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表計算AIの衝撃

~ここまで来た!新しいデータ加工作業の世界~

柏村 祐

目次

1.表計算ソフトのスキル習得のわずらわしさ

ビジネスにおいては、さまざまな局面でエクセルなどの表計算ソフトを活用しデータを加工する機会があるだろう。表計算の関数やプログラミングなどのスキルが必要なこともあるため、多くの人は参考図書を購読したり、講座を受講しながら1歩1歩それらのスキルを習得している。中には途中であきらめて、必要以上に時間をかけて作業したり、データ加工が得意な同僚や部下にデータ加工を頼んでしまっている人もいるのではないだろうか。

そのような中、近年のAIの急激な進化に伴い、表計算ソフトの関数やプログラミングを学ぶことなく、データ加工を行える技術が登場している。最近注目を集めているChatGPTは、チャットボットや検索エンジン、翻訳システムなどに利用されるAIだが、表計算AIはそれをプラグインとして表計算ソフトに組み込んだものである。

本稿では、その表計算AIについて概観し、その可能性について解説する。

2.表計算AIとは

現在、データ加工を行うには、多様な関数やプログラミングに関するスキルが必要になることがある。表計算AIは、作業内容を文章主体の命令文として入力することによりデータ加工ができる仕組みで、これを活用すれば、メールやチャットを書くように、文章主体の命令文でデータ加工を行える。

そこで、実際に具体的なケースとしてビジネスに馴染みのあるEメールアドレスデータ、電話番号データ、顧客レビューデータの3つを題材とし、表計算AIを動作させ、その性能を検証してみた。

まず、Eメールアドレスデータを題材として、表計算AIの編集能力を検証してみた。図表1赤枠のEメールアドレスデータ「john.smith@email.com」の中から名前部分だけを抽出したい場合、B2のセルに「=AI("here's an email address:",A2, "what's the person's name?")(「A2は、Eメールアドレスです。この人の名前は?」)」と表計算AIの入力ルールに基づいて文章主体の命令文を記載すればよい。その結果、B2のセルに「John.Smith」と生成したいデータが表示される。この命令文をB3からB11までコピーすることで、複数のEメールアドレスから名前を抽出できる。また、Eメールアドレスからドメインだけを抽出したい場合、C2のセルに「=AI("here's an email adress:",A2,"what's the person's domain?") (「A2は、Eメールアドレスです。このEメールのドメインは?」)」と表計算AIに文章を記載すれば、その結果、C2のセルに「email.com」とドメイン情報が生成される。この命令文をC3からC11までコピーすることで、複数のEメールアドレスからドメインのみのデータが生成される。

図表1
図表1

次に、電話番号データに対して処理を加えてみた。フォーマットが統一されていない電話番号データを「(XXX)XXX-XXXX」という統一された形式にするために表計算AIを活用できる。まず、図表2にある表計算シートA2に記載されている「123-456-7890」を統一された形式となる「(123)456-7890」とB2に手動入力する。また、表計算シートA3に記載されている「555.555.1212」を統一された形式となる「(555)555-1212」とB3に手動入力する。

そしてA4からA11の電話番号データに対して命令文「=infer(A2:A3,B2:B3,A4:A11) (「A2、A3とB2、B3の関係性を考慮し、A4からA11のデータを推論してください」)」を表計算AIに与えると、B4からB11のセルに統一されたフォーマットの電話番号が生成される。さらに、統一されたフォーマットのB列のデータに対して「電話番号からどの州かを教えてください」という命令文に入力すれば、図表2赤枠のようにどの州の電話番号かもデータとして生成してくれる。

図表2
図表2

最後に、顧客レビューデータに対してデータ加工処理を加えてみた。図表3赤枠の顧客レビューに対して、C2のセルに「=WRITE("A very short response to this custmer review:",A2)(「A2の内容に対して短い返信文を書いてください」)と表計算AIが定める入力フォーマット通りに文章を入力すれば、表計算AIは瞬時に返信文を生成してくれる。この命令文をC3からC11までコピーすることで、それぞれ意見の異なる顧客レビューに対して表計算AIは瞬時に返信文を生成する。

図表3
図表3

3.表計算AIがもたらす生産性革命

以上のように、表計算AIは、データ加工作業において文章主体の命令文を入力することで、自分自身が生成したいデータを生成してくれる。本稿では、事例としてEメールアドレスデータ、電話番号データ、顧客レビューデータに文章主体の命令文を与えることで、表計算AIが求めたいデータを生成してくれる性能を確認した。

このことは、関数やプログラミングといった表計算ソフトウェアのスキルを習得しなければ、データ加工ができないと思われていた表計算の世界の常識を覆し、普段使いの文章を入力するレベルでデータ加工を行える世界が登場していることを示している。

現時点では、エクセルを中心とする現行の表計算ソフトに表計算AIは組み込まれていない。そのため、現行の表計算ソフトで表計算AIを活用するには、プラグインをインストールする必要がある。近い将来、すでに普及している表計算ソフトに表計算AIが統合されることが想定され、そうなれば、表計算における関数やプログラミングによるデータ加工は、徐々に表計算AIに代替されていくだろう。

表計算AIが普及する近い将来において、ビジネスにかかわる個人や組織が能動的にこのような技術を活用することにより、データ加工に関わるスキル習得に必要な時間やデータ加工作業時間の削減につながるだろう。また、表計算AIを用いれば誰もがメールやチャットを書くレベルでデータを加工できるため、データを取り扱うIT部門の業務減少にもつながる。現時点では、日本語に対応する表計算AIは見当たらないが、近い将来翻訳技術と連携する日本語サービスも登場するだろう。

以上のように、表計算AIは、データ加工作業における生産性革命を実現する仕組みといえる。今後、さらなる発展と普及が期待されるところである。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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