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日本のウェルビーイング向上には賃上げも重要

~「世界幸福度報告」2023年版より~

村上 隆晃

要旨
  • 毎年3月に公表される「世界幸福度報告」(以下「報告」)で、各国の幸福度がランキング形式で示される。2023年の報告でもフィンランドなど北欧諸国が上位を占める一方、日本は47位とGDP世界3位の経済大国としては低い順位である。注目されるのは、コロナ禍にも関わらず、日本の幸福度が2020年報告の5.871をボトムに3年連続で上昇し、2023年報告では6.129に達した点である。今回のレポートでは、日本のランキングが低いことと、幸福度が上昇している背景について分析する。
  • 報告では、6つの要因(経済水準、社会的支援、健康寿命、人生選択の自由度、寛容さ、腐敗のなさ)を用いて各国の幸福度の違いを説明している。日本の幸福度は経済水準、健康寿命、社会的支援で世界平均より高いが、寛容さで低い。上位10か国平均と比較すると、健康寿命以外の5要因で下回っている。ただし、上位国との比較では説明度の45%が残差となっており、6要因では説明できない大きな要因のあることが示唆される。
  • 日本の幸福度の上昇は、世界共通の影響力(回帰係数)の変化(経済水準の影響力増加と健康寿命の影響力減少)が大きな要因と分析できる。日本固有の要因変化としては、社会的支援の割合増加が幸福度を0.017ポイント(この間の幸福度上昇の6%に相当)押し上げている点が、コロナ禍の中で人のつながりの重要性が再認識されたこともあって注目される。
  • 日本の幸福度の強み、弱みの特徴と近年の上昇要因についての分析から考察すると、まず、世界全体でみて経済水準が幸福度上昇に対して持つ影響度が増している。この点、日本は経済水準の点で世界平均よりも強みを持つが、上位10か国と比べると低い水準にある。岸田政権が掲げる「新しい資本主義」による成長と分配の好循環を実現し、家計の持続的な所得の増加に繋げることがウェルビーイング向上の観点からも重要である。さらに個人のリスキリングの後押しなど企業にも努力が求められる。
  • 報告の幸福度指標は長年研究され、世界各国の幸福度を分析するのに役立つ指標である。ただ、日本と上位国の差や変化要因を分析するだけでは不十分な側面も見られた。ウェルビーイングを捉える指標としては多面性も重要であり、その点数多くの指標からなる内閣府の「Well-beingダッシュボード」は参考になる。また、東アジア文化圏の幸福度を捉える指標の導入も重要と考える。
目次

1.世界幸福度報告で日本の主観的幸福度は3年連続上昇

毎年3月20日は国際連合が定めた国際幸福デー(International Day of Happiness)であり、「世界幸福度報告」(World Happiness Report、以下「報告」)が刊行され、各国の幸福度がランキング形式で公表される。

この幸福度については、自分の生活の状態について、0から10までの11段階の「はしご」として捉え、考えうる最悪の生活をはしごの最下段である0段目、最善の生活を最上段である10段目として、現在自分がはしごの何段目にいるかを問うことによって得られる指標である(「報告」では考案者の名を取って「カントリルのはしご」と記載されることが多い)。

ウェルビーイングについては、GDPのように国際的なコンセンサスのある測定法はまだないが、国際連合の関係機関(注1)が発表しているこの幸福度ランキングは新聞報道等で取り上げられることも多く、ウェルビーイングに関連する指標として認知度が高い。

2023年版報告書におけるランキング上位を見ると、フィンランドが6年連続で首位をキープするなど北欧勢が上位を占める傾向は変わらなかった(資料1)。トップ10でヨーロッパ以外の国は、4位のイスラエル、10位のニュージーランドの2国にとどまる。

日本は137か国中47位であり、昨年の54位より上昇したものの、GDPで世界3位の経済大国としては低い順位に見えるかもしれない。G7の中では6番目のイタリアが33位であり、日本は最下位となっている。

資料1
資料1

注目されるのは、日本の幸福度の変化である。2020年報告の幸福度(2017~19年平均)5.871をボトムにして、2023年報告(2020~22年平均)の6.129まで3年連続で上昇してきた点である(資料2)。

資料2
資料2

今回のレポートでは、「報告」において世界各国の幸福度を決定するものとして重視されている要因から、日本のランキングが低い点に関してその背景を探る。また、日本の幸福度が3年連続で上昇した背景についても、分析を行う。

2.日本の幸福度と世界各国との違いをもたらす要因はなにか

「報告」では、各国の幸福度の違いを説明する可能性のある要因を6つ挙げており、2013年以降毎年の「報告」でそれらの要因による説明度(各国の幸福度のうち、それぞれの要因で説明できる大きさを指す)を示してきた(注2)。

6つの要因は①経済水準、②社会的支援、③健康寿命、④人生選択の自由度、⑤寛容さ、⑥腐敗のなさ、となる(資料3)。それぞれ政府の統計やアンケート調査の結果から計測している(注3)。

