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デジタル探偵「オシンター」の衝撃

~あなたの知らないデジタル探偵の世界~

柏村 祐

目次

1.オシンターの登場

知りたいことや解らないことについてインターネットで情報収集することが当たり前となる中、一般に公開され合法的に入手できる資料を収集し、収集した情報を多角的に分析することにより「真実」を追求するオシント(OSINT、オープンソースインテリジェンスの略)という手法が注目されている。

本稿では、オシントを活用する組織や個人をオシンターと呼ぶ。現在、オシンターの分析により不正行為の「真実」が追及されるケースが増加している。例えば、ロシアのウクライナ侵攻において戦況やロシア軍の装備の動きを把握するという場面で、オシンターが活躍している。オシンターが利用する情報源は、新聞やテレビなどの「公共メディア」、SNSやブログなどの「インターネット情報」、公的機関が発信するレポートや公聴会、学術論文やジャーナルなどの「専門的・学術的な出版物」、ビジネスに利用される財務情報やデータベースの「商用データ」、および「灰色文献」(注1)に分類され、その収集範囲は幅広い(図表1)。以下では、台頭するオシンターの概要を確認しながら、その可能性について考察を加える。

図表1
図表1

2.オシンターの実態

オシンターには、混在する偽情報や不要な情報を丹念に取り除き、真実を追及していく丁寧な作業が求められる。膨大な情報から真実を追求するために必要となる情報を精査し、検証を粘り強く行う地道な調査が、信頼性が確保される真実の追及につながる。仮に、丁寧な選択や検証をせず調査結果を公表すれば、それは信頼できないプロパガンダと判断されてしまうだろう。

オシンターの活動はここ10年で勢いを増しており、最近ではウクライナ戦争の戦況を確認する人としてメディアから注目されている。現在、国の安全保障機関、法執行機関、非政府組織など幅広いグローバルプレイヤーがオシンターを活用している。

例えば、非政府組織のBellingcat(以下ベリングキャット)は、オシンターとして国際的に有名だ。彼らが発表した事例の1つとして、2014年にウクライナ東部で発生したマレーシア航空17便の撃墜に関して、主な容疑者を特定した調査結果が挙げられる(注2)。公開されている全37ページの報告書の中で、ベリングキャットは、マレーシア航空17便を撃墜したと考えられるミサイル発射装置について、一般市民が投稿したSNSの画像や動画配信サイトの動画から多角的な検証を行い、どのようなルートで運搬されたのかを分析している。また、米国情報当局がミサイル発射の証拠として公開した衛星画像からその位置情報を割り出し、オープンソースであるGoogle Earthの衛星画像やミサイル発射当時の地元住民のSNS投稿内容を突合することにより、ブークと呼ばれるミサイルがウクライナ上空を飛行しているマレーシア航空17便に命中した時刻や、その容疑者について明らかにしている(図表2)。

図表2
図表2

さらに、彼らの他の調査事例として、神経剤サリンの生成に必要となる物質をベルギー企業がシリアに違法に出荷したことをまとめた報告や(注3)、最近ではロシアによるウクライナにおける民間人への危害事件や建造物への攻撃被害の発生日時や場所を可視化したマップなどがある(図表3)。

また、ベリングキャット以外にも、オープンソースを活用した調査により、不正行為の「真実」を明らかにしようとするオシンターが台頭している。例えば、イギリスに本拠をおくオシンターのCenter for Information Resilience(以下CIR)は、誤った情報に対抗し、人権侵害を暴き、マイノリティに対するインターネット上の差別的な行動と戦うことを目的として設立された。彼らが調査した内容の1つとして、インドの複数のSNSにおいて偽のペルソナ(架空の人物像)を使用するシーク教徒に成りすました偽アカウントが、インド政府とインドのナショナリズムを支持し、シーク教徒の自治と独立の支持者は過激派であると主張したことを追及している。CIRは、偽アカウントは、有名人のSNSから盗んだプロフィール写真を使用し、シーク教徒コミュニティ内において一般的な名前を使用して活動しているとし、さらに、偽のアカウントがシーク教徒コミュニティの正当なメンバーであるかのようにみせかけ、シーク教徒の独立を求める動きの信用を失墜させるインターネット上における問題行動として報告している(注4)。

また、CIRは、2022年1月から、Eyes on Russiaプロジェクトを立ち上げている。このプロジェクトは立ち上げ当初、ウクライナ国境に沿ったロシア軍の配備増強の状況を地図化することを目的としていた。その後、2022年2月24日にロシアによるウクライナへの軍事進攻が開始されたことから、CIRは、ウクライナ国内で発生している民間人の死傷者、共同墓地または埋葬、民間インフラの被害状況について、オープンソースを通じた検証を通じて、データベースマップ上に記録し、ウクライナの戦争被害状況について継続した情報提供を行っている(注5)。

3.オシンターの可能性

以上みてきたように、オシンターは合法的に入手できる膨大なオープンソースを前提として、不正行為の「真実」を追求する活動を行っている。オシンターが活躍する背景の1つとして、SNSや動画配信サイトの発展により、情報の質・量がともに以前と較べて格段に向上していることが挙げられる。オシンターの台頭により、国家や特定の組織にのみ実行できると考えられていた「真実」を追及する活動は、組織のみならず個人レベルでも、インターネットを介して行える時代を迎えたのではないか。

膨大なオープンソースを多角的に分析し、その中から「真実」を導き出すオシンターの台頭は、仮想空間で行える調査領域が拡大していることを示唆している。オシンターは、仮想空間に存在する玉石混在の情報から真実に辿り着く「デジタル探偵」と呼べるのではないだろうか。もちろん、オシンターが公表する調査結果自体がフェイクニュースである可能性もある。情報の受け手にも、情報を読み解き「真実」を見極める能力がより求められることになるだろう。

世界に点在する不正行為に焦点をあて、「真実」を追及しようとするオシンターは、一部の悪意を持つ人によって繰り広げられる社会の「闇」を見逃さず、世界をより良くするために必要な存在となる可能性を秘める。デジタル社会の進展を背景として台頭してきたオシンターは、「真実」の追及のためにさらなる活用が期待されるイノベーターといえるだろう。

【注釈】

  1. 流通の体制が整っていないために,刊行や所在の確認,入手が困難な資料.政府や学術機関などによる非商業出版物

  2. Bellingcat HPより
    https://www.bellingcat.com/app/uploads/2015/10/MH17-The-Open-Source-Evidence-EN.pdf

  3. Bellingcat HPより
    https://www.bellingcat.com/news/mena/2018/04/18/belgium-illegally-shipped-96-tonnes-sarin-precursor-syria/

  4. Center for Information Resilience HPより
    https://www.info-res.org/post/revealed-real-sikh-influence-network-pushing-indian-nationalism

  5. Center for Information Resilience HPより
    https://www.info-res.org/post/the-yalivshchyna-burial-site-mass-graves-after-russian-invasion

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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