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ノーベル賞ランキングと「知のパワー・バランス」

~日本凋落の引用数上位論文シェアとの相関強し、多様性も影響か~

石附 賢実

要旨
  • 2022年ノーベル賞の発表は10月3日の医学生理学賞からスタートする。
  • 2011~2021年累計のノーベル賞自然科学3賞「受賞時在籍機関所在国別シェア」と10~20年以上前の「自然科学系論文数国別シェア(引用数上位10%、1997-99)」の間には強い相関(0.9918、統計的外れ値として米国を除いても0.8400)が認められる。ノーベル賞は、先端研究発表の10~20年後に花開く「遅行指標」と言える状況にある。
  • 2022年8月に文部科学省から公表された「科学技術指標2022」によれば、自然科学系論文数国別ランキング(引用数上位10%、2018-20)において、日本は同ランキング(2017-19)から順位を2つ落として12位となり、凋落傾向が継続している。同ランキング(2018-20)のシェアは中国が26.6%、米国が21.1%と米中が圧倒的1位・2位となっており、10~20年後のノーベル賞受賞国は米中が双璧となっている可能性もある。日本は博士号取得者数も減少傾向にあり、科学技術立国を目指すには心もとない状況となっている。
  • ノーベル賞「受賞時在籍機関所在国」としての米国の存在感は、「出生国」としての存在感よりはるかに高い。多様な価値観を受け入れる包摂性が、米国の科学技術発展の原動力の一つとなっている可能性がある。引用論文数で米国に追いついた中国も、OECDの留学生受入数世界シェアで見れば米国のように世界中から人材を引き寄せている状況とは言い難い。日本はコロナ禍で他の先進国と比して厳格であった水際対策がようやく解除されつつあるなかで、今後どのように人材を引き寄せていくのか、あらためて真剣に検討すべきであろう。
  • 「知のパワー・バランス」は経済力・軍事力のパワー・バランス、即ち国力に直結することを認識し、国策としての研究開発支援、高等教育の一層の充実、産学官連携、スタートアップ振興、研究者・留学生の受入体制の整備など、科学技術発展に資する政策を総動員しなければならない。揺れる国際秩序の下で、あらためて科学技術の重要性を強調したい。
目次

1.ノーベル賞自然科学3賞は先端研究の「遅行指標」

2022年のノーベル賞の発表は10月3日の医学生理学賞からスタートする。ノーベル賞は6分野(医学生理学・物理学・化学・文学・経済学・平和)に跨るが、ここでは技術覇権にかかる、別の言葉で言えば「知のパワー・バランス」に影響する自然科学3賞(医学生理学・物理学・化学)に注目する。

2011~2021年累計のノーベル賞自然科学3賞「受賞時在籍機関所在国別シェア」(資料4)と10~20年以上前の「自然科学系論文数国別シェア(引用数上位10%、1997-99)」(文末参考資料1)の間には強い相関(0.9918、統計的外れ値として米国を除いても0.8400、注1)が認められる(資料1)。拙稿(2021)に詳述の通り、近年の論文数国別シェアとノーベル賞との相関は低く、ノーベル賞は先端研究発表の10~20年後に花開く「遅行指標」とも言える状況にある。

図表1
図表1

2.日本の引用数上位論文シェアは凋落傾向が継続

2022年8月に文部科学省から公表された「科学技術指標2022」によれば、「自然科学系論文数国別ランキング(引用数上位10%、2018-20)」において、日本は僅差ではあるものの同ランキング(2017-19)の10位から12位に順位を落とし、凋落傾向が継続している(資料2、参考資料1)。同ランキング(2018-20)のシェアは中国が26.6%、米国が21.1%と米中が3位英国を大きく引き離しての圧倒的な1位・2位となっており、前述の「遅行指標」仮説に基づけば、10~20年後のノーベル賞受賞国は米中が双璧となっている可能性もある。また、上位の順位に変動がないなかでインドの伸びが目立つ。なお、日本は博士号取得者数も減少傾向にあり、科学技術立国を目指すには心もとない状況となっている(資料3)。

図表2
図表2

図表3
図表3

3.米国の科学技術の強みの一つである「多様な価値観を受け入れる包摂性」

ここで、米国の強みを探ってみたい。2011-2021年の自然科学3賞受賞者の「受賞時在籍機関所在国」と「出生国」のランキングを見てみると、いずれも米国が突き抜けているが、特に「在籍機関所在国」としての米国の存在感(53.5%)は「出生国」としての存在感(32.6%)よりはるかに高い(資料4)。

図表4
図表4

例えば、2021年物理学賞の真鍋淑郎氏はprize share(受賞割合)が1/4(3人同時受賞で1/2、1/4・1/4に分割)で、出生国は日本、在籍研究機関所在国は米国として0.25人カウントされている。ノーベル賞は未受賞だがmRNAワクチン開発に係る研究者の一人であるカタリン・カリコ氏がハンガリーから米国に移り研究を続けたことも有名である(注2)。

このように、他国から研究者や留学生を積極的に受け入れていることが、米国の科学技術発展の原動力となっている可能性がある。近年、中国の引用数上位論文の増加が際立っているが、より多くの外国人が中国の研究機関でノーベル賞級の研究成果を産み出す時代が到来することが想像できるだろうか。

