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eラーニング生成AIの衝撃

~生成AIはリスキリングに活用できるのか~

柏村 祐

目次

1.eラーニングの普及

近年、e ラーニングの普及が進んでいる。その背景には、インターネット環境の整備や多種多様な知識・技術習得のプラットフォームの出現がある。e ラーニングは、electronic learning の略で、デジタル技術によって時と場所の制約を受けずにスキルや知識を習得できるため、柔軟なリスキリングや学び直しに役立つ。

2020 年以降、新型コロナウイルスのパンデミックによって世界は大きく変貌し、リモートワークやオンライン学習が一般化した。その中で、e ラーニングの重要性が再認識され、学校教育のみならず、ビジネススキルの習得や専門的な技術学習等、幅広い分野でその利用が進んでいる。

e ラーニングの普及が進む中、自己啓発やスキルアップを目指す人が自分の興味に直結する e ラーニング教材を自動生成してくれる e ラーニング生成 AI が登場している。自身が学びたい内容、スキルアップしたい技術に関する e ラーニング教材を自動生成するこの新技術は、e ラーニングのあり方を変革する可能性を秘めている。本レポートでは、この e ラーニング生成 AI を概観し、その可能性を探る。

2.e ラーニング生成 AI の実態

e ラーニング生成 AI は、ユーザーが学びたいテーマやスキル強化を望む領域を文章で入力すれば、それに基づいて e ラーニング教材を生成する革新的なシステムである。本稿では、筆者が専門とする「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と、働く人の注目度が高い「働き方改革」の 2 つのテーマを通じて、この e ラーニング生成 AI の機能を詳細に検証する。

はじめに、e ラーニング生成 AI による「DX」に関する教材生成の一例を確認する。e ラーニング生成 AI の入力画面で「DX」に関する教材生成を指示したところ、わずか1 分程度で AI は必要なコンテンツを生成した。生成された教材は、「デジタル戦略」、「デジタル実装」、「デジタルリーダーシップ」、「実践的な演習」、「要約」、「クイズ」の 6 つの項目で構成されている。これらの各項目を順に学習することで、「DX」についての理解を深められる。主要な項目はさらに関連する内容に分類される。たとえば「デジタル戦略」という主要な項目の内容では、その概要説明とともに、「デジタルランドスケープを理解する」、「デジタル戦略の策定」、「ケーススタディとベストプラクティス」が小見出しとして生成され、それぞれの項目ごとに「デジタル戦略」への理解を深められる(図表 1)。

図表1
図表1

次に、働き方改革を学習するための教材生成に e ラーニング生成 AI を活用した例を示す。「働き方改革」についての e ラーニングコンテンツの生成を生成 AI に依頼したところ、わずか 1 分程度でそのコンテンツが画面上に出現した。生成されたコンテンツの大項目は、「働き方改革の背景と必要性」、「柔軟な働き方の実現」、「ストレスマネジメントとワークライフバランス」、「実践演習」、「要約」、「クイズ」の 6 つであった。これらの項目を順序立てて学ぶことで、働き方改革に関する知識を系統的に身につけることができる。特に注目すべきは、最終項目に位置づけられた「クイズ」である。ここでは、それまでに学んだ内容に基づく問題と選択肢が提示され、学習者が回答することで理解度を確認することができる(図表 2)。

以上のように、利用者は自分が学びたいこと、スキルアップしたい内容を文章で入力するだけで、その内容に基づいた e ラーニング教材を迅速に生成するという e ラーニング生成 AI の優れた機能が確認された。e ラーニング生成 AI は、自己学習を行いたい人にとって有用なツールだといえるだろう。

図表2
図表2

3.e ラーニング生成 AI の弱み

e ラーニング生成 AI については、その利便性に目を奪われがちだが、常に信頼性と利便性を約束するわけではないことも認識すべきである。

まず、e ラーニング生成 AI は、生成された教材の質を全面的に保証する能力を有するわけではない。AI は人間の教師とは異なり、教材の適性や有効性、情報の正確性を判断する能力を有していない。これは、高度な専門知識を求める学習者にとって、深刻な問題を引き起こす可能性がある。教材の中に間違った情報や偏見のある視点が潜んでいる場合、学習者は誤った知識やスキルを身に付けてしまうリスクがある。

次に、学習者の学習スタイルや習熟度に迅速に適応する能力は限定的である。人間の教師ならば、生徒の学習進度や理解度に応じて教材を調整し、また個別の疑問に答える能力を有している。だが、AI が生成した教材の場合、一般的な学習者に対してのみ適用可能な内容を提供し、個々の学習者の特定のニーズや問題に直接対応する能力は極めて限られている。

最後に、e ラーニング生成 AI は、一般的な教材生成をするだけで、それ以外には学習進捗の管理や成果評価といった重要な機能は備えていない。AI が生成した教材に基づいて学習を進める際、自己管理の難しさや適切なフィードバックを得ることができないという問題が生じる可能性がある。

4.e ラーニング生成 AI の可能性

現時点で e ラーニング生成 AI にはいくつかの弱みがあるとはいえ、その可能性の大きさは無視できない。最大の魅力は、e ラーニングの利用者が自己の学習目標に向け自身のペースで、必要な教材を容易に見つけ、学習を進められることにある。多種多様な学習者のニーズに対応し、自己の学習目標を達成するための強力なツールになり得るだろう。

また、e ラーニング生成 AI は、伝統的な教材開発と比較して、時間とコストの大幅な削減も可能とする。一般的な教材開発のプロセスは、専門家が内容を作成し、具体化に向け各種の調整を行うという労力と時間を必要とする。しかし、e ラーニング生成 AI の活用により、この開発プロセスを劇的に短縮することが可能となる。これにより、教材の開発者はより広範な教材を提供し、学習者は自身が必要とする知識やスキルを効率的に習得するというリスキリングの道が、これまで以上に大きく開ける。

e ラーニング生成 AI は、強みと弱み、そして未来への可能性を併せもつ、革新的な存在である。その導入は、多様な学習者のニーズに適応する新たな教材開発を実現し、e ラーニングの舞台に大規模な変革をもたらす可能性を秘めている。ただし、その運用には、生成された教材の品質と効果性を確認しながら、適宜調整するという慎重さが求められる。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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