ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

親になる前に、子育てを体験する価値

~シェアハウスで他者の子育てに触れる経験から考える~

福澤 涼子

目次

1.子育てを知らないまま親になる

乳幼児と触れあう経験があまりないまま親になる人が増えている。2022年の出生数が80万人を割るとの見通しが話題になったように、少子化が深刻化する現代においては、乳幼児とふれあう経験を持ちにくくなっている。国立社会保障・人口問題研究所の2022年の調査によると、18~34歳の未婚者のうち「赤ちゃんや小さい子どもとふれあう機会がよくあった(よくある)」にあてはまらないとした割合は、男女とも過半数を超え(図表1)、前回2015年の調査より増加している(注1)。

図表1
図表1

一方で、育児という行為は第一子よりも、第二子・第三子と経験を積んだ方が「赤ちゃんが何を要求しているのか」への理解が進み、子育てに自信がもてるという学習性の要素も強いことがわかっている(注2)。加えて先の調査によれば、自分の子どもだけではなく、他者の子どもであっても「接触経験」や「育児経験」を出産前にもつことができれば、自身の子育ての際、子どもの要求への理解が進み、精神的に安定し、育児を楽しめる割合が高いことも明らかになっている。

また、「赤ちゃんや小さい子どもとふれあう機会がよくあった(よくある)」人ほど、希望する子どもの人数が多いという調査結果もある(図表2)。子どもを持つ前の若者に乳幼児とのふれあいや育児の経験をもたせることは、少子化対策への効果を期待できる可能性もあり、その価値は大きいと考えられる。

図表2
図表2

2.育児経験やふれあいができる場はどこか

では、自分の子どもを持つ前の若者たちは、どうすれば乳幼児とふれあったり、育児を経験したりすることができるだろうか。その一つとして、学校教育の場があげられる。学校教育では、人間の発達について学び、親になる資質を育てることが重要であるとの認識から、中学生や高校生を対象とした乳幼児との「ふれあい体験学習」が広く実施されている。中には、「プレママ・パパ体験」と称して、乳幼児とのふれあいだけではなく、保護者から妊娠中の様子や子育ての楽しさ、大変さを聞くというプログラムを実施する自治体もある。

学校教育以外では、あるNPO法人が大学生や若手社会人向けに、子育て家庭とのマッチングを手掛け、交流機会を提供している。若者たちは子育て家庭を訪れ子どもと遊び、親に話を聞くことで、将来について考えるきっかけにする。またある企業では、キャリア支援の観点から、育児体験の社内制度を試験的に設けている。育児をしたことのない社員が、育児中の社員の自宅を訪ね、子育て中の生活を体験することができる。

3.シェアハウスに住み、他者の子育てに触れる経験

筆者は、「シェアハウスで子どもを育てるという選択」(2022年9月)」において、シェアハウスで子育てをする事例を取り上げた。シェアハウスで一定期間、育児中の家族と共同生活をすれば、よりリアルな育児を疑似体験できる。

以下では、こうしたシェアハウスに住み、他者の子どもとの同居を経験してきた若者へのインタビューをもとに、育児を経験する価値について考察する。インタビューは、シェアハウスで他者の子どもと同居しながら育児を体験し、現在はシェアハウスを出て核家族で0~3歳の自身の子どもを育てている男性3名、女性2名の計5名(28~37歳)に行った。

(1)育児行為を実践的に学ぶ

シェアハウスで同じ空間に居合わせれば、毎日というわけではないが忙しい親に代わって子どもに食事を与える、オムツを替えるなどの育児行為をすることになる。そのため、一連の育児行為を実践的に学ぶことができるうえ、子どもに適した伝え方やリアクション、泣き止まない時の対処の仕方なども自然と身についていく。先述のとおり、育児経験を積んだ方が赤ちゃんの要求を理解できるが、特にこうした幼い子どもとのコミュニケーションの取り方は、実際の育児でも活かされているという声が聞かれた。

