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教育振興基本計画とは(3)

~閣議決定版への追加事項と骨太方針2023との連動~

鄭 美沙

要旨
  • 2023年6月16日に2023〜2027年度の教育振興基本計画が閣議決定された。基本計画は、中央教育審議会が3月に提出した「次期教育振興基本計画について(答申)」に一部追記がなされており、追記内容に直近の課題や政府の問題意識が反映されたとみられる。
  • 追記内容の一つ目は「教員の働き方改革」であり、「学校における働き方改革の更なる加速化、処遇改善、指導・運営体制の充実、教師の育成支援を一体的に進める」ことが明示された。働き方改革の大きな障壁は、人材不足と給特法であり、それらに取組むことも示された。
  • 二つ目は「グローバル人材の育成」である。政府の教育未来創造会議で掲げられた海外留学や外国人留学生受け入れ増加の目標値が反映された。
  • 三つ目の「生成AI」は答申提出後に注目が高まり、閣議決定にあたって「効果をもたらす可能性と生じうるリスクを踏まえて対応すること」などが盛り込まれた。また教育DXについては、端末の更新に関する記載がより強調された。
  • その他、教育費負担軽減や自殺対策、不登校児童生徒への支援の推進等の記載も拡充された。
  • 基本計画の内容は骨太方針2023にも記載されている。そのなかで、質の高い公教育の再生として、昨年度より公教育に関する記載が拡充したことは評価できる。文面だけで終わらせず、しっかりと予算が配分されることを期待する。公教育の再生に向けては、学校関係者に任せきりにせず、一人ひとりが学校や子供に何ができるか考え、実践していくべきである。
目次

1. 閣議決定された教育振興基本計画

2023年6月16日に2023〜2027年度の教育振興基本計画(以下、基本計画)が閣議決定された。基本計画は、中央教育審議会(以下、中教審)が3月に提出した「次期教育振興基本計画について(答申)」(以下、答申)を基に取りまとめられている。

これまで「教育振興基本計画とは(1)~教育とウェルビーイング~」「教育振興基本計画とは(2)~教育DXと学校教育における企業の役割~」にて、答申の特徴を解説した。閣議決定された基本計画は答申から一部追記がなされており、主な内容としては「教員の働き方改革」「グローバル人材の育成」「生成AI」等がある。こうした箇所に、直近の課題や政府の問題意識が反映されたとみられるため、本稿は教育振興基本計画の解説シリーズの最終編として、これら追加事項を考察する。

2. 教員の働き方改革

主な追記内容の一つは「教員の働き方改革」である。「目標12 指導体制・ICT環境の整備、教育研究基盤の強化」で「学校における働き方改革の更なる加速化、処遇改善、指導・運営体制の充実、教師の育成支援を一体的に進める」ことが明示された。具体的な施策は、コミュニティ・スクール等も活用した社会全体の理解の醸成や、学校・教師が担う業務の適正化等が挙げられている。中教審の答申に向けた議論の際も、教員の働き方は重要なトピックとなっていたが、さらに記載が強調された形だ。

教員の働き方が中教審で特に問題視され始めたのは2017年頃である。同年、学校における働き方改革に関する諮問がなされた。その後、各教育委員会へ業務改善や勤務時間管理等に係る取組の徹底が通知されたほか、部活動に関するガイドラインや公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン等が策定されるなど(注1)、学校における働き方改革が進められてきた。

しかし、依然として長時間労働の教職員は多い。文科省が、教職を目指す若者に現場の思いをSNSで伝えてほしいという意図で始めた「#教師のバトン」プロジェクトでは、その意に反して過酷な労働環境を訴える投稿が多く、炎上状態が続いている。

働き方改革が進まない要因としては、人手不足と給特法が指摘されてきた(注2)。まず、長時間労働により改革を進める余裕がなく、そうした労働環境が教員志望者をさらに減少させる、という悪循環がある。次に、給特法は、公立学校の教員について給与月額4%相当の「教職調整額」を支給する代わりに、時間外勤務手当と休日勤務手当を支給しないとしている。教員の職務の特殊性を鑑みた制度であるが、この4%という数値は、給特法制定(1971年)前である1966年当時の公立校教員の平均残業時間が月8時間程度であったことから算出されている。2022年度の月当たりの教諭の時間外在校等勤務は、小学校は約41時間、中学校は約58時間であるため大きな乖離がある(注3)。さらに、時間外の授業準備や部活動は教員の自主的な勤務という位置付けにある点も現代の実態に合っていない。