資料3
資料3

「報告」では各国の幸福度を6つの要因で重回帰分析(注4)を行い、それぞれの要因が各国の幸福度にどの程度影響しているかについて公表している。今年の「報告」では、特別な分析として2005年から2022年までのデータを用いて、幸福度と6要因の関係を分析しており、国や年によって異なる幸福度の変動の75%以上を6要因で説明できることが示されている(資料4)(注5)。また、世界各国に共通の回帰係数を算出し、それに各国の経済水準などのデータを乗じると、経済水準等の要因で説明できる推定割合(以下「説明度」)を算出することで、各国の幸福度がどの要因でどの程度説明できるのか、どの程度説明できない残差が出るのか、といった構造が理解できる。

資料4
資料4

ここでは23年報告(2020~2022年の3年平均)の分析結果を用いて、6要因がそれぞれの国の幸福度にどのように影響しているかを確認する。

まず、23年報告の対象となっている国の平均値(以降「世界平均」)と日本の要因別の説明度を比較した(資料5)。

世界平均の幸福度は5.541(幸福度ランキングでは74位と75位の間に位置する)である。その説明度のうち、残差を除くと一番大きいのは経済水準(1.407)、次に社会的支援(1.156)となっており、人生選択の自由度(0.540)が続く。

一方、日本の幸福度6.129でも説明度のうち大きいのは世界平均と同様、経済水準(1.825)、社会的支援(1.396)となっているが、3位は世界平均と異なり、健康寿命(0.622)となっている。

日本の幸福度が世界平均に対して高い説明度となっている要因は、経済水準の高さ(+0.418)、次いで健康寿命(+0.256)、社会的支援(+0.240)となっている。逆に低いのは寛容さ(▲0.139)である。

資料5
資料5

次に幸福度ランキングの上位10か国平均と比較すると、健康寿命がプラスであることを除くと、他の5要因すべてで下回っている(資料6)。世界平均に対して、最大の強みとなっていた経済水準も、上位10か国平均と比べると低い水準になっている。上位10か国は主要国と比べて経済規模が小さいので、日本のように経済規模の大きい国と比べても参考にならないという議論があるかもしれない。そこで幸福度ランキングでは上位10か国よりも下であるG7諸国と経済水準を比較すると、日本は6位のイタリアを下回る最下位となっている(資料略)。経済的な豊かさの面で日本はそれほど高い順位とはいえないのが現状である。

日本、世界平均、上位10か国平均のいずれにおいても幸福度の説明度としてウエイトが最も大きいのは経済水準である。その要因で幸福度が上位の国より劣位にあるということは、日本が幸福度の向上を目指すには、経済水準の引き上げが重要であることを示唆する。

もう一点注目されるのは、上位10か国の6要因で説明できない残差は2.080、日本の1.513を0.566ポイント上回っている点である。両者の幸福度の差の約45%が残差となっている。これは日本と上位10か国平均の間に6つの要因では説明できない大きな要因のあることが示唆されるものであり、その要因の解明は課題といえよう。

資料6
資料6

3.日本の幸福度上昇の背景はなにか

次に日本の幸福度が直近のボトムであった20年報告から23年報告の間に6要因の説明度にどのような変化が生じたのかを確認するため、要因ごとの増減をプロットした(資料7)。これをみると、経済水準の説明度の増加と健康寿命の説明度の減少の影響が大きかったことがわかる。

ただし、この説明度の変化については、「各国」における6要因自体の変化による部分と、報告の各年における重回帰分析の結果、幸福度に対する各変数の「世界共通」の影響力(回帰係数)が増減することの影響の二つの側面がある。そこで、要因ごとの説明度の変化を示す棒グラフについて、濃い網掛けの部分は日本固有の6要因の変化によるもの、白抜きの部分は6要因に対する世界共通の影響力の変化によるものに色分けした。その結果、説明度の変化は世界共通の影響力の変化によるものが大部分であることがわかる。日本固有の要因変化が影響している部分は一部にとどまる。ただし、社会的支援を受ける人の増加が幸福度上昇の0.017ポイント(この間の幸福度上昇の6%に相当)を説明している点は、コロナ禍の中で人のつながりの重要性が再認識されたこともあって注目される。

重要なのは、世界全体でみて幸福度の上昇に占める経済水準が重みを増したということであり、これは日本の幸福度上昇についても経済水準が重みを増したはずであることを意味する。実際にはこの間の日本の経済水準はほぼ横ばいであり、幸福度押上げに果たした役割は一部に止まったということである。

今後も日本の幸福度向上が続くためには、経済水準の向上、つまり家計の所得の持続的な増加が重要になることが示唆される。

資料7
資料7

4.幸福度の国際比較、時系列比較から見えてきたこと

ここまで2023年報告を中心に日本の幸福度の要因別・説明度について、国際比較で見た特徴と時系列での上昇要因を分析してきた。そこから示唆されることは大きく2点あると考える。

一点目は、日本の幸福度向上を持続的なものとするためには、経済水準の引き上げが不可欠であるという点である。

資料5で見たように、幸福度の説明度としてウエイトが最も大きい要因は経済水準である。その要因において日本は幸福度が上位の国に対して劣位にある。国として国民の幸福度向上を図るためには、経済水準を高めていくことが重要であることを意味する。