そこで、各国の留学生の受け入れ状況を見てみる。引用論文数で米国に追いついた中国も、OECD公表の「留学生受入数世界シェア」で見れば米国のように世界中から人材を引き寄せている状況とは言い難い(資料5)。留学生受入数シェアは2000年時点では米英独の3強であったが、その後のオーストラリアの台頭が著しく2019年時点で2位となっている。米国はシェア低下傾向にあるものの2019年時点で圧倒的1位を維持しており、中国は増加傾向にはあるものの未だ存在感は限られる状況にある。もちろん、米国の研究者・留学生を引き付ける魅力には研究費の潤沢さ(注3)や充実したTA制度(注4)などの要素も大きいと思われるが、中国も潤沢な研究費を持つとともに、いわゆる「千人計画」に代表されるように優秀な海外の中国人・外国人を招致するプログラムも存在する。中国と米国との相違点を突き詰めると、「多様な価値観を受け入れる包摂性」がその一助となっている面があるのではないか、と想像する。

図表5
図表5

なお、この「留学生受入数国別シェア」(2000年)と、2011~2021年累計のノーベル賞自然科学3賞「受賞時研究機関所在国別シェア」との相関を取ると0.9060、統計的外れ値として米国を除いても0.6024と一定の相関が認められる(注1)。

上記OECDの留学生受入数の最新データは2019年のものである。2022年10月3日にEducation at a Glance 2022が公表されるが、コロナ禍における留学生の動向の変化にも注目したい。コロナ禍で内向き志向が顕在化することとなれば、その国の科学技術の未来は明るいとは言えないのかも知れない。

4.国力に直結する「知のパワー・バランス」

2000年代は経済力・軍事力において米国一強の時代であったが、今日、中国の台頭に伴うパワー・バランスの変化が国際秩序に大きな影響を与えている。ロシアによるウクライナ侵略は、米中のパワー・バランスの変化と対立激化、それを受けた中露接近のなかで発生した。揺れる国際秩序の下で日本が存在感を示し続けるためには、強い経済を維持しなければならない。経済成長ができなければ経済力・軍事力ともに世界の中で相対劣後していく一方であり(注5)、その経済成長のためには苛烈な国際競争において勝負できるだけの科学技術の優位性を確保しなければならない。今後の経済運営に欠かせない経済安全保障の観点でも、「戦略的不可欠性」を担保する技術の存在が必要である(注6)。

日本について見てみると、残念ながら、論文数シェアや博士号取得者数において凋落傾向にあるなど科学技術の未来は明るいとは言えず、自然科学分野におけるノーベル賞の受賞も難しくなっていく可能性がある。米国の強みとして、研究費の多さや多様な価値観を受け入れる包摂性を挙げたが、日本は外国からの研究者や留学生が目指すような魅力的な国となっているであろうか。コロナ禍で他の先進国と比して厳格であった水際対策がようやく解除されつつあるなかで、今後どのように人材を引き寄せていくのか、あらためて真剣に検討すべきであろう。

「知のパワー・バランス」は経済力・軍事力のパワー・バランス、即ち国力に直結することを認識し、国策としての研究開発支援、高等教育の一層の充実、産学官連携、スタートアップ振興、研究者・留学生の受入体制の整備など、科学技術発展に資する政策を総動員しなければならない。揺れる国際秩序の下で、あらためて科学技術の重要性を強調したい。

以 上

【注釈】

  1. 相関係数とは2変数間の関係の強さを表現する指標で、1から-1の間の数値を取る。1に近いほど正の相関が強く、0.7を超えると相関が強いとされる。-1に近いほど負の相関が強く、ゼロは無相関となる。本事例の米国のように突き抜けた存在があると統計的にはノイズとなることがある。相関関係は因果関係を含意しない点に留意が必要。

  2. カタリン・カリコ氏はメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの開発に貢献した独ビオンテック社の上級副社長。ハンガリー出身で研究のため米国に移住。報道ではノーベル医学生理学賞の有力候補とされる。  

  3. 近年の研究開発費は、企業部門・大学部門ともに米・欧・中が3強となっている。

  1. TA(Teaching Assistant)制度とは博士課程等の大学院生が中心となって学部学生の指導を実施・補助する制度で、教育の充実とともに大学院生の処遇改善を企図している。米国におけるTA制度は日本と比して高度かつ大規模とされる。

  2. 経済成長と軍事力の関係は拙稿「なぜ『防衛費・GDP比2%』が争点となるのか」
    参照「https://www.dlri.co.jp/report/ld/201961.html

  3. 経済安全保障や戦略的不可欠性の概念は拙稿「ここが知りたい『なぜいま経済安全保障なのか』」
    参照「https://www.dlri.co.jp/report/dlri/184865.html

【参考資料】

  1. 自然科学全分野論文数国別ランキング(引用数上位10%)
    (97-99年、2007-09年、2017-19年)

図表7
図表7

【参考文献】

  • ノーベル財団ホームページ「https://www.nobelprize.org/
  • 文部科学省 科学技術・学術政策研究所「科学技術指標」(2021)(2022)
  • OECD “Education at a Glance” (2011)(2021)
  • 石附賢実「米中技術覇権争いとノーベル賞の未来予想図」(2021)
    https://www.dlri.co.jp/report/ld/172627.html

石附 賢実


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