ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

母子家庭のためのシェアハウス

~シングルマザーの育児時間の不足をいかに補うか~

福澤 涼子

目次

1.育児時間が不足しがちな母子世帯

新型コロナウイルス感染拡大に伴い、食料が買えないなどの母子世帯の厳しい経済状況が多くのメディアで伝えられた(注1)。シングルマザーは非正規雇用で働いている人も多く(注2)、経済の停滞、小学校や保育園の休園など生活に大きな影響を受けた。生活基盤が脆弱な母子世帯の抱える問題が、ここ数年でさらに顕在化したといえる。

そのような母子世帯は、育児時間の不足という問題も抱えている(注3)。6歳未満の子どもを育てる有業の母子世帯では、平日の育児時間が共働きふたり親世帯の半分に満たない(図表1)。

図表1
図表1

母子世帯の場合、家事・育児を基本一人で行わなければならない。なおかつ稼ぎ手でもある母子世帯の母親は、ふたり親世帯の母親と比較して長時間の就業となる傾向にある。一方で先述した通り、シングルマザーにはパート等の非正規雇用で働いている人も多く、家事代行などの外部サービスを依頼したり、最新の時短家電を購入したりするなどの経済的余裕は生まれにくい。結果として、仕事と家事の時間のために、育児時間を削らざるを得ない状況だ。

こうした育児時間の不足は、子どもの教育や生活習慣にも影響を及ぼす可能性がある。内閣府「令和3年子供の生活状況調査」によると、「ふだんの勉強の仕方」について、家の人に教えてもらうと回答した中学生は、ふたり親世帯で26.0%なのに対し、母子世帯では15.1%となっている。「朝食や夕食などを毎日食べる」や「ふだん、ほぼ同じ時間に寝ている」と回答した中学生も母子世帯の方が少ない。また、中学生の子供を育てる世帯のうち、「子供に本や新聞を読むように勧めている」、「テレビ・ゲーム・インターネット等の視聴時間等のルールを決めている」と回答した世帯も、ふたり親世帯より母子世帯の方が少ない。

これらの結果には、経済的な問題、親自身の教育への関心などの影響もあろうが、親が子どもに関わることのできる時間のゆとりが不足することで、教育や生活に関する声掛けの機会が減ったり、食事の提供が日によっては難しかったりするなどの状況があることは想像に難しくない。

そのため、母子家庭に対しては、経済的な支援に加え、子育ての時間や親子の交流の時間をいかに増やしていくか、そのためにどのような支援が考えられるかといった視点も重要であるといえるだろう。

2.母子世帯のためのシェアハウスとは

以下では、母子世帯の子育て時間確保への支援策の1つとして、「母子世帯向けのシェアハウス(母子シェアハウス)」を取り上げる。そもそもシェアハウスとは、非親族同士が台所、風呂などの水回りを共用しながら住まう物件のことである。設備をシェアして利用することで、コストメリットや住人同士の交流が生まれやすいという特徴があり、主に単身の若者を対象に広まっている。

筆者は以前、「シェアハウスで子どもを育てるという選択」(2022年9月)」で、ふたり親家庭と単身者らが共に住み子育てをする事例を取り上げたが、それらは子育て支援自体を目的としていないケースが多い。他方、母子シェアハウスの入居者募集サイトをみると、集住による育児負担の軽減や孤立の防止、子ども食堂や働く場の提供など母子世帯への支援を打ち出しているものが多く、より福祉的な特色を持つシェアハウスだと捉えることができる。

また、シングルマザーのうち、母子世帯になる段階で正社員として働いている人の割合は高くないため、一般的な賃貸物件だと住居確保に困難が伴うケースもある(注4)。他方、こうしたシェアハウスでは、就労形態を問わない施設も多いため、母子世帯の住まいの受け皿にもなっている。さらには、一部の家具・家電・調理器具などが揃っていて、初期費用が抑えられることもメリットである。

3.時間資源の不足を補う

このように、コストメリットや入居のしやすさの他、母子シェアハウスに暮らすことで育児時間の不足を補えるケースもある。

筆者はある平日の夕方に母子シェアハウスを訪れた。そのシェアハウスは、数人のスタッフが交代で平日の夕食提供と20時までの託児を行っていて、運営者も住み込みでその生活を見守る。その分、多少高価格ではあるが、シェアハウス住人で費用をシェアできているので、一般的なベビーシッターや家事代行、宅食などのサービスを利用するよりは安価だ。また、母子世帯だけではなく単身の女子大生らも住み、子どもたちの遊び相手になってくれることもある。

取材の日は、まだ明るい16時頃に順次小学校から子どもたちが帰宅して、スタッフやほかの住人らとリビングで談笑しながら母親の帰りを待っていた。子どもたちとスタッフの間では、「良い匂いがする、今日のごはん何?」「手洗い・うがいしてから遊んでね」といった家庭でなされるような会話が繰り広げられている。18時頃には出来立ての夕食が提供されて、賑やかな雰囲気のなかで食事が始まった。その夕食の場で、ある女児がふりかけだけを食べようとしていたところ、住人の女子大生から「ふりかけだけ食べちゃダメだよ、ごはんに乗せて」と注意され、白米の上に乗せ直す場面もあり、家族ではなくとも、生活習慣に関しての声掛けがなされていた。

また19時頃には多くの母親たちも仕事から帰宅し、大人同士で談笑する姿も見られた。運営者によれば、離婚調停中の母親と離婚が成立した母親で、日頃から情報交換や励ましが行われているという。離婚は増加しているとはいえ全体を見渡せば少数の中、同じ境遇や経験者と出会い情報交換できることは、ストレスの発散、不安の軽減など情緒的な支援にもつながっていると考えられる。