図表3
図表3

(2)イメージ(理想)と現実とのギャップを少なくする

また、乳幼児を育てるには、常に大人がそばで見守る必要があること、夜泣きなどでゆっくり休む時間も取りにくいことなどを間近に見て、育児が想定よりも大変だという現実を知る。ある女性は、自身の子どもが誕生後も「予想通り」大変だったと話す。もし、育児に対して「子育ては全てにおいて幸せ 」「子どもはいつでもかわいい」などキラキラしたイメージだけをもっていたら、理想とのギャップに苦しんでいただろうとも推測していた。また別の女性は、自分の子どもが早朝に起きてしまう時期に、シェアハウスでの経験を思い出して「大変なのは自分だけではない」と精神的に楽になったと言う。近年は、SNSの普及によって育児に関する非現実的なイメージ(見栄えのする離乳食や、片付けられた部屋で過ごす赤ちゃんの姿など)も広く出回っている。そうしたイメージと現実のギャップは、親になった際に、「こんなはずじゃなかった」「自分だけが上手くできないのではないか」とストレスやプレッシャーを感じる要因となるため、乳幼児との生活を通じてそのギャップを埋めることは大きな価値をもつだろう。

(3)「仕事と育児の両立」の生活を知る

共働きが当たり前になってきたとはいえ、現在の子育て世代は母親が専業主婦だった割合も高く(注3)、共働きで仕事と育児を両立することに漠然とした不安を抱く若者もいるだろう。そのため、シェアハウスにおいて共働き夫婦のロールモデルを知ることは、育児とキャリアの両立という視点で、より具体的なライフデザイン、キャリアプランを描くことにつながる。

ある女性は、妊娠前に広報部門をひとりで担っていたが、シェアハウスでの乳幼児との同居を通じて育児休業中に仕事をするのは難しいという現実を理解し、部門を複数人の体制にすべく早めに社内調整に動いたと話す。またある男性は、母親だけが育児を担うのは想定以上に大変だという実感から、将来、育児休業を取ることを前向きに検討するようになった。さらに、同居していた子どもの父親が育児休業を希望しても取得できなかったことから、自身は勤め先の育児休業について早めに社内調整を図り、望むかたちで育児休業を取ることができたと話す。別の女性は、同居していたシェアハウスの女性が20代で出産し、職場復帰してからも出産前と変わらず活躍している様子を見て、同じように体力のあるうちに出産し、職場復帰したいと考えるようになった。そして実際に20代で出産している。

また、自己実現の障壁となるのではないかとの不安から子どもを持つ希望はなかった男性は、育児中でも職場で活躍している夫婦の姿を見て、子どもを持つことを前向きにとらえなおし、その後、実際に子どもが誕生している。

このように、共働き夫婦の生活を間近で見聞きすることは、将来のライフイベントや起こりうる問題を具体的に想定し、その対処方法や現実的なプランを描くことに役立つ。生き方が多様化する現代は、結婚するか否か、子どもを持つか否か、そしてそのタイミングについて自己決定していくことが求められている。そのための情報収集として、一歩先を行く人々の生活実態を把握することには、大きな価値があるだろう。

4.育児を体験する価値とその機会をいかにつくっていくか

インターネットやスマートフォンの普及によって、豊富な育児情報を簡単に得られるようになった。「もうママ友は必要ないのか(2022年10月)」で紹介したように、育児の悩みがあったときに「ママ友に聞くよりインターネットで情報収集して解決する」人は、ママ友がいる人の半数に上っている。だが、迅速に膨大な情報にアクセスできるというメリットがある一方で、その膨大な情報の中から有益な情報を選り分ける労力がかかることや、不確かな情報を鵜呑みにするリスクも問題になっている。

何より、言葉の話せない乳幼児はただ泣くばかりのこともよくあり、その要求を汲み取り対応するには、知識のインプットだけではなく、経験値が大きな意味をもつ。さらに、子どもの誕生がもたらす生活の変化は非常に大きく、生活リズム・仕事の仕方・夫婦の役割分担・趣味や余暇に費やす時間など、その変化は多岐にわたる。そうした変化を想定して、何らかの対処や心の準備ができれば、育児期の負担は大きく軽減するのではないだろうか。