こうした中で、基本計画には答申から資料1の記載が追記された。

図表1
図表1

抜本的な改善には本丸である人材不足や給特法について検討が必要であり、来年度から3年間集中して財源確保とともに取組む方針が明確に示されている。実際に、今年3月から中教審で働き方改革や給特法に関する議論が始まり、教職調整額含め教師の処遇改善の在り方が論点の一つになっている(注4)。給特法改正案は、その取りまとめを基に検討が進むと考えられる。

3. グローバル人材の育成

「グローバル人材の育成」については、答申から資料2の目標が追加された。

図表2
図表2

一つ目の「CEFRのB1レベル相当(英検準1級〜2級相当)以上を達成した高校生の割合の増加」は、答申では目標値がない状態で記載されていたが、今回3割以上との具体的数値が課された。本目標に関しては、答申時より「高等学校卒業段階でCEFRのA2レベル相当(英検2級~準2級相当)以上を達成した中高生の割合の増加(5年後目標値:6割以上)」との目標も掲げられている。前計画では同5割以上の目標値が掲げられていたが、2021年時点で46.1%と僅かに未達であった。今回の基本計画では、その数値の改善を目指すとともに、さらにストレッチさせ、B1レベル相当の割合を3割以上にするとの目標も追加された。

また、二つ目以降の目標値は、今年4月に公表された政府の教育未来創造会議第二次提言で掲げられたものである。同提言では、コロナ禍でグローバル化が停滞したことを受け、4月に海外留学と外国人留学生の受け入れ策とその目標を提言した(注5)。基本計画は政府の提言と足並みを揃えた形だ。

4. 生成AIの活用

「生成AI」への注目が特に高まったのは答申提出後である。教育現場でいかに活用するかは今喫緊の課題であるため、閣議決定時に「生成AIについては、教育現場での利用により効果をもたらす可能性と生じうるリスクを踏まえて対応することが必要である」等が追記された。既に原案が一部報道されているが、夏前に教育現場での生成AI活用ガイドラインが公表される予定だ。「効果をもたらす可能性」と記載があるとおり、全面禁止にはならないとみられる。

教育DX関連では「国策として推進するGIGAスクール構想の1人1台端末について、公教育の必須ツールとして、更新を着実に進める」ことも追記された。答申では「端末の更新も含め、GIGAスクール構想の将来の在り方について検討を進める」との記載であったが、より更新の必要性が強調された。端末の更新時期は、約8割の地方自治体が2025年度以降を予定している。費用に関しては、導入時は政府が予算を負担していたが、更新時の財源は決まっていない。さらに、学校のICT環境整備にかかる地方財政措置(単年度1,805億円)の根拠となっている「教育のICT化に向けた環境整備計画」の期限が2024年度末であるため、2025年度以降に向け、新たなICT環境整備方針の策定について同年度中に結論を出す必要がある(注6)。

自民党の文部科学部会は、更新費用について「国が責任を持って措置する」ことを求めた要望書を、4月に永岡文科大臣に提出している。基本計画で更新が強調されたことは評価できるが、財源への言及がなかった点はやや物足りなさも残る。

その他、教育費負担軽減の更なる推進やこども家庭庁が取りまとめた「こどもの自殺対策緊急強化プラン」に基づく自殺対策の推進(注7)、「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)」に基づく不登校児童生徒への支援の推進等が基本計画に追加された(注8)。

5. 骨太方針2023~質の高い公教育の再生~

基本計画の内容は骨太方針2023にも記載されている。特に「第4章 中長期の経済財政運営5.経済社会の活力を支える教育・研究活動の推進」に反映され、同項目での公教育に関する記載は昨年度より大幅に充実した。昨年度は、高等教育の記述も含めて1ページ超であったところ、今年度は「質の高い公教育の再生等」との小見出しのもと、初等中等教育段階を中心とした記載が2ページに及んでいる。内容は、Well-beingの向上や教育DXのほか、教職の魅力向上や1人1台端末の更新、高等教育費の負担軽減など閣議決定時に基本計画に追記された内容が多分に盛り込まれた。

こうした骨太方針での記載の拡充や、中でも教職についての言及が多いこと、基本計画と骨太方針がしっかりと連動していることなどから、政府の公教育への危機感と取組みの優先度は高まっていると考えられる。国を挙げて公教育の質を高めるという方向性は非常に評価できる。