このように母子シェアハウスでは、就労によりどうしても不足しがちな母親の時間資源を、家事や見守り、共食などを通じてほかの大人たちが補い、子どもたちの育ちを支える。さらには、あえて交流の時間を捻出せずとも、生活を通じて大人同士の会話が可能となることで、母親に対する情報的な支援、情緒的な支援にもつながっている可能性もある。

図表2
図表2

4.母子世帯を支えるネットワークの重要性

こうしたひとり親世帯向けのシェアハウスは、シェアハウスのなかでも福祉的な価値を持つ住宅として社会的に注目されている。国としても支援していく方針で、令和3年度には改修費用や入居者の家賃を補助するセーフティネット登録住宅の基準に、ひとり親世帯向けシェアハウスの基準が新たに設けられた。

その一方で、助成金があるとはいえ、母子シェアハウスは簡単に運営できるものではないという認識も必要だろう。なぜなら、一般的なシェアハウスのターゲットである若者の単身者と比べて、母子世帯はさまざまな課題を抱えているケースも多いからである。

中にはDVの被害から逃れるために住むというケースもあり、居場所が明らかにならないための配慮や、DVを受けたことによる心のケアも必要となるかもしれない。もし精神的に不安定な状況を無視して入居させると、共同生活によってかえってストレスが増長され、ほかの居住者とトラブルになりかねない。

そもそも、シェアハウス運営者だけがそうした精神面のケアや自立の支援をしていくのには限界もある。そのため、母子シェアハウスの運営サイドと、福祉センターや母子世帯を支援するNPOとの協働のスキーム作りが必要となってくるのではないだろうか。実際、今回取材したシェアハウスの運営者も、母子の生活を支援するNPO法人を紹介したり、地域の保健師とつないだりと、ネットワークを生かして母子を支援している。内見に来た段階から、給付金制度やハローワークなど生活を整えるための情報を提供したり、状況によってはシェアハウスよりも母子生活支援施設を勧めたりすることもあるとのことだ。そして、スタッフや住人同士だけではなく、地域の住人たちも季節行事の手伝いなどでその運営を支援している。

今後一層、家族の形が多様化すると考えられるなか、すべての子どもたちが孤立せず健全に育っていくことができる社会に向けて、家族か否かに関わらず色々な大人たちが関わり、子育てを支えていくという視点が求められているのではないだろうか。

【注釈】

  1. 保育園や小学校が休園になることで仕事に行くことが出来ない、もしくは経済の停滞によりシフトが減らされるなどして、収入減となり、経済的に困窮する母子世帯がメディアで多く報道されていた。「母子家庭18%で食事減 コロナ禍でNPO調査」日本経済新聞 (nikkei.com)(2020年9月7日)など。
  2. 厚生労働省の「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査」によれば、母子世帯の母のうち就業している割合は86.3%で、そのうち「アルバイト・パート」と「派遣社員」で働いている割合の合算は42.2%となる。
  3. 父子世帯も同様に、育児時間の不足の問題を抱えていると予想されるが「令和3年社会生活基本調査」のサンプル数が少なく比較が困難であったこと、本稿で紹介するシェアハウスに父子世帯をターゲットとしたものが、筆者の調査によればないことから、今回は母子世帯にフォーカスをあてている。
  4. ちなみに、こうした母子家庭を支援する居住施設としては、児童福祉法に基づく「母子生活支援施設」もあるものの、「支援施設」という印象から、人によっては抵抗を持つ人もいる他、公営住宅も離婚が成立しないと入居が可能とならないため、別居から離婚へと至ることも多い母子世帯の状況やニーズと合致していないと述べる意見もある。対して、母子シェアハウスは、民間の不動産事業者が行っているので、離婚が成立しているか否かなども関係なく住むことができる。/参考:葛西リサ「子どもの成長と健康を阻害する居住貧困の実態-母子世帯の事例研究からー」

【参考文献】

  • 福澤涼子「「シェアハウス」で子どもを育てるという選択~選択の背景にある現代の日本の育児課題」第一生命経済研究所2022年
  • 福澤涼子「親になる前に、子育てを体験する価値~シェアハウスで他者の子育てに触れる経験から考える~」第一生命経済研究所2023年
  • 厚生労働省「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査結果の概要」2022年
  • 総務省「令和3年社会生活基本調査」2022年
  • 内閣府「令和3年子供の生活状況調査」2021年
  • 国土交通省ホームページ「ひとり親世帯向けシェアハウスの基準を新設します!」2021年
  • 葛西リサ『母子世帯の居住貧困』日本経済評論社2017年
  • 社会福祉の動向編集委員会『社会福祉の動向2023』中央法規出版2023年
  • 周燕飛『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』労働政策研究・研修機構2014年
  • 杉野衣代『居住支援の現場から―母子世帯向けシェアハウスとハウジングファースト―』晃洋書房2022年
  • 水無田気流『シングルマザーの貧困』光文社2014年
  • 南野奈津子,結城康博『地域で支える子どもの貧困~これからの地域連携の課題と実践』ぎょうせい2020年
  • 石井加代子,浦川邦夫「生活時間を考慮した貧困分析」『三田商学研究』第57巻第4号2014年
  • 葛西リサ「子どもの成長と健康を阻害する居住貧困の実態-母子世帯の事例研究からー」『家族関係学』40巻2021年
  • 江楠「母子世帯と社会的孤立-ソーシャルサポートの側面から-」『北海道大学大学院教育学研究院紀要』第138号2021年
  • 山野良一「母子世帯と子どもへの虐待―抑うつ分析も含め―」『社会保障研究』2(1)(5)2017年

福澤 涼子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

福澤 涼子

ふくざわ りょうこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、居場所、ワーキングマザーの雇用

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