注2)。

その効果は、食事の提供や学習支援にとどまらず、信頼できる大人や友人と出会ったり、安心感や自己肯定感を得られること、創造性や主体性を発揮できるなどの側面も期待されている。2023年4月に新設された「こども家庭庁」もその重要性や効果を認識し、すべての子どもが多くの居場所をもちながら成長できるように居場所づくりを推進していくとしている。加えて、先述した通り、地域の大人と子どもの接点が少ない現代において、その場をきっかけにして、地域の子どもに関わる大人たちを増やしていくことも、今後の居場所づくりに期待されるのではないだろうか。

本稿では、こうした居場所に期待される多様な効果を踏まえつつ、その事例の1つとして、奈良県生駒市にある駄菓子屋の取組みを紹介する。そこは、子どもたちにとって、自ら来たいと思える居場所であるとともに、大人たちが地域に参加するきっかけともなっている場所である。

3.子どもに大人気の駄菓子屋が奈良県生駒市に生まれる

「まほうのだがしや チロル堂(以降:チロル堂)」は奈良県北部の生駒市に2021年に開店した。生駒市は大阪都市部へのアクセスが良く、ベッドタウンとして人気の高いエリアである。チロル堂はその中心駅である生駒駅からほど近いビルの1階にあり、外から店内の様子は見えにくいが、いざ中に入ってみると子どもたちで賑わいをみせる(図表2)。

図表2
図表2

オープンしてまだ2年ほどであるにもかかわらず、多いときでは1日に200人以上の子どもたちが訪れると言う。

その人気の背景には、一般的な駄菓子屋とは異なる数々の仕掛けがある。たとえば「チロル札」という店内通貨だ。子どもたちはお金で直接、駄菓子を買うのではなく、100円をガチャガチャの機械に入れて、出てきたチロル札(1枚あたり100円相当として使うことができる)で駄菓子を買う。100円を入れるとチロル札は1~3枚出てくるため、時には100円以上の価値となることがある。

さらに駄菓子屋の奥は飲食スペースにもなっていて、カウンター席やくつろげる座敷が広がり、大人にもコーヒーやケーキなどを有償で提供するほか、子どもにはカレーや飲み物といった飲食物も1チロル(100円相当)で提供する。子どもたちはその場を使って飲食だけではなく宿題をしたり、本を読んだり、ゲームをしたり、スタッフと談笑したり…と、思い思いに過ごしている。駄菓子屋であると同時に子どもにとっての多目的な居場所となっている。

図表3
図表3

4.どんな子どもも来ることのできる「子ども食堂」を目指して

チロル堂が生まれたきっかけは、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、生駒市の公民館で活動していた子ども食堂が閉鎖に追い込まれたことだった。新たに常設できる場所をつくるにあたり、発起人の一人吉田田タカシ氏は「子どもたちが情けない思いをすることなく利用ができる、これまでにない子ども食堂にしたい」と駄菓子屋の形態を思いついた。その背景には、子ども食堂が全国的に増える一方で、「貧困の家庭のみが利用する場」というイメージが広がり、利用することに抵抗を感じる子どもや親が少なくないという問題があった。そのため、あえて子ども食堂の看板はかけずに、子どもであれば経済状況にかかわらず誰もが1チロルでカレーを食べられるようにし、原価割れの子どもの食事代は地域の大人からの寄付金で補填することにした。

利用者に線引きをしないのは、多様な問題を抱える子どもたちを取りこぼさないためでもある。ある日、1人の子どもが1万円札を持ってきて駄菓子を大量に購入しており、それを見ていた大人から「ここは寄付で成り立つ場なのに、裕福な家庭の子どもが利用するのはどうなのか」という問題提起がなされたことがある。だが、発起人の一人、石田慶子氏は「裕福な子どもが、問題を抱えていないとは限らない」と考え、子どもの世帯年収に応じた利用の線引きはしなかった。チロル堂が誰でも来られる場所であるからこそ、朝から塾で受験勉強だという子どもの息抜きの場になったり、不登校の子どもがフリースクール帰りに友だちと交流したりと、ひと時を安心して過ごすことができるような場としての役割も果たす。

5.子どもたちに大人の思う「こうあるべき」を押し付けない

チロル堂では、対象者の線引きをしないのと同様に、子どもたちの行動に対しても「こうあるべき」というルールを極力なくしている。また大人が「こういうことをしたら」と促したり、禁止したりすることは余程のことでない限り行わない。

たとえば、ある子どもたちは親に「宿題をやりに行くから」とのみ伝え、100円をもらいチロル堂を訪れ、宿題は友人らと写しあいながら早めに終わらせ、カレーを食べてゲームで遊びはじめる。大人としては、「宿題は一人でやりなさい」「ゲームばかりしていていいの」などと苦言を呈したくもなりそうなものだが、吉田田氏は「子ども自ら、大人に小遣いを貰う方法を考えたり、ゲームで長く遊ぶために工夫する。悪知恵ではあるけど、生きる知恵でもある」と考え、注意するようなことはしない。既存研究(注3)でも教育的意図をもって大人が用意する居場所が、子どもにとって居心地が良いものとは限らないということは指摘されている。「子どものため」という大人の熱い想いが、皮肉にも子どもたちの自由や創造性を奪ってしまうこともある。チロル堂では大人の希望を押し付けずに、子どもの自由を重んじるからこそ、子ども自ら来たくなる居場所になっていると考えられる。