本稿では、親になる前の子育ての体験が、実際の自身の子育てにどのような影響をもたらすかについてシェアハウスを事例に考察したが、シェアハウスで育児を体験するというケースは現状ごく一部に限られる。また、現代の日本では、友人やきょうだいの子どもの世話をする機会も非常に少ない(注4)。きょうだい、友人・知人に赤ちゃんが産まれたときに、お祝いに行くことはあっても、世話まで経験する人は限られているのではないだろうか。たとえばこうした機会に、継続的に育児を手伝い、あえてその大変さを体験することも、未来の子育てやライフデザインの重要な資産になるだろう。孤立しがちな子育て中の親子にとっても、身近な家族や友人・知人が、育児に興味をもち手伝ってくれることは助けになるはずだ。育児の予習→実践(=下の世代の予習)とバトンを渡すような社会になれば、育児を楽しめる人がより増えていくのではないだろうか。

【注釈】

  1. 2015年の調査では18~34歳の未婚者で、「赤ちゃんや小さい子どもとのふれあう機会がよくあった(よくある)」にあてはまらない割合は、男性で57.2%、女性で48.7%である。/国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」2015年
  2. 原田正文「子育ての変貌と次世代育成支援―兵庫レポートにみる子育て現場と子ども虐待予防」2006年
  3. 厚生労働省「国民生活基礎調査」を比較すると、現在30歳の若者が2歳当時の1995年は、5歳までの未就学児を育てる母親のうち仕事をしている人は3割ほどに止まる。一方で、2021年には同割合が約7割まで高まり、育児と仕事と両立をする女性が増えている。このことから、現代は、自分の育った環境と、自分が育てる環境との違いにギャップがある人が多い時代だと言える。
  4. 内閣府子ども・子育て本部の調査によれば、「普段、子供の世話をするのは誰ですか(誰でしたか)」の回答(複数回答)として、きょうだいをあげた人は3.3%、友人をあげた人は1.1%となる。

【関連レポート】

  • 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」2022年
  • 国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)調査結果報告書」「第Ⅲ部 独身者・夫婦調査共通項目の結果概要」p83
  • 松戸市子育て情報サイト まつどDE子育て「中高生と赤ちゃんのふれあい体験について」2022年12月閲覧
  • 文部科学省「中学校学習指導要領解説【技術・家庭編】」2022年12月閲覧
  • 内閣府子ども・子育て本部「令和 2 年度少子化社会に対する国際意識調査報告書」2021年,p50
  • 特定非営利活動法人manma ホームページ 2022年12月閲覧
  • 株式会社ランクアップ ホームページ 2022年12月閲覧
  • 厚生労働省「国民生活基礎調査」1995年および2021年
  • 原田正文「子育ての変貌と次世代育成支援―兵庫レポートにみる子育て現場と子ども虐待予防」2006年
  • 中島千英子,永井由美子「母親の育児情報源としてのSNS利用に関する調査」2020年, 大阪教育大学紀要
  • 辻川ひとみ,吉住優子「ワーキングマザーサイトにみる仕事と子育ての両立に関わる不安要因について共働き夫婦の育児環境に関する研究 その2」2007年,日本デザイン学会 第54回研究発表大会
  • 星野卓也「子どもを持つ選択は「ぜいたく」になったのか?~加速する少子化の考察と将来出生数シミュレーション~」2022年,第一生命経済研究所
  • 福澤涼子「「シェアハウス」で子どもを育てるという選択~選択の背景にある現代の日本の育児課題」2022年,第一生命経済研究所
  • 福澤涼子「もうママ友は必要ないのか~現代における「子どもを介した友人」の価値を考える~」2022年,第一生命経済研究所

福澤 涼子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

福澤 涼子

ふくざわ りょうこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、居場所、ワーキングマザーの雇用

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