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シンガポール都市交通データ活用の潮流

~リアルタイムデータが創り出す新たな世界~

柏村 祐

目次

1.シンガポールで活用される都市交通データ

世界の都市部では、公共の移動手段としてタクシー、バスなどさまざまな乗り物が活用されている。人口が密集する都市部で移動手段を最適化し、そこに暮らす人々の移動に関する快適性をいかに高めるかは、世界の都市部が抱える課題の1つである。たとえばシンガポールでは、タクシー、バスなどの移動手段について、都市交通データを活用し、目的地に便利に、より早く到着できるような仕組みが構築されている。

本稿では、シンガポールにおいて都市交通データがどのように活用されているのかを概観し、その可能性について考察を加える。

図表1
図表1

2.都市交通データの利用実態

シンガポールでは、人口の増加に伴い、限られた道路やインフラをいかに効率的に活用するかが課題となっている。そのため、100万台以上の自動車が走るシンガポールでは、より効率的で安全かつ信頼性の高い交通システムを設計することが、常に求められている(注1)。シンガポールでは、信頼性の高い交通システムを実現するために、自動運転車やオンデマンドシャトル(スマートフォンでシャトルバスを呼び出せるサービス)といった次世代の移動手段について未来に向けた取り組みを続けている。

また、このような物理的な移動手段に加えて、既に陸上交通局では都市交通データを活用した取り組みとして「データのオープン化」、「データ活用による交通効率化」を進めている。

まず、「データのオープン化」について確認してみよう。民間のシステム開発者は、陸上交通局が定めた手続きを踏むことにより、都市交通データを取得・利用することができる。取得できる都市交通データは、静的データと動的データに分類されている。静的データとは、年に1回、半年に1回、毎月に1回更新される特定の期間における情報を集計したデータである。一方、動的データは、リアルタイムで更新される都市交通データである。実際、2022年12月下旬時点の静的データを確認したところ、シンガポールで登録されているバスの経過年数別台数や自動車の経過年数別台数などの110種類の情報を取得できる(注2)。また、動的データを確認したところ、バス到着時刻の遅延状況や混雑状況、タクシーの空き状況、交通状況、駐車場の空き状況など26種類の情報を取得できる(図表2)。

図表2
図表2

これらの動的データは各方面で有効活用されており、いくつかの便利輸送アプリも開発されている。たとえば、シンガポールで人気のチャットボットである「バスおじさん(英語名Bus Uncle)」では、陸上交通局が提供する動的データに基づいて、バスを利用したい人は、バスおじさんとアプリを通じてチャットできる。バスおじさんの機能は、バスの到着時刻、ナビゲーション、画像認識に分類される。まず、バスの到着時刻機能では、バスおじさんは、バスの到着時刻をリアルタイムに配信してくれる。バスがダブルデッカーかどうか、混み具合はどうかなど詳細な情報を確認できる。ナビゲーション機能では、バスおじさんは、自分自身が行きたいところへ道案内をしてくれる。道案内の詳細として、バス、都市高速鉄道、ウォーキングマップ、所要時間、乗り換え、料金などが表示される。画像認識機能では、バスおじさんのチャット画面において、文字を入力して質問する手間を省くために、バス停のパネルを撮影するだけで、バスが来る予定時刻を瞬時に知ることができる(図表3)。バスおじさんのようなバスに関連するリアルタイム情報を提供するアプリ以外にも、陸上交通局が提供する都市交通データに基づきリアルタイムで駐車場の空き情報を確認するアプリや、タクシーの空き状況データを活用した配車アプリなどが複数提供されている(注3)。

図表3
図表3

次に、「データ活用による交通効率化」について確認してみよう。「データ活用による交通効率化」の象徴的な取り組み事例として、公共バスの混雑緩和、待ち時間を短縮する取り組みが挙げられる。この取り組みを実現するために陸上交通局では、公共バスに設置されているセンサーを使って、バスの位置や各停留所への到着時間などの情報をリアルタイムに収集している。加えて、陸上交通局は、通勤者の運賃カードから匿名化されたデータを収集し、通勤者の位置情報を特定することで、バス車両と通勤者の需給をより適切に管理できるようにしている。これらのデータ収集と分析の結果、1日の平均乗車人数が増加しているにもかかわらず、輸送計画を改善することにより、混雑が問題となっているバス運行サービスの数が92%減少したとされる。また、人気のあるバスサービスの平均待ち時間が3~7分短縮されている(注4)。

3.都市交通データ活用の可能性

以上みてきたように、シンガポールでは、都市交通データを活用した輸送の効率化や利用者目線のアプリサービスの開発・提供が進んでいる。特に、バス到着時刻の遅延状況や混雑状況、タクシーの空き状況、交通状況、駐車場の空き状況など都市交通データを活用するアプリサービスは、人口が密集する都市部に生活する人々の移動手段の効率化につながっている。

シンガポールが実践する都市交通データの活用事例は、都市部における輸送効率化・利用者の利便性向上につながるモデルケースであり、世界の都市部でも導入可能な都市交通データの活用のあり方を示唆しているといえるだろう。

さらに、将来を見据えれば、リアルタイムで交通データを収集することにより、信号機のタイミングを調整したり、バスの走行順に優先順位をつけたりするなど、より効果的な道路マネジメントの実現を図ることができるのではないか。また、緊急対応システムとして、都市交通データを活用し、群衆の急増に対する早期アラートを発したり、輸送事故に迅速に対応するため、列車やバスの追加投入などの措置を講じるなど、革新的な輸送システムへの進化も視野に入ることであろう。

【注釈】

  1. Smart Nation and Digital Government Office HPより
    https://www.smartnation.gov.sg/initiatives/transport
  2. Land Transport DataMall HPより
    https://datamall.lta.gov.sg/content/datamall/en/static-data.html
  3. Land Transport DataMall HPより
    https://datamall.lta.gov.sg/content/datamall/en/app-zone.html
  4. Smart Nation and Digital Government Office HPより
    https://www.smartnation.gov.sg/initiatives/transport/open-data-analytics

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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