またルールが最小限なことは、働く若手スタッフたちの主体性を育むことにもつながっている。チロル堂では、発起人の大人たちとは別に、10~20代の若者たちが多くの裁量を与えられながら運営に携わり、自ら考えて働いている。それは、子どもたちの流行を調べて仕入れ商品を選ぶといったことから、チロル堂で何か問題が発生した際の対応にまで及ぶ。たとえば、親と折り合いが悪く閉店時間になっても家に帰りたがらない子、万引きをしてしまう子、上級生と喧嘩してしまう子もいれば、「貧困なので食べ物がほしい」と連日店に来る大人もいたという。

そうした予期せぬ出来事に対して、自ら考え行動する日々を通じて、若者たちの自発性が発揮されてきた。具体的には、若手スタッフ自ら新メニューとして大人向けの酵母ドリンクを研究したり、万引き防止につながるよう店内のレイアウトを変更したり、チロル堂を辞めて自宅で駄菓子屋を開く人なども出てきている。「大人が信じられない」と社会に出ることを憂いていた学生スタッフや、ひきこもり気味だった若者が、チロル堂での信頼できる大人との出会いをきっかけに、上京や大学進学を果たしたというケースもある。子どもだけではなく若者たちにとっても、自身の能力発揮や信頼できる大人と出会いの場となり、自発的に社会とつながり生きていこうという意識の変化を促していると考えられる。

図表4
図表4

6.子どもを地域で支えるために、大人たちを巻き込む仕掛け

また、チロル堂は子どもや若者だけの居場所にとどまらないことも大きな特徴だ。ここでの交流を通じて、大人たちが地域とのつながりを作ったり、地域の子どもたちのために支援をするきっかけにもなっている。その主な役割を担っているのが、夜のチロル堂で開店する「チロル酒場」という大人向けの居酒屋である。カウンター席では、若手スタッフや見ず知らずの客との会話が弾み、普段行く居酒屋のようにチロル酒場に赴くだけで、自ずと地域の人とのつながりが生まれやすくなる。加えて、チロル酒場での飲食代の一部は、チロル堂へ寄付することになり、自分が楽しむだけで、地域の子どもたちを支えることになる。

図表5
図表5

チロル堂に寄付することは、「チロる」という遊び心のある名称で呼ばれる。寄付を受けとる際も大げさな感謝はあえて伝えずに、「ナイスチロ!」と返答する。これは、施しを与える・受けるという寄付の印象を薄め、子どもたちを支える地域の仲間として認め合うことを意図している。チロル堂が可能な限り企業や自治体からの助成金に頼らず、こうした大人たちからの寄付だけで運営を成り立たせたいと考えている背景には、地域に仲間を増やして「地域の大人が地域の子どもを支える」という姿を体現したいという思いがある。

チロル酒場などをきっかけに関わった大人たちの中からは、寄付のみならず実際に活動をしたいと申し出る人も現れている。たとえば、「フィリピンナイト」や「ラーメンナイト」と題して、チロル酒場でラーメンやフィリピン料理の提供を企画し、その売上の全額を寄付してくれる人々や、絵本の読み聞かせなどのワークショップを子どもたちのために開催する人もいる。

このように、チロル堂は、子どもたちだけの居場所を目指すのではなく、大人たちも含めた地域全体を巻き込むことで、多様な大人の力の結集で子どもたちを支援しようと試みている。そして、実際にもチロル堂を通じて、楽しみながら地域に関わり、子どもたちを支援するための寄付や活動に発展する大人たちが現れている。

こうした居場所をきっかけとしながら、地域の大人が子どもたちの抱える問題に関心を寄せて、地域社会で子どもを育てていくという価値観や実際の支援が広がっていくことは、子どものみならず地域社会全体にとって、大きな価値となるだろう。


【注釈】
1)2023年3月に実施したアンケート調査「第12回ライフデザインに関する調査」及び、本稿の調査取材は、2023年10月に刊行予定の「ライフデザイン白書2024」の執筆を主な目的として行っている。なお、本稿は書籍掲載予定の内容を参考にしつつも、本稿用に書き下ろしたものである。

2)NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ「2022年度のこども食堂全国箇所数調査」によれば、全国に少なくとも7,363か所の子ども食堂が存在し、その数は増加傾向である。

3)阿比留久美「第2章「居場所」の批判的検討」『若者の居場所と参加-ユースワークが築く新たな社会』2012年、増山均『子どもの尊さと子ども期の保障 コロナに向き合う知恵』2021年など

【参考文献】

  • 石井光太『君はなぜ、苦しいのか 人生を切り拓く、本当の社会学』中央公論新社2023年

  • 田中治彦,萩原建次郎編著『若者の居場所と参加-ユースワークが築く新たな社会』東洋館出版社 2012年

  • 増山均『子どもの尊さと子ども期の保障 コロナに向き合う知恵』新日本出版社2021年

  • 横井敏郎『子ども・若者の居場所と貧困支援 学習支援・学校内カフェ・ユースケース等での取組』学事出版 2023年

  • NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ「2022年度のこども食堂全国箇所数調査」2023年2月

  • 文部科学省「令和3年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」2021年

  • 厚生労働省「令和3年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数」2021年

  • こども家庭庁「こどもの居場所づくりに関する調査研究 報告書概要」2023年

  • チロル堂ホームページ

  • greenz.jp「まちの人との“関わりしろ”が魔法を生む。生駒市の駄菓子屋「チロル堂」が、一番大事なことを掲げずに子どもたちを支える理由。」

福澤 涼子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

福澤 涼子

ふくざわ りょうこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、居場所、ワーキングマザーの雇用

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