エレベーターで車いす使用者を優先するか否か?

~その議論の前提にすべきこと~

水野 映子

目次

1. 繰り返される「優先」賛否の議論

駅や商業施設、公共施設などのエレベーターには、障害のある人やベビーカー使用者などが優先であることを示すステッカーなどがよく貼ってある。また、国土交通省は「『お先にどうぞ』、のひとことを」「エレベーターでしか移動が難しい方がいます」と書いたポスターを作成し、「適正利用」を呼びかけている(図表1)。

図表1
図表1

にもかかわらず現状では、エレベーター以外の手段でも移動できる人、いわゆる「健常者」が順番を譲らず、車いす使用者などが長時間待たないとエレベーターに乗れないということが起きている。最近は、SNS上でもそのことが話題となった。

エレベーターだけでなく、交通機関の優先席や優先スペース、多機能トイレ、駐車スペースなどで、障害のある人や子ども連れの人などを優先するかどうかについては、たびたび議論になる(注1)。だが、現状認識が不十分なままその議論が展開されていることも多い。そこで以下では、議論の前提に置いてほしい現状を示す。

2. 前提①:車いすでの移動には膨大な時間と労力を要する

話を具体的にするために、ここでは車いす使用者が都市部の比較的大きな駅の間を移動する例をあげる。車いすを使わずに移動できる「健常者」は、車いす使用者の移動の具体像を思い描くことで、自身の移動にかかる時間や労力と改めて比べてみてほしい。

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車いす使用者が改札にたどり着いたら、まず窓口で係員の介助を依頼する。ホームと車両の間に大きな段差や隙間がある場合は、その間にスロープ板をかけてもらう必要があるからだ。窓口の担当者はその駅の係員を手配するとともに、車いす使用者が降りる駅にも連絡し、係員がホームに迎えに来られる時刻を確認する。その間、車いす使用者は改札で待つ。この待ち時間がかなり長い場合もある。

スロープ板を持った係員が改札に来たら、一緒にホームへ向かう。エレベーターが改札の近くになければ、設置場所まで遠回りをする。エレベーターをしばらく待って乗ったら、ホームへ移動する。ホームでは車いすスペースのある車両が停まる場所まで行くこともある。

降りる駅で係員が待機しており、乗る列車の時刻が決まっている場合は、その列車が来るまで何本か見送る。列車が着いたら、ホームと車両の間にスロープ板を取り付けてもらい列車に乗り込む。スロープ板を使わず単独で乗り降りできる場合も、急行・快速などの混雑した列車や、途中で乗り換えが必要な列車は避け、各駅停車を待つこともある。列車の中では、既にいる乗客にスペースを空けてもらい、車いすを停める。

そうして目的の駅に着いたら、ホームにいる係員にまたスロープをかけてもらうか、単独でホームに降りる。

途中でトイレに行きたくなったら、車いす使用者に対応したトイレを探して入る。混んでいれば並んで待つか、別の場所を探す。そしてまたエレベーターを乗り継ぎ、改札へ向かう。

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以上が、車いす使用者の駅間移動の一連の流れの例である。あくまでも一例であり、すべての人・すべての場合には当てはまるわけではない。また、利用する駅・路線、時間帯や車いす使用者の状況などによって、移動に必要な時間は異なる。だが、車いすを使う必要がない人に比べ、はるかに時間がかかることは想像できるだろう。

この例では2つの駅の改札間の移動のみを想定したが、車いす使用者が駅の改札にたどり着くまでの行程や乗り換えの行程なども含めれば、さらに時間が必要になる。また、鉄道を使うことが難しく、車など別の移動手段を使う場合は、そのための時間・労力や費用もかかる。

ここで参考のために、鉄道のバリアフリー化の状況を図表2に示す。先ほどの例に合わせ、大規模な駅のデータに絞っている。

2022年3月末現在、エレベーターなどによって「段差が解消」されている駅は93.6%にのぼる(図表2のA)。同様に、車いす使用者などが使える「障害者対応型トイレ」を設置している駅も9割近い(B)。かなり多いように見えるが、裏を返せば10数駅に1駅では段差がまだ解消されておらず、数駅に1駅には障害者対応型トイレがない。また、エレベーターや障害者対応型トイレが1駅に1か所以上あっても、その数が十分とは限らない。

車いす使用者が列車に乗る際には、ホームと車両の間の段差(高低差)や隙間が小さければ、その間を渡すスロープなしで乗り込むこともできる。だが、車いす使用者が単独で乗降しやすいとされる「ホームと車両の段差・隙間が縮小されている」箇所(段差3cm・隙間7cmを満たす箇所)がある駅は、全体の2割に満たない(C)。したがってそれ以外の場所では、前述の例のようにスロープ板での介助を頼むなどの方法をとるしかない。

