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AI翻訳の衝撃

~外国語の読み書きが苦手なあなたへ贈る現代の魔法~

柏村 祐

目次

1.翻訳の進化

AIを活用する翻訳技術が飛躍的に向上している。

従来の翻訳ソフトでは、予め用意された膨大な対訳集のデータを基に、機械的に外国語を変換する技術が使われていたため、翻訳後の文章のつながりがおかしかったり、そもそも文章の意味を理解できない翻訳も散見された。今では人間の脳のような思考回路を持つAIが組み込まれた翻訳ソフトが登場し、その進化に伴い、以前感じられたこれらの問題は解消され、誰が読んでも理解できる翻訳文章が生成されるようになった。

AI翻訳とは、AIが翻訳元の文章の細かいニュアンスを把握したうえで、翻訳したい言語に文章を変換するソフトウェアである。近年、このソフトウェアをビジネスとして取り扱う事業者が多数台頭してきており、その翻訳精度は日々向上している。ビジネスの現場において海外の情報をスピーディに入手したり、海外の取引先とコミュニケーションする機会が増加する中、外国語の読み書きが苦手なビジネスマンによる活用も進んでいる。

本稿では、台頭するAI翻訳ソフトウェアについて概観し、その可能性について考察する。

2.AI翻訳の実態

日々進化を遂げるAI翻訳の世界では、様々なサービスが台頭しており、AI翻訳を提供するサービス事業者は、利用者に選ばれるAI翻訳を実現するために、お互い切磋琢磨しながら翻訳精度の向上に向けた開発競争を続けている。

AI翻訳は、様々な言語を翻訳でき、利用者にとっては、海外の文章を母国語に翻訳する機能と、母国語で書いた文章を外国語に翻訳する機能が共に有用だ。

最初に、海外の文章を母国語に翻訳できる機能の事例として、英語の文章を日本語で読めるAI翻訳の性能について確認してみよう。既に多くの人は、Google翻訳などのAI翻訳により外国のWebサイトや文書ファイルやプレゼンテーションファイルを日本語に翻訳するサービスを使っているのではないだろうか。進化を続けるAI翻訳には、これらの翻訳対象に加えて、翻訳が難しいと思われていたPDFや画像として記載された文章についても翻訳する機能が追加されている。

実際に筆者は、AI翻訳を利用してPDFや画像が日本語に翻訳できるのかを確認した。例えば、筆者の研究対象の1つであるエストニアの行政サービスの現状に関するPDFファイル(図表1上段)を日本語に変換してみたところ、原文で記載されている英語のPDFの内容は、わかりやすい日本語に翻訳された(図表1下段)。また、逆にAI翻訳を使い、日本語を英語に変換した場合、同様にわかりやすい英語に変換された。

図表1
図表1

さらに、AI翻訳の翻訳対象は、PDFにとどまらず、外国語が記載された画像を日本語に変換できる機能も登場している。AI翻訳を活用して画像情報から日本語にどの程度の翻訳ができるのかを確認すべく、ウクライナ政府が公式に発表しているサイバーセキュリティーに関する画像を翻訳元の情報とした。その画像は、ウクライナ政府が検知したサイバー攻撃の内容を報告したもので、ウクライナ語で記載されている。AI翻訳を利用してみた結果、わかりやすい日本語に翻訳された。その内容は、ウクライナ政府が検知したサイバー攻撃の詳細内容を表すものであり、どのようなサイバー攻撃が多く行われているのかをわかりやすくまとめた資料である。原文のウクライナ語を解読することは困難であったが、AI翻訳を利用することにより、ウクライナ政府が受けたサイバー攻撃の攻撃内容別の件数を把握できた。図表2の翻訳結果では、サイバーインシデントが827件発生していることと(図表2赤枠)、その内訳のサイバー攻撃内容の内訳を確認できた(図表2緑枠)。従来、画像に記載された文字列を翻訳するのは難しいと考えられていたが、AI翻訳の進歩により、このような外国語が記載された画像を日本語に翻訳できるサービスが実現している。

図表2
図表2

次に、母国語で書いた文章を外国語に翻訳する機能について確認してみよう。現状では、ビジネスにおいて英語でEメールやビジネスチャットを行う場合、英語が苦手だったり、堪能でない人は、送付先に送る文章を日本語で書き、翻訳ソフトで訳したうえで、その内容をEメールに貼り付けるという手順でEメールを作成しているのではないだろうか。しかし最新のAI翻訳を使えば、Eメールやビジネスチャットの入力枠に直接日本語の文章を書きこみ変換ボタンを押すと、瞬時に英語に変換される機能も登場している。

3.翻訳技術の汎用化

以上みてきたように、AI翻訳は、文書ファイルやプレゼンテーションファイルのみならず、PDFや画像といった、従来では翻訳が難しいと考えられていた対象についてもわかりやすい日本語に変換できるようになった。このことは、翻訳業務は翻訳家や語学が堪能な人が行うものといった常識を覆す、AIの進化がもたらした「翻訳技術の汎用化」といえるだろう。

ビジネスがグローバル化する中で、海外の情報を取得しビジネスに活かしたり、外国人とメールや文書でやり取りをする機会は以前に較べて確実に増加しており、今後もこの流れは続くであろう。このような世界の人々とのつながりが拡大する時代において、AI翻訳は、誰もが外国語の読み書きに利用できる汎用ツールとして進化を遂げている。

もちろん、ビジネスで外国語の利用を求められる現場においては、語学学習を継続する必要性はある一方、AI翻訳を活用することで、スピーディに情報を入手したり、迅速に発信できることは生産性向上につながるのではないだろうか。

AIがもたらした「翻訳技術の汎用化」により、翻訳は専門家が行うものという常識が変わり、必ずしも外国語が得意でない人も含め、ツール1つで誰もが翻訳できる時代になったといえる。AI翻訳は、言語の壁を消失させ、外国とのコミュニケーションの質と速度を高める現代の魔法といえるだろう。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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