一方、明記された施策の実現には予算が必要になる中、現状は防衛費増額や少子化対策予算など他にも財源確保が求められているものが多くある。「人づくり」はイノベーション創出や生産性向上にも資するものであり、あらゆる政策のベースとなる。教育は未来への投資であるため、質の高い公教育の再生を文面だけで終わらせないよう、他の政策と調整しつつ、しっかりと予算が配分されることを期待する。

また、計画倒れにならないためには、学校現場への周知・浸透や地方公共団体が策定する教育振興基本計画への反映も不可欠だ(注9)。「教育振興基本計画とは(2)~教育DXと学校教育における企業の役割~」で述べたように、企業人の学校教育への参画も求められる。公教育の質が低下すると、塾など外部に教育を求める親が増え、結果として家庭の経済力や親の意欲、教育へのアクセスなどが子供の教育を左右し格差が生じる。質の高い公教育は子供のウェルビーイングや日本のサステナブルな成長にも不可欠であるため、その再生に向けては、学校関係者に任せっきりにせず、一人ひとりが学校や子供に何ができるか考え、実践していくべきである。

以上

【注釈】

  1. 2022年12月、「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」及び「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を統合した上で「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」が策定された。休養日の設定など学校部活動の在り方のほか、部活動の地域移行の在り方等が示された。「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」は2019年に定められ、1か月の在校等時間は超過勤務45時間以内とする目安等が示された。
  2. 給特法とは、1971年に制定された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」の略称。校長、副校長及び教頭を除く教育職員の職務と勤務態様の特殊性に基づき、その給与その他の勤務条件について特例を定めた法律。1966年に文部省(当時)が実施した教員勤務状況調査を踏まえたものになっている。
  3. 令和4年度教員勤務実態調査の速報値を基に文科省が推計。
  4. 2023年5月、中教審に「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(諮問)」が諮問された。「更なる学校における働き方改革の在り方」「教師の処遇改善の在り方」「学校の指導・運営体制の在り方」について検討が進められる予定。なお、自民党人材確保特命委員会は、給特法について教職調整額を維持しつつ、現行の4%から10%以上に増額することを提言した。小学校教員の平均給料月額32万円を基に考えると、約1.3万円から約3.2万円への僅かな増額のため、本提言には批判もみられる。
  5. 詳細は、拙稿「教育振興基本計画とは(2)~教育DXと学校教育における企業の役割~」参照。
  6. 2023年5月に中教審初等中等教育分科会に「次期ICT環境整備方針の在り方ワーキンググループ」が設置された。2025年度以降の新たな学校における ICT環境整備方針の在り方について検討が進められる予定。
  7. こども家庭庁は、こどもの自殺対策の司令塔として「自殺対策室」を設置。2023年6月に、こどもの自殺対策に関する関係省庁連絡会議にて「こどもの自殺対策緊急強化プラン」を取りまとめた。具体策としては、1人1台端末の活用等による自殺リスクの把握や多職種の専門家で構成される「若者の自殺危機対応チーム」の都道府県等への設置、自殺に関する統計及びその関連資料の集約・分析等が盛り込まれた。
  8. 2023年3月、文科省は「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)」を公表。「不登校の児童生徒全ての学びの場を確保し、学びたいと思った時に学べる環境を整える」「心の小さなSOSを見逃さず、『チーム学校』で支援する」「学校の風土の『見える化』を通して、学校を『みんなが安心して学べる』場所にする」の3点を主な取組みとした。 9.詳細は、拙稿「教育振興基本計画とは(1)~教育とウェルビーイング~」参照。

【参考文献】

  • こども家庭庁(2023)「こどもの自殺対策緊急強化プラン」
  • スポーツ庁(2022)「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」
  • 内閣府(2023)「経済財政運営と改革の基本方針2023」
  • 文部科学省(2019)「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」
  • 文部科学省(2021)「令和元年度学校教員統計調査」
  • 文部科学省(2023)「教育振興基本計画」
  • 文部科学省(2023)「次期教育振興基本計画の策定について(答申)」
  • 文部科学省(2023)「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)」
  • 文部科学省(2023)「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(諮問)」
  • 文部科学省(2023)デジタル学習基盤特別委員会(第1回)資料「GIGAスクール構想の現状について」
  • 摩尼 貴晴(2023)「【1分解説】給特法とは?
  • 鄭 美沙(2023)「教育振興基本計画とは(1)~教育とウェルビーイング~
  • 鄭 美沙(2023)「教育振興基本計画とは(2)~教育DXと学校教育における企業の役割~

鄭 美沙


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