車両についてみると、車いす使用者などのためのスペースがあるのは全体の62.4%である(D)。つまり、3本に1本以上の列車にはそのスペースがない。

図表2
図表2

このように、バリアフリー化が進んだとはいっても、車いす使用者にとってはまだ多くのバリアがあるのが現状である。図表2で対象とした駅より利用者数が少ない約6千の駅では、図表2のABCどの割合ももっと低い。また、先ほどの例では乗降駅に係員がいることを前提にしたが、無人駅では係員の手配がより難しいなどの問題もある(注2)。

3. 前提②:「歩ける人」は社会で常に「優先」されている

では、車いすやつえを使わず、容易に立てて歩ける「健常者」は、車いす使用者とどう違うのだろうか。先ほどの車いす使用者の例と同じように、2つの駅の間を移動すると仮定した例をあげる。

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まず、改札やホームまでは、階段・エスカレーター・エレベーターなど、自分が使いたいと思い、かつ最も近くにある手段で移動できる。エレベーターが少しくらい混んでいても、一人分のスペースがあれば乗れる。途中でトイレに行きたくなったら、数ある一般トイレを使えるし、誰でもトイレなどと呼ばれる「障害者対応型トイレ」を使ってもよい。

また、乗る列車も自由に選べる。目的駅に速く着きたいときは急行・快速などに乗ればよいし、時間に余裕があり混雑を避けたいときは各駅停車でも行ける。途中での乗り換えも簡単だ。エレベーターと同様、列車が混んでいても詰めれば乗れる。もちろん、ホームと車両の間の段差や隙間は、意識すらしないで足で難なくまたぐ。目的駅のホームに降り立った後もまた、近くの階段やエスカレーター、エレベーターなど好きな手段で改札まで歩いて行ける。

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以上が、立てて歩ける「健常者」の移動の例である。先ほどの車いす使用者の例に比べると、明らかに速く楽に移動でき、選択肢も多い。

車いす使用者などを「優先」するよう表示されたエレベーターや多機能トイレと違い、階段には誰の「優先」「専用」かはどこにも書かれていない。だが実質的に、階段は自分の足で昇れる人「専用」である。また、混雑した列車やエレベーターでは、広いスペースがなくても立ったまま乗れる人が暗に「優先」されている。

エレベーターやトイレなどで車いす使用者に優先するのは「不公平」だ、それ以外の人と同じように並んで待つのが「平等」だ、という意見もある。しかし、そう主張する「健常者」は、自身が日常的に「優先」されて生活していることに気づいているのだろうか。「健常者」が車いす使用者よりずっと「優先」されていても「不公平」だといわれないのは、マジョリティ(多数派)の側にいるからである。

4. 「特権」を持つ「健常者」へ

出口(2021)は、「あるマジョリティ側の社会集団に属していることで労なくして得る優位性」を「特権」と定義している(注3)。また、「健常者特権」を例としてあげ、「健常者は自分たちが『普通』『平均的』であると思っていて(中略)実は社会の仕組み(建物や設備の設計など)がすべて健常者側が効率的に動けるように『配慮』されている、ということにはなかなか気づかない」と述べている。

「前提②」の例をこれに当てはめると、立てて歩ける「健常者」が階段・エスカレーター・エレベーターを自由に使うことができ、混雑した車両やエレベーターに乗ることができ、短い時間・少ない労力・安い費用で楽に移動できるのは、「健常者特権」があるからだ。その特権は、前述の出口の言葉を借りれば「努力の成果ではなく自動的に受けられる恩恵」に過ぎない。だが多くの人はそれに気づいていない。

エレベーターなどで車いす使用者を優先するべきか、優先することが「不公平」なのかを議論する際には、まず自分がふだんどのくらい「優先」されており、どのくらい「特権」を持っているかを考えるべきではないだろうか。そして、その「特権」によって時間や労力を節約できている人は、その数%でも他の人に差し出す、という発想はできないだろうか。たとえば、エレベーターの順番を譲れば、自分の移動時間が数分長くなる代わりに、相手の移動時間を数分短くすることができる。

車いす使用者などを優先することは、「健常者」が不利になるという「不公平」を生むのではない。もともと「健常者」が有利な立場にあるという「不公平」をほんの少し是正するだけなのだ、と筆者は考える。


【注釈】
  1. 車いす使用者用の駐車スペース、車両の車いす・ベビーカー用のスペースに関しては、以下も参照。
    水野映子「車椅子使用者用の駐車スペースに停めないで! ~パーキング・パーミット制度で解決なるか~」2023年1月
    水野映子「公共交通機関でのベビーカー利用のバリア ~子ども連れの人がより外出しやすい社会を~」2023年3月

  2. 無人駅に関しては、運転士や車掌などの乗務員が乗降介助を行うなどの対応が、以下に記載されている。
    国土交通省「駅の無人化に伴う安全・円滑な駅利用に関するガイドライン」2022年7月

  3. 出典は以下。
    出口真紀子「論点3 みえない『特権』を可視化するダイバーシティ教育とは?」、岩渕功一『多様性との対話 ダイバーシティ推進が見えなくするもの』青弓社、2021年

水野 映子


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