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AI顔認識の衝撃

~米国政府機関が活用するAI顔認識の可能性~

柏村 祐

目次

1.AI顔認識とは

最近、公共施設、飲食店、イベント会場等に入場する際、体温を計測するAI顔認識の利用が増加している。

AI顔認識とは、AIが人間の顔を認識する生体認証技術の1つである。以前は認識の精度は低かったが、テクノロジーの進歩により従来と比べて格段に向上している。AI顔認識は、公共施設等への入場のみならず、スマートフォンのロック解除や、パソコンのログインにも利用されている。また、職場へ入室するための仕組みとして活用する企業も登場している。このようにAI顔認識の活用が進む中、米国では、政府機関が積極的にAI顔認識を採用し、その活用範囲を拡大している。

本稿では、米国政府機関が採用を進めるAI顔認識の実態を概観しつつ、人々の暮らしと社会の安心・安全につながるAI顔認識の可能性について考察を加える。

2.米国政府機関が活用するAI顔認識

米国政府機関が活用するAI顔認識の機能は、検証(英訳ではベリフィケーション)と識別(英訳ではアイデンティフィケーション)に分類される。

AI顔認識の検証機能とは、スマートフォンやコンピューターなどに保存されている顔データと、カメラを通じて認識される顔データを照合し、同一人物か否かを判定する本人確認の仕組みである(図表1左)。この機能は、スマートフォンのロック解除やパソコンのログインの本人確認に利用されている。

次に、AI顔認識の識別とは、1人の顔データを特定の場所に保存されている複数の顔データと照合して、一致または一致する可能性のある人物を特定する仕組みである(図表1右)。この識別機能は、たとえば、犯罪現場の写真に写っている未知の人物に関する手がかりを探るために利用される。

図表1
図表1

米国政府説明責任局(Government Accountability Office:GAO)が2022年6月29日に公開したレポートでは、米国の政府機関によるAI顔認識の活用事例が示されている。政府機関によるAI顔認識の目的は、①パソコン、スマートフォンへのアクセス制御に利用される「デジタルアクセス・サイバーセキュリティ」、②捜査対象者の特定、行方不明者や犯罪被害者の特定に利用される「国内法執行」、③施設や建物などへの物理的なアクセスの制御に利用される「物理的セキュリティ」、④空港での国内旅行者、米国への入国を申請する旅行者の身元を確認する「国境と輸送のセキュリティ」、⑤テロリストと疑われる人物調査に利用される「国家安全保障と防衛」、⑥車の運転中の注意力を評価するために使用されるアイトラッキングなど「その他」の6つに分類される(図表2)。

図表2
図表2

また、同レポートの中では、各政府機関がどのような目的でAI顔認識を利用しているのかが明確化されている。たとえば国防総省は、「国内法執行」、「物理的セキュリティ」、「国家安全保障と防衛」、「その他」の4つの目的のためにAI顔認識を利用している(図表3赤枠の●部分)。また、財務省は、「デジタルアクセス・サイバーセキュリティ」、「国内法執行」の2つの目的のためにAI顔認識を利用していることがわかる(図表3青枠の●部分)。

図表3
図表3

米国政府機関によるAI顔認識の活用は、国民の暮らしと社会の安心・安全につながっている。代表的な事例として2021年1月6日に発生した米国国会議事堂の暴動事件が挙げられる。当初、現場で逮捕された者はほとんどいなかった。しかし、その後数日間で、全米で数多くの暴動に参加した人が特定され、逮捕されている。その多くは、暴動時に撮影した自分の画像をSNSに投稿したため身元を特定されたが、中には他人がSNSに投稿した画像や監視カメラが撮影した画像から特定された人もいた。写真と名前の関連付けは、運転免許証・パスポート・軍人証などのデータベースや、一般に公開されているSNSからダウンロードされた写真と照合するAI顔認識によって行われた(注1)。

一方、このようなAI顔認識の利用が拡大する中、適正な利用を求める動きも活発化している。たとえば、カルフォルニア州では、2020年1月からCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)が施行され、AI顔認識に利用される州民のデータの削除要求が可能となった(注2)。また、イリノイ州では、2020年2月に大手のAI顔認識企業に対して同州のBIPA(生体情報プライバシー法)に違反しているとして訴訟が行われた。これについては、AI顔認識企業との間で2022年5月に和解が成立している(注3)。このように、AI顔認識が社会に浸透する中で、どのように個人のプライバシーを確保していくかについてさまざまな論争が起こっている。

3.日本におけるAI顔認識活用の可能性

以上のように、米国ではAI顔認識が政府機関において幅広く活用されている。これは、AI顔認識が今後さらに社会に幅広く浸透していく可能性を示唆する。一方、政府機関の従業員がAI顔認識を使用して1,000件以上の目的外の顔認識検索を行っていた事実も判明しており、プライバシーに関連する法を順守しない行動に伴うリスクが懸念されている(注4)。

今後、日本においてもAI顔認識の普及が見込まれる中、政府機関や民間事業者がAI顔認識を利用する場合、国民のプライバシーに最大限配慮したルール作りに加えて、誰がいつどのような目的でAI顔認識を利用したのかについて、公の場で確認できる仕組みを構築することが求められる。加えて、万が一政府機関や民間事業者によるAI顔認識の利用に疑義が生じた場合に、国民がその運用実態を確認できるような透明性を確保する情報公開ルールも必要になるだろう。

AI顔認識を積極的に活用していくことは、社会の安心・安全の確保につながる可能性がある。ただ一方で、プライバシー確保の観点からも、国民的な議論を踏まえた上で実施可否を慎重に判断すべきテーマでもあるといえるだろう。

【注釈】

  1. Globe.comHPより
    https://www.bostonglobe.com/2021/02/18/opinion/our-public-faces-security-civil-liberties-facial-recognition-technology/
  2. Clearview.aiHPより
    https://www.clearview.ai/privacy-policy
  3. TechCrunchHPより
    https://techcrunch.com/2020/02/14/class-action-suit-against-clearview-ai-cites-illinois-law-that-cost-facebook-550m/
  4. GAOHPより
    https://www.gao.gov/products/gao-22-106100

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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