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衛星インターネットの衝撃

~高速・低遅延の宇宙インターネットが地域格差を解消する~

柏村 祐

目次

1.インターネットを使えない人の存在

日本における個人のインターネット利用率は、2021年時点で82.9%となっている(注1)。一方、世界を見渡せば、総人口約78億人の6割以上、約49億人がインターネットを利用しているものの、残る約29億人はいまだ利用していない。その29億人のうち、約96%が発展途上国に住んでいるとの推計もある(注2)。インターネットを利用するには、インターネットに接続可能な通信基地局と通信できる環境が必要となる。そのため、人口が多い都市部を中心に通信事業者の基地局の敷設は進んでいるものの、人口が極端に少ない地域では、基地局の敷設は進んでいない。

インターネットが普及する地域においては、リモートワークを行ったり、オンラインショッピングやオンラインバンキングといったインターネットサービスなどを利用しやすい環境にある。さらに、災害時には、SNS等を通じて家族や友人などの安否確認を行える。一方、インターネットがあまり普及していない地域では、従来の情報収集手段であるテレビ・ラジオ等から情報は得られても、生活の利便性を向上させる多種多様なオンラインサービスにアクセスできない。また、災害時にも電話など従来の方法で安否確認することになる。

このようなインターネット利用環境の地域格差を解決するための1つの方策として、宇宙空間に多くのインターネット衛星を周回させることにより、世界中どこに住んでいてもインターネットにつながる環境整備が注目されている。本稿では、最新の衛星インターネットの実態について概観し、その可能性について考察する。

2.衛星インターネットの実態

現在、インターネットを利用するには、通信事業者が敷設する通信基地局と自宅や会社をインターネット回線でつなぐことが必要である。一方、宇宙空間において通信基地局の機能を有する衛星インターネットを利用すれば、通信基地局が敷設されていない地域でもインターネットへの接続が可能となる。現時点で最も普及が進む衛星インターネット「スターリンク」は、住宅用、ビジネス用、屋外用、海上用、飛行機用など様々な用途に対応しており、また、利用者に対して高速・低遅延のインターネット環境を提供している。高速・低遅延のインターネット環境は、動画閲覧、オンラインゲーム、ビデオ通話などの大量のデータ通信が必要となるインターネットサービスに対応できる。従来の衛星インターネットでは、高度が高いため高速通信が難しかった。たとえば、高度35,786kmで地球を周回するインターネット衛星で通信を行う場合、利用者と衛星の間の距離が長く、データ送受信に必要な時間が長くなり、動画閲覧、オンラインゲーム、ビデオ通話などに求められる高速データ通信に対応することは難しい。一方、スターリンクが提供する衛星インターネットは、高度550kmという低い軌道を周回しており、高度35,786kmの衛星インターネットの場合は約2分間(240.2秒)で1回しかデータ送受信が行えないが、スターリンクでは、70回ものデータの送受信を実現できる(図表1)。

図表1
図表1

スターリンクのインターネット衛星打ち上げの最新状況を確認してみると、10月20日に54基、10月5日に52基、9月24日に52基、9月18日に54基、9月10日に34基、9月4日に51基打ち上げられており(注3)、2009年以来打ち上げられたインターネット衛星の総数は、3,500基を超えている(注4)。

このような、低軌道で高速・低遅延のインターネット衛星が宇宙空間に多数展開される中、実際に社会課題の解決につながる効果が生まれている。たとえば、2022年2月24日から開始されたロシアによるウクライナへの侵攻に伴い、ウクライナ国内のインターネット回線は通信が困難となった。ウクライナのデジタル大臣であるフェドロフは、侵攻開始から2日後にツイッター上で、スターリンクをウクライナ国内で利用できるようスターリンクの経営者であるイーロン・マスクに申し入れている。フェドロフ大臣は、2022年2月26日午後9時6分にツイッター上で「イーロン・マスク、火星を植民地化しようとしている間に、ロシアがウクライナを占領しようとしています!あなたのロケットが宇宙からの着陸に成功している間に、ロシアのロケットはウクライナの市民を攻撃しています。ウクライナにスターリンクを提供し、まともにロシア人に立ち向かえるよう、お願いします。」とツイートしている。これに対して、イーロン・マスクは、約10時間後の2月27日午前7時33分に「ウクライナでスターリンクのサービスが開始されました。さらに多くのターミナルが控えています。」と回答し、ウクライナ国内においてインターネットが利用できる環境が迅速に整備された(図表2)。

図表2
図表2

また、日本においても衛星インターネットの商用サービス利用が開始されている。2022年10月下旬時点における提供地域を確認してみると、東日本を中心に既に利用できる状況となっており(図表3水色部分)、今後日本全国での利用提供が見込まれている。

図表3
図表3

3.衛星インターネットの価値

衛星インターネットは、宇宙空間を活用することにより世界中どこでもインターネットにつながる世界を創造している。これは、いまだ利用していない約29億の人々に対して、インターネットを活用する機会をもたらすことのみならず、山奥や海上など従来はインターネットの利用が困難であった場所での接続環境の整備につながるだろう。

このことは、インターネットを利用できないことによるデジタル格差問題を解消するとともに、ネットワークを通じた人と人との新たなつながりをもたらすのではないだろうか。そしてそれは、仕事の生産性向上や生活の利便性向上にも大きく貢献するであろう。

さらに、災害時や想定外の出来事が起きた際にも、衛星インターネットは様々な困りごとの解決につながるだろう。たとえば、災害が起き、通信基地に被害が発生して早期復旧が困難な場合、衛星インターネットがあれば、迅速に家族や知人の安否確認を行える。また、登山をしていて遭難した場合や海上で漂流してしまった場合、衛星インターネットを利用できれば助けを求めることもできるだろう。

衛星インターネットの登場は、自分の住んでいる場所や行動している場所がどこであっても、インターネットを通じて世界にアクセスする機会を提供してくれる。世界を宇宙空間から覆いつくす衛星インターネットのさらなる展開は、地球規模のネット環境強化につながる。今後、衛星インターネットを普及させていくには、いままでインターネットを使ったことがない人が、インターネットが仕事や生活に有益であることを認識することや、インターネット接続について迷うことなく操作できるように、行政等が継続して支援する取り組みや、使い方などのサポートが重要になるだろう。

宇宙空間を利用する衛星インターネットは、世界中のどこでも誰でもインターネットにアクセスできる機会を提供し、誰もがデジタルサービスから取り残されない社会を創りだす仕組みとして、今後さらなる展開が期待されるイノベーションといえるのではないだろうか。

【注釈】

  1. 総務省 HPより
    総務省「通信利用動向調査」(2022年5月27日)
  2. ITU HPより
    https://www.itu.int/en/mediacentre/Pages/PR-2021-11-29-FactsFigures.aspx
  3. SPACEX HPより
    https://www.spacex.com/launches/
  4. NASASpaceflight.com HPより
    https://www.nasaspaceflight.com/2022/10/spacex-3500-starlink/

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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