資料7の時系列分析でみても、世界的に幸福度向上に対する経済水準向上の重要さは増してきており、日本の説明度の変化もそれを反映していた。ただし、日本の場合、この間(2017~19年平均から2020~22年平均の間)経済水準が伸びておらず、実際の押上げに貢献できなかった点が課題である。岸田政権では成長と分配をともに高める「人への投資」をはじめ、科学技術・イノベーションへの投資、スタートアップへの投資、グリーントランスフォーメーション(GX)、デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資を柱とする「新しい資本主義」が謳われており、成長のための施策が並べられている。同政権のデジタル田園都市国家構想総合戦略では、日本全国のどこにいてもデジタルの力を活用して便益を享受できる社会を目指す、としている(注6)。いずれも成長と分配の好循環を実現して、その果実を国民に還元し、ウェルビーイングの向上にもつなげようというものである。

今後も日本のウェルビーイングの持続的な向上を目指すためには、人々が実感できる所得の持続的な向上が重要といえる。その際には、白石(2022)が指摘するように、企業による持続的な賃上げの実現、個人によるリスキリングの取組みを積極的に支援する社会的土壌の涵養も重要となる(注7)。

二点目は、政策として国民のウェルビーイング向上を支援するためには、人々のウェルビーイングを可視化して、政策の効果を検証するための指標の絶え間ない改善が必要になる、ということである。

日本と上位10か国との比較で明らかになったのは、6要因で説明できる両者の差分が半分程度にとどまり、残り半分は残差ということである。すなわち、6要因以外に大きな要因が隠れていることが示唆された。この大きな要因の一つと考えられるのが、価値観の差である。現行の幸福度指標は欧米文化圏の価値観・思想を反映したものであり、東アジア文化圏の幸福度を十分に捉えきれていない可能性がある。村上(2022年5月)で指摘したように、「報告」でも2022年版で「バランスと調和」という東アジアの価値観を反映した新たな幸福度指標の検討が実施されている(注8)。他にも内田(2020)で提唱されている「協調的幸福感尺度」なども日本人の幸福度の実感に合いやすいと考えられ、検討に値する。

日本の時系列分析からも、6要因の説明度のうち、日本固有の要因が動かしている部分が少ないことも見えてきた。報告の6変数は世界各国の幸福度の要因を共通して分析するのに役立つ指標ではあるものの、ある一国の幸福度の変化要因を分析するにはさらに多面的な要素を把握することが重要と考えられる。その意味では、幸福度の変動要因について多面的な分析が可能な内閣府「Well-beingダッシュボード」が参考になると考えられる。

2030年にSDGsの目標期限を迎えるが、その後継となるグローバル・アジェンダとして、ウェルビーイングを据える動きも出てきている(注9)。その際、東アジア文化圏のウェルビーイングを捉える尺度の導入も含め、国としてウェルビーイングを捉える指標の絶え間ない検討と精度の向上は欠かせない。

以 上

【注釈】

1)国際連合は2012年に「持続可能な開発ソリューションネットワーク」(Sustainable Development Solutions Network, SDSN)を設立し、以来、ほぼ毎年「世界幸福度報告」という形で、世界各国の幸福度のランキングや関連する分析を発表している。

2)6つの説明要因による説明度について、読者が幸福度を6要因による積み上げで算出されている(実際は幸福度を聴取する一つの質問(カントリルのはしご)に対する回答結果で算出)と誤解しないように、2023年「報告」では本編から説明度を示すグラフを記載しないよう変更したとのことである。

3)①は世界銀行の統計、③はWHOの統計、②と④~⑥はギャラップ社の世界世論調査によるアンケート調査に基づく。

4)重回帰分析とは、分析の対象となるデータ(被説明変数などという)について、複数のデータ(説明変数などという)で予測しようとする統計的な分析手法を指す。重回帰分析の重要な要素の一つは、その分析で使用する説明変数で被説明変数をどの程度予測できるかを調整済み決定係数という指標で示すことである。もう一つは、ある説明変数の変化がどの程度被説明変数を変動させるかを示す回帰係数を算出し、どの説明変数がどの程度重要か、といった関係を理解するのに役立つことである。

5)報告P37~38を参照。

6)村上(2022年11月)P1を参照。

7)白石(2022)では、「リスキリング1兆円予算で賃上げは実現できるのか。まずは、企業が主体となり2つの軸(「①付加価値」「②労働分配率」)を改善し、持続的な賃上げに向けた好循環を形成することが急務である。さらに、1兆円の予算を基軸に、個人がリスキリングを積極的に行える土壌を社会全体でつくることができれば、実現は可能である」としている。

8)村上(2022年5月)P3~7を参照。

9)ウェルビーイング学会(2022)P8では、例えば「新型コロナウイルス感染症の対応にあたるWHOが、国際機関との議論の基でディスカッションペーパー(2021年)を発表」し、その中で「ウェルビーイングを国際アジェンダの中心概念として据えるべきである」と主張していることが挙げられている。

【参考文献】

村上 隆晃


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

村上 隆晃

むらかみ たかあき

総合調査部 研究理事
専⾨分野: CX・マーケティング、well-being

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