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サッカーAI審判の衝撃

~スポーツの世界に台頭する公平・公正なAI~

柏村 祐

目次

1.サッカーワールドカップにおけるAI審判の活用

世界中が盛り上がったサッカーワールドカップ・カタール大会が12月18日に閉幕した。ワールドカップでは、主審1名、副審2名、第4の審判員1名の計4名の審判員が、90分(延長の場合は120分)という長い試合時間において、試合の進行、ファウルやオフサイドの判定など、さまざまな役割を担う。そして時には、プレーの中でミリ単位の判定を行う必要も生じる。実際、日本代表のスペイン戦において、ゴールラインぎりぎりでボールを折り返し、ゴール前の選手がゴールを決めた場面があった。このプレーについては、AI審判によってボールがゴールラインを割らずに内側にとどまっていることが確認され、大きな話題となった。

本稿では、AI審判の実態を概観し、その可能性について考察を加える。

2.AI審判の登場

審判とは、試合における様々なプレーを公平・公正に判断する役割を担う人である。AI審判は、サッカーやテニスなどのスポーツ競技において、会場内に多数の高性能のカメラを配置し、人の目では難しい判定を手助けする仕組みである。万一、審判の誤審と思われる事態が発生した場合、それを公平でないと感じる選手や観客もいるであろう。AI審判は、人の審判を補助する役割を担い、公平な試合環境を守ることに貢献する。

たとえば、サッカーワールドカップ・カタール大会では、AI審判がさまざまなプレーの判定に利用されていた。FIFA(国際サッカー連盟)は、サッカーでテクノロジーの可能性を最大限活用すると公言しており、試合中に発生する様々なプレーについてAI審判が活用された。活用されたAI審判は、半自動オフサイド技術、ビデオアシスタントレフリー(通称VAR)、ゴールライン技術に分類される。

まず、半自動オフサイド技術とは、サッカーのプレー中にオフサイドがあったのかを迅速かつ正確に判定できる仕組みである。この技術は、スタジアムの屋根に取り付けられた12台の専用追跡カメラを使用してボールを追跡し、個々の選手の頭、肩、足、手といった体に関連する29の位置情報データを毎秒50回追跡して、ピッチ上の正確な位置を計算する。また、選手の動きがモニタリングされるのみならず、カタール大会で利用されたボールの内部にはセンサーが配置されており、1秒間に500回の頻度でボールの位置情報が取得される。半自動オフサイド技術は、集められた体に関連する位置情報データとボールの追跡データを組み合わせることにより、オフサイド判定が行われる。審判がピッチ上でオフサイドの判定をした場合、半自動オフサイド技術は、オフサイドと判定された同じ位置データを3Dアニメーションで再現し、その瞬間のプレーヤーの手足の位置を完全に再現する。この3Dアニメーションは、スタジアムに表示され、観客にも共有される(注1)(図表1)。

図表1
図表1

次に、ビデオアシスタントレフリー(通称VAR)とは、試合の流れを左右する4つの状況でレフリーの意思決定プロセスをサポートする。FIFAによれば、4つの状況として、「ゴール、ゴールに至るまでのオフェンス」、「罰則の決定、罰則の決定に至るまでの違反」、「レッドカード事案」、「間違った主張」が挙げられている。VARは、これらの4つのプレー状況に明らかな誤りがないかを常にチェックし、レフリーの意思決定をサポートする仕組みである。VARを支えるカメラは42台から構成される(図表2)。スローモーションリプレイは、主に事実に基づく状況、例えば、身体的反則の接触点や反則の位置を特定するために使用される。VARチームは、明確で明白なミスまたは重大な見逃された事実についてのみ、レフリーと連絡を取り合う(注2)。

図表2
図表2

このVARは、日本代表のワールドカップ第3戦において活用された。2対1で勝利したスペイン戦での日本の2点目は、VARによってチェックされ、ボールがゴールラインから外にでたかどうかが判断された。FIFAは、2022年12月3日に公式ツイッターの中で、実際の試合動画を貼付し、ゴールラインのカメラ画像を使用して、ボールがまだ部分的にライン上にあることを確認したと発表している(図表3)。

図表3
図表3

最後に、ゴールライン技術とは、ボール全体がゴールラインを超えたかどうかを瞬時に判断してゴール判定を行う仕組みである。この仕組みがゴールを認識した後、1秒以内に審判に情報が伝えられるため、審判は迅速にゴールしたことを最終決定できる。ゴールライン技術は、14台の高速度カメラを使用しており、カメラからのデータを使用して3Dアニメーションを作成し、スタジアム内の巨大スクリーンで観客に対してゴールした様子を視覚化できる(注3)。

3.AI審判の可能性

AI審判は、2007年のテニスウインブルドン大会や、2014年度以降の世界バドミントン連盟が主催する大会でも活用され、さらに、バレーボール、野球、ラグビーといった競技にも展開されている(注4)。このようにAI審判がスポーツの判定に活用されるようになった背景として、カメラの撮影性能が向上し、競技実態を映像として記録し、再現できる技術が格段に向上したことが挙げられる。

仮に、AI審判の精度がさらに向上し、さまざまなスポーツの判定でAI審判が主審となる未来が到来した場合、試合を左右するプレーの判断に選手の多くが納得できる世界を創りだすことにつながるのではないか。観客も自分の応援するチームが誤審で負けてしまったという、やるせない思いを持たなくても済むだろう。また、AI審判が数ミリ単位の判定を精緻に行ってくれる環境は、選手自身の技や能力を存分に発揮することにつながるのではないだろうか。

AI審判は、スポーツの判定を公正かつ迅速に判断する仕組みとしてさらなる進化を遂げることが予測される。これは、多くのスポーツ競技に求められる公平・公正な判定を実現すべく創り出されたイノベーションであり、今後さまざまなスポーツ競技での展開が期待できるであろう。

【注釈】

  1. FIFAHPより
    https://www.fifa.com/technical/football-technology/football-technologies-and-innovations-at-the-fifa-world-cup-2022/semi-automated-offside-technology
  2. FIFAHPより
    https://www.fifa.com/technical/football-technology/football-technologies-and-innovations-at-the-fifa-world-cup-2022/video-assistant-referee-var
  3. FIFAHPより
    https://www.fifa.com/technical/football-technology/football-technologies-and-innovations-at-the-fifa-world-cup-2022/goal-line-technology
  4. HAWK-EYEHPより
    https://www.hawkeyeinnovations.com/about

柏村 祐


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